第八十話:異常個体
ここはとある国のとある施設内。
白衣を着た研究者の様な二人がが壁に貼られたパネルの様なものを見て何かに気付いて慌てている。
「先日放った被検体No.42――ジュエルウルフの反応が消えたぞ」
「もう? 早すぎだろ…… データの方は取れてるのか?」
「取れているには取れているが……」
「どうした? 随分歯切れが悪いようだが」
何かに気付いた研究者は書類の内容を見て頭を抱えている。
「結果を見ればお前もそう思うよ」
見ていた書類をもう一人の研究者に渡した。
受け取った研究者はカップに入ったコーヒーを飲んで一息入れてから書類に目を通す。
内容を見た研究者はしかめっ面で確認を取る。
「なんだこれは…… 人工魔石の破壊された衝撃でデータが狂ったか?」
「その可能性が高いと思っているんだが…… 一旦室長に見てもらってから判断を仰いだ方が良さそうか」
「うん…… そう…… ん?…… 待てよ」
「どうした?」
「いや、昨年にも同じ様な結果が一つ出ていなかったか? あの時はどうせ不具合だろって誰も大して気にしていなかったと思うけど……」
「……あったっけか?」
「あぁ、しかも同じ地区…… エリシドライル王国のグラヴェロット領だったかな」
そういうと彼は後方にあるテーブル上に無造作に散らばっていた書類を何枚か手に取り、中身を確認している。
数枚確認したのちに探し物が見つかったようでその書類をもう一人に見せていた。
「見つけた、これだよこれ。被検体No.28…… グランドホーンか。あれは中々の傑作だったんだがなあ…… 成果もそれなりに出ていたはずだ」
「仕留めた冒険者の数は十二人…… その次でやられたんだな」
「問題はやられた時に取れたデータか」
「あぁ…… 今回と同じだ。最後に相対した人物像は性別は女性、推定年齢五歳…… このダメージの受け方も同じで武器は恐らく鈍器だろうな。しかし、鈍器を振り回す五歳ってなんだよ…… こんなのやっぱ故障だろ」
「だよなぁ…… でもこんな結果になっているデータはこの地域だけじゃないか?」
「他の地域で取れたデータと比較照合してみるか……」
二人の研究者がため息交じりに他の資料を漁っていると、二人の後方にある扉が開いた。
その音に気付いた二人がドアの方に視界をやると、メガネをかけた人物が現れた。
「騒々しいな…… 何があった?」
「あっ、アールグレーン室長!」
二人の研究者は自分達が見たレポートの内容を室長に伝えると、室長は「へぇ」と僅かながらに口角を上げ受け取ったレポートに目を通す。
「被検体No.42に対して使用した魔石は量産型で性能は低いが、少なくとも過去の不具合は修正済みの品質は問題なしであるという事は全員で動作確認済みだろ」
「そっ、それはそうなんですけど…… だってありえます? 百歩譲って性別はいいとしても年齢が五歳ですよ! しかもレポートを見る限りこのダメージの受け方は普通じゃありませんよ」
「では聞くが、他の地域で同様の事象が起きたケースはあるか?」
「いえ…… まだ同様のケースは見つかっていません」
「しかも同じ地域で昨年に同様の結果が出たレポートもある…… ということはだ、発想を変えた方がいいんじゃないか?」
「といいますと……」
「エリシドライル王国のグラヴェロット領には推定年齢五歳でこれを実現するに至る存在がいると考える方が自然だろうな」
室長の話を聞いていた二人は黙り込んでしまった。
普通に考えたらありえない。しかし、彼等は研究者である。だから否定しきるにはその説明に至る根拠を導き出す必要がある。
五歳だからグランドホーンやジュエルウルフの討伐は不可であるという説明をする為の根拠となる材料が自分達には無い。
突然変異で生まれた人間であれば可能かもしれないが、過去事例にも自分達の記憶では見た事すらない。
どうやって説明付けをしたらいいか分からない二人を見かねた室長がアドバイスを出す。
「頭で考えても分からないなら、足を使え」
「足を使う…… つまり我々がエリシドライル王国に出向いて実地調査を行うという事ですか」
「そうだ、考えるだけが研究じゃない。実際に現場に出向いて肌で触れて感じてくるのも仕事だと思え」
室長に言われて二人はお互い顔を見合わせて無言で頷く。
「分かりました、室長。我々はこれからエリシドライル王国に――」
室長は二人の決意に割って入る。
「落ち着け…… 足を使えとは言ったが、今すぐ行けと言う話じゃない」
「え? 話の流れからしてそうなのかと……」
「確かにその件も気になるが、何においても先に対応しなければならない優先度の高い仕事が入って来たからそちらを先に対応してもらう」
二人は首を傾げている。データに誤りがないのであれば被検体二体を潰す五歳児がいるのだ。本件を優先しないで何を優先するのだと二人は考えていた。
「スポンサーの意向でもあるからな…… ご機嫌取りも仕事の内だ」
二人はその一言で納得した。自分達の成果は直接お金になるわけではない。研究の有用性を見越してお金を出してくれるスポンサーが必要だから彼らの言う事は絶対である。
「分かりました。それでスポンサー殿は何をご希望で?」
「新型の人工魔石を作る。その計画書の叩き台を作って来た。お前たちも目を通してくれ」
研究者である二人も室長程の技術力を持った人自身が作成した計画書と来れば期待せざるを得ない。
読めば読む程二人はお互い顔を見合わせて『?』という表情をしている。
何かが気になっている様だが、自分達では理解しきれない仕様だった為、室長に確認する。
「連結…… これって何の為にこんな仕様になってるんです?」
「これはな――」
二人が疑問視している点についてもさらさらと回答していく。
その意図を聞くと、二人は目を丸くして更に驚いていた。
「…………えっ!? そんな事が本当に可能なんですか?」
「理論上はな。後はそれを実現させるために細かい部分はこれから詰めて行く事になるが、大筋はこれで問題ないはずだ」
「スポンサー殿はこれがもし完成したとして何に使うつもりなんでしょうね」
「さあな…… ロクでもない使い方をする事だけは確かだろうが、俺達はそんな事を気にする必要はない。言われた事をこなして彼らのご機嫌さえ取っておけば少なくとも研究は続けられるんだからな」
(大体想像は付くが…… それで万が一、足が着くことがあれば切ればいいだけの話……。真のスポンサーは他にいるんだからな…… 今回の件、念のため彼女に上げておくか)
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