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第七十九話:君の名は……。

 馬車から出て来た人物はブロンドのボブカットで泣きボクロが特徴的な美少女だった。

 

「命の恩人に何を隠す事があるのですか、誠心誠意お伝えしなければフレイムロード家の名折れというもの。話しにくいのであれば僕からお話ししましょう」

 

 でも恰好が男性用だ…… 僕っ娘の様だし、男装の麗人なのだろうか。

 

 

 

 ………… いや、ちょっと待った!

 

 

 

 彼女は今何と言った?

 

 ――フレイムロード

 

 この国の貴族でその名を知らぬものはいない…… 私の聞き間違いでなければ、それはこの国の『宰相』の家名だ。

 

 私の知っている歴史では、私が十歳の頃に当時の宰相が事故に遭い、弟がその座を継ぐことになる。

 

 私も詳しくは知らないけど、なんでも息子を庇って重症を負ったらしい。

 

 何から? と言う疑問は勿論あるけど、実はここに関しては色々な情報が錯綜して真実が未だに明らかにされていない。

 

 お兄さんは寝たきりだし、息子の方は当時の事を聞かれると顔面蒼白で全身震えだし「何も知らない」の一点張り。

 

 いや、絶対それ知ってるでしょとは思いつつも、伯爵令息――しかも元・宰相のご子息という事もあってか、強く聞き出す事も難しいとかで結局進展していなかった。

 

 そのせいで彼は自分を責めて塞ぎがちになるが、後に彼の婚約者である弟の養女と私達を罠に嵌めた王子と親友の三人の協力もあって徐々に立ち直っていく…… と言う話。

 

 

 あの家には一人息子しかいないはず……。

 

 

 という事は…… 私の今目の前にいる彼女は…… じゃなくて彼は……。

 

「申し遅れました。僕はフレイムロード伯爵家のイグニスフィール・フレイムロードと申します」

 

 

 

 間違いない……。

 

 

 

 目の前にいる彼は……

 

 

 

 王子と一緒にあの場で私達を断罪した側に回っていた王子の側近として真横に立っていた内の一人だ。

 

 

 

 あの男は王子の右腕であり頭脳でもある。

 

 

 

 私達を罠に嵌めた計画はこの男が立案した可能性が高い。

 

 

 そう考えた時に私の目の前にいる男に対して怒りがふつふつと沸いてきた。

 

 

 息が少しずつ荒くなってくるのが分かる。

 

 

 口の中が渇いていくのが分かる。

 

 

 怒りに支配されかけて身体が震えて行くのが分かる。

 

 

 自分の意思とは関係なく、彼に向かって足を踏み出そうとするのが分かる。

 

 

 そうよ、今の私であればこの男を一発殴るだけでコロ――

 

 

「お嬢さん!」

 

 

 ハッ、今の声は……

 

 

「お嬢さん、大丈夫か。突然顔色が悪くなって身体が震えだしたようだから、体調を崩したのかと思ったけど……」

 

 

 危なかった…… 今の声がなかったら間違いなく本能のまま殴りかかっていたかもしれない。

 

 

 護衛の騎士さんに感謝しないと。

 

 

 落ち着け、私!

 

 

 万が一にでも彼を手にかけしてしまったらお家取り潰しだけでは済まされない。

 

 家族全員が処刑台だけでなく、下手をすると連座で親戚一同処分されてしまう可能性がある。

 

 フレイムロードは王族ではないけど、代々国の中枢に関わってきた家系であり、王族からの信頼が厚い貴族でもある。

 

 相当の覚悟がないと手は出せない。私には家族がいるし、クララという友人も出来た。彼女等を巻き込めない。

 

 今は耐えるの…… 何度も心に語りかける。よし、大丈夫。

 

「だ、大丈夫です。伯爵家なんて大貴族様に生きている内に直接お会いできるなんて思いもよりませんでしたから緊張しちゃいまして……」


「伯爵家はそこまで大貴族ではありませんよ。多少王族と仲良くさせて頂いている程度の事です」


「何をおっしゃいますか、若! 次期宰相となられる若を擁するフレイムロードが大貴族でなく誰が大貴族だというのですか」


 そういえばイグニスフィールの素顔を初めて見たかもしれない。

 

 今見た感じはどう見ても女性の顔なのよね…… 学園に通っていた頃はまだ立ち直る前だったのか、王子の隣にピタッとくっついていて無言で顔は前髪で隠れていたからよく分からなかった。

 

 その姿を見た時に「私と同じ陰キャかな?」と妙な仲間意識を持っていた覚えはある。

 

 今は事故が起きる前段階だから沈むことなく陽キャオーラ全開って感じがする。

 

 カッコイイというよりは可愛い系で女の私より女っぽい顔つきでうらやま…… って何言ってんだ私は。男に嫉妬してどうすんの?

 

 気を取り直して何しに来たのか確認しましょう。

 

「フレイムロード伯爵家の方が国の端っこにあるグラヴェロット領にどの様なご用事で?」


「僕は本を読むのが趣味で色んな本を買っているんだけど、噂でグラヴェロット領にある本屋は品揃えが豊富って話を聞いたから実際に見てみたいと思ってね、ここに来たまでは良かったんだけど……」

 

 もしかして、いつも私がお世話になっているガルカダにある本屋の事かしら。

 

 店員ですら把握できていない本とかも売っている生態が謎すぎるお店…… 確かにお店自体は大きいし、蔵書数もかなりのものだから他領でも噂になるのも分かる気がするわ。

 

「けど見ての通り馬車が故障しちまって移動手段が無くなっちまったんだが、代わりの馬車を手配する必要があるからこの領の貴族の家を知っていたら案内してくれないか?」

 

 国の端っこ――しかもアリリアス大森林などという国の五分の一を面積にするほど広大な魔獣の住処を隣に領地を構える貴族なんて領主以外いる訳ないでしょ……。

 

 つまりは私の家に案内しろと言っているということ。

 

 無理! ぜーったい無理! 案内する訳ないでしょ。話の流れで私は平民って事にしてるから、馬車が欲しいならガルカダの場所でも教えればいいかしら。目的の本屋もあるし彼らにとっては問題ないはず。

 

「えっと…… この領の貴族だと領主様のお家しかなかったと思いますけど、私は場所を知らないので近くの街なら場所をお教えできますよ。その街でしたら本屋もありますし、丁度良いかと思いますが如何ですか?」

 

「ありがとうレディ、それで構いません」

 

 イグニスフィールは私の事を見ながらニヤニヤしている。

 

 何がおかしいのかしら…… もしかして、私が素手で魔獣を倒したから野蛮な魔獣の皮を被った女とでも思ってるのかしら…… ぐぎぎぎぎ。

 

 おのれ…… いつかお前も私達が受けた地獄と同様の目に合わせてやるから…… でも今日の所は見逃してあげる。泣いて感謝する事ね。

 

「こちらの方向に真っ直ぐ向かえば『ガルカダ』という街がありますので、衛兵さんにでも事情を説明して頂ければ取りなしてくれると思います」


「もしよければ、一緒には来てくれませんか? また道中で魔獣に襲われるかもしれないので、貴方のような方が護衛に付いていただけると、とても助かるのですが……」


 イグニスフィールの方はまだ食い下がってくる。

 

 何、コイツ…… こっちは平民を装ってるんだから、「貴族が平民なんて相手にするわけないだろ」くらいのノリでさっさと行きなさいよ。


「申し訳ありません、そうして差し上げたいのはやまやまなのですが、家の方向が逆という事とあまり遅くなると両親に叱られてしまいますので…… それにこの先の道は舗装されていて定期的にギルドから巡回もありますので滅多に魔獣と遭遇する事も少ないので、問題ないかと思います」

 

「そう…… ですか…… とても残念ですが、あまりしつこくするのも失礼なので、仕方ありません」

 

 しょんぼりした表情を見せてるけど、私はその顔には騙されないから。

 

 そうやってあの時みたいに油断させておいて私を罠に嵌めようってんでしょ。

 

 さっさとこの場から去った方が良さそうだわ。

 

「では、私はこの辺で失礼しますね。良い旅を」

 

 私は一秒でも早くこの場から去りたかったので気にせずに猛ダッシュで帰宅した。

 

 

 

 いつか必ず決着を着けるわ、それまで首を洗って待っていなさい! イグニスフィール・フレイムロード。

 

 

 

「あっ、待って! 君の名前を…… って行ってしまったか。それにしても凄いスピードだ」

 

「既に何人ものご令嬢を虜にしてきた若のスマイルが全くきかないお嬢さんがいるなんて世界は広いですなあ」

 

「前から言ってるけど僕はそんなつもりは全くないんだけどね……」

 

「であればご自重なされた方がよろしいかと。もしくは…… 婚約者を早く決めてご令嬢達との無用なやり取りを避けるという手もありますな」


「…………また、彼女に会える時があるだろうか」

お読みいただきありがとうございます。

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