第七十八話:わんわんパラダイス
まずは状況を確認する。
馬車は車輪が一つ故障しているのか、よく見ると外れているようで馬車は傾いていた。
その馬車を取り囲むようにしている狼の様な風貌の魔獣が四体…… その内の一体は他の同種に比べて一回り…… いや二回りの大きさがある。
それにしても…… この大きめの方は雰囲気が似ている…… 何ってそれは…… と考えている場合ではない。
対して馬車を守護しているのは馬車を護衛している騎士かしら…… 二人いるようだけど、一人は既に倒れている。
もうひとりは、なんとか馬車の入口を死守しようと槍を魔獣に向けている状態。
うちの領軍…… ではないわね。装備が違うみたいだし…… 馬車もうちとは違う。一体どこの誰が乗っているのかしら、あの馬車……。 まあいいわ、詮索は後回しにして加勢に入りましょう。
幸いな事に狼型の魔獣は馬車の護衛の方に意識を向けているせいか、私に誰も気付いていない状態である。
狼型の魔獣はじりじりと護衛の騎士らしき人物ににじり寄っており、護衛の騎士はいまか、いまかと飛び出して来そうな魔獣に意識を集中して武器を構えている。
この状況を活かして飛び入り参加する事に決めた。
《魔力展開》
私に意識が向かれる前にケリを着けようと一気に横から乱入していく。
誰にも気づかれない内に一匹目に助走をつけたままケリを突き刺して飛ばす。
その衝撃で全員こちらに気付くが、時すでに遅し。
私の方は既に小さい方をターゲットにしており、手前にいた二匹目は先程の一匹目を突き飛ばした先にいた為、ぶつかった拍子に体勢を崩していたせいか私の接近に対応できていなかった。
顔面を鷲掴みにして地面に叩きつけた。これで二匹目を制圧。
それと同時に三匹目が私の死角から飛びかかって来た。
私に近寄る為に走ってきた際の地面を掛ける音、私に攻撃をしようとする為に地面を跳ねた音…… 例え目で見ていなくても耳で聞こえているのよ。
その方向に振り返り、カウンターで腹部に私の拳が突き刺さる。
血反吐を吐いて、ずるりとゆっくり地面に横たわる。
小型の狼が三匹とも横たわってから私は改めて魔獣をしっかり確認する。
これって…… Cランクのジュエルウルフね。
特徴は外皮が鉱石並みの硬さがある事に加えて、基本的には群れで行動する。
そう言った手間もあってこのランクなのだが、一匹ごとの戦力で考えた場合はDランク相当だったりする。
ただ…… 問題はそこではない。
二回りも異常なほどに巨大なジュエルウルフがいる事にも疑問があるけど、それ以上に問題がある。
この辺りではまず現れないはずのジュエルウルフが何故ここにいるのか……。
この魔獣はアリリアス大森林に生息しているからそこから来たというのであればなおさら疑問しかない…… ここは常闇の森の近くであって大森林からはかなり距離が離れている。
群れから離れた?
いえ…… 仮にそうだとしたら大森林で何かが起こらない限り、こんな場所まで来るはずがない。
何か…… そうね、例えば魔獣が大森林を出なければならなかった理由でもあったとしたら?
でも、それだったら他の魔獣も含めて大森林の外にいないと説明がつかない。
私が今日出会った魔獣はその場所にいても違和感がない魔獣ばかりだった。
だからこそ、ジュエルウルフだけがこんな場所にいる事に違和感を覚えていた。
まさか突然湧き出したとかじゃないわよね……。
そんな物理法則を無視するだなんて小説の中だけで十分だわ。
私は頭を捻りながら唸っていると馬車を護衛している騎士さんが話しかけて来た。
「おっ、お嬢さん…… でかい奴が!」
巨大なジュエルウルフはゆっくりと私の目の前まで歩いてきた。のんびり歩いて来ても私は逃げないと確信でもしているのだろうか。
騎士さんは私が巨大なジュエルウルフに目を付けられて心配をしてくれているのだろうか。
「もういい、逃げてくれ!」
「問題ありませんわ、すぐに終わらせますから」
「……えっ?」
護衛の騎士とそんな会話をしていると馬車の中からひとつの声が聞こえた。
「そっ、そこにいるのは…… 誰?」
姿は見えていないから女の子なのか、男の子なのか判別が出来ない程の高い声……。
それに加えて自分と同じ年齢くらいかもしれないと思えるほどに幼い声。
「通りすがりの助っ人です。私の事はお気になさらず、大人しく中にいてください。危ないですから、決して外には出ない様に…… いいですね?」
「は、はいっ!」
私が馬車の中の人物と一言だけの会話をしている最中にジュエルウルフは私に向かって爪を振るってきた。
動きが丸わかりだったので、その動きに合わせる様に拳で前足をはじく。
「会話をしている最中に攻撃だなんて…… 無粋な獣ね」
対峙して分かる…… やはり雰囲気が似ている。
そう…… グランドホーンの異常個体と重なってしまうくらいに似ている。
姿は全く違うのにだ。理由は分からないけど…… 多分、大きさからして目の前にいるジュエルウルフも異常個体に該当する? だから似ているだけ…… かしら?
まあ、いいわ。先程までくまを相手にして疲れてるからさっさと終わらせましょう。
先程見た動き自体は小型と大差ない。
先手必勝のつもりで顔面に三発殴った。
後方によろけて、そこそこダメージは入っている様だけど、小型より防御力はかなり高いみたい。
面倒臭いわね、普段ならこのまま押し切ってもいいんだけど…… くまのせいで体力的にも疲れてるのに加えて、魔力をほとんど使ってしまったから残っていない為にさっさと終わらせたい。
一回くらいならなんとかなるかしら。
《駄犬はさっさとおねんねしなさい》
身体の下に掻い潜り、右フックをボディに突き刺す。
思い切り骨の砕ける音がする。
正面に戻ると、頭が下がって足がガクガク震えて立っているのもやっとの様だった。口からはだらだらと涎を垂らしている。
くまといいコイツといい、本当に獣ってこのパターン多いわね。
「足が震えているわよ、ワンちゃん」
下がった顎をかちあげて、その動きに合わせて私も宙に飛ぶ。
最後に回転蹴りで蹴り飛ばした。
図体の割には結構遠くに飛んだわね。
思ったよりあっさりしてなんか拍子抜けだわ……。
いえ、そもそもBランクを相手した後に単体評価Dランク程度のヤツを相手にしている時点でこんなものかと思ってしまうのは仕方ない事なのかもしれない。
そんな事を考えていたところ…… 本来の目的を思い出した。
あ、すっかり忘れてたわ。そういえば人助けのつもりで加勢したんだったわ。
馬車を守っていた護衛の騎士に視線を向けると……
彼は目をぱちぱちして自分が見ている光景が現実なのか疑っているようで微動だにしない。
「終わりましたよ」
私が話しかけると護衛の騎士は「はっ!」と現実に戻ってきた。
「君、すごいんだね…… びっくりしちゃったよ。この領って冒険者が豊富って聞くけど、君みたいな人多いの?」
この領の冒険者ギルドに顔を出していないからどんな人たちがいるのか分からないけど、少なくとも私と同年代で魔獣と戦えるかというとほとんどいないと思う。
クララやイザベラなら行けると思うけど、他は…… そもそも私は他に知り合いが…… ルーシィさんとチェスカさんくらいだけど、あの二人についてはノーコメントとしておこう。
結論としては『分からない』なんだけど…… しかし、領主の娘である私が『こんな領大したことありませんよ』なんて言える訳がない。
「今みたいな魔獣とは比較にならないほど強い魔獣をソロで倒す人はこの領にいたりしますよ」
「今のより…… 強い魔獣を…… ソロで……」
護衛の騎士は喉をごくりと鳴らして『とんでもねえ所に来ちゃったなあ』みたいな顔をしている。
嘘はついていない。何故なら倒したのは私だからである。
今の話の流れからして、やはり彼らはこの領の人間ではない事が分かる。
ならどこから来たの? 目的は? それとなく聞いてみましょう。
「失礼ですが、皆様はどちらからいらしたのでしょうか? 今の話の流れだと他領から来られたのかと思いますが……」
「えっと…… 我々は……」
護衛の騎士は馬車をチラリと見ながら喋るか考えあぐねている。
やんごとなき御方でも乗っているという事なのだろうか。
それとも見た目が平民である私には話したくないという事なのだろうか。
そう考えていたところ馬車のドアが開かれ、中にいたであろう人物が姿を現した。
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