第七十七話:Dies irae
炎が静まった後……
炎の勢いによって舞い上がった土煙で周辺の視界は閉ざされていた。
しばらくすると土煙も風に飛ばされて徐々に視界が開けて行った。
地面が黒ずんだ後は残っているが、その場にいたはずの幼女の姿は消えていた。
燃え尽きてしまったのだろうか……
服の燃えカスもなければ人間が焼かれた後も見つからず骨も見つからなかった。
くまは幼女の姿が無い事が分かると歓喜の雄叫びを上げた。
「くまっ♪ くまっ♪ くまっ♪」
くまの語源は「くま」と鳴く事からと諸説あるが定かではない。
しかし、今までの獲物を威嚇する様な狂暴な唸り声は鳴りを潜めて喜びに浸っている。
今目の前にいるのは完全に野生が消えたくまである。
それを背後から冷静に見つめる一人の幼女がいた。
幼女は眉間に皺を寄せて「何勝手に勝ち誇ってんだ? このくま」と怒り心頭である。
幼女は冷静になろうと小刻みに深呼吸を繰り返しながら自分に言い聞かせる……。
(落ち着け、私……。自分に制約を課したのは自分に対する我儘みたいなもので、その点においてくまに非はない…… つまり…… 制約を突然解除した事も私の我儘で済む話という事よ…… ククククク)
くまは幼女にまだ気が付いていない。
幼女は自分が冷静になった事を自覚すると喉をわざとらしく「おほんっ」と鳴らしてくまを気付かせた。
くまはピタっと動きを止めると恐る恐る後方を振り返る。
すると、亡霊でも目にしたかの様に目を見開いて小刻みに震えている。
幼女はわざとらしい笑顔でくまに淡々と語りかける。
「怒りの日…… その日はマルグリットの預言のとおり、くまを灰燼に帰す日です。
審判者があらわれてすべてが厳しく裁かれるときその恐ろしさはどれほどでしょうか」
くまは目をぱちくりぱちくりさせて状況を把握しようと試みている。
「あっ、ちなみに審判者も私の事です。一人二役で登場させてみました」
くまは首をかしげて漸くマルグリットが本物である事を把握した。
「もしかして私が助かった事を疑っているのかしら? しょうがないわね、このくまは。 では、再現してあげましょう……」
◆
これは私がくまの炎に飲まれる直前(一瞬)の出来事。
私がくまに到達する直前に炎を吐いてきた。
最初よりも大きく威力が高いであろう炎…… まともに受けたら”死あるのみ”という程の業火。
今更後ろに下がれない。方向を左右に切り替えする事も出来ない程にスピードが乗ってしまっている。
やばい無理かもと思った視界の先に見えたのは……
踏ん張る為であろう、下半身に力を入れて股を大きく開いていた。
そのせいか股の先がぽっかり空いておりそこに目掛けて、苛ついていた私は制約を解除して最速の技で飛び込んだ。
《纒・紫電》
◆
「――そうして私は炎に焼かれるよりも先にくまの股を潜り抜けて真後ろで待機してたって訳。お分かり?」
くまはぬか喜びしてしまった事に腹を立てて、マルグリットに威嚇をし始める。
「がるるるるっ――」
「あ”?」
街中によくいる量産型チンピラの様な凄みでくまの威嚇を上書きするマルグリットからは慈悲の心は消えていた。
「がっ…… がるっ……」
マルグリットの幼女体型から放たれる謎の凄みによってくまはたじろぎ始める。
「貴方も一度焼かれる側の気持ちを味わった方がいいわ」
《纒・紅焔》
マルグリットがゆっくりと上げた片足が全身を巻き込みそうな程の炎を纏っていた。
「火雨八槍」
足のつま先を立てて槍に見立てた蹴りの八連撃をくまの身体に突き立てる。
動きは完全に止まっており、身体からは焼け焦げた肉の臭いに加えて白目を剥き、震えている口元からは涎を垂らしている。
「地獄で会いましょう、ベイビー」
マルグリットの言葉を最後にくまは真正面から崩れ落ちる様に倒れ込んだ。
(結局、奥の手を使ってしまったわ…… 私もまだまだね)
「さてと…… とりあえず帰ろうかしら」
本来の目的である『永遠の寝所』の確認は取れた。
入口は恐らく魔導具で管理されているのだと推測した。
となれば、過去にグランドホーンの異常個体が現れた際に常闇の森への入場規制を掛けていた冒険者ギルドが関わっていると考えるのが妥当だ。
これ以上はここで推測を重ねても仕方ない。もうすぐ来る誕生日で八歳になれば、冒険者ギルドへの登録が出来る様になる。
そこで改めて確認すればいいとマルグリットは判断した。そうすれば自分がここに拘った理由も分かるのかもしれないと……。
今日の所は戻る事にして踵を返したマルグリットは出口に向かう。
常闇の森は昼夜問わず薄暗く、時間の感覚を忘れてしまいそうになるため、早めに帰る事にした。
しばらく歩いた後に前方に光が見え始めた。
しばらく暗い場所にいたせいもあり、明るい場所に目が慣れていなくなっていたせいか徐々に眩しくなっていく視界に目を細めながら森の外に出た。
身体を撫でるかのようなそよ風の心地良さにしばらくボケっとしているとその風に乗って来たであろう何かの声が耳に入って来た。
金属音同士がぶつかる様な…… まるで剣戟の様な音が聞こえて来た。
気のせいだろうか? もしかしたら気のせいじゃないかもしれないと思ったマルグリットは音のしたかもしれない?という方角に耳を済ませてみた。
すると……
「誰かっ、誰かいないか!?」
今度は人の声がハッキリと聞こえた。やっぱり聞き間違えではなかった。
誰かが戦っている?
声のする方に走っていくと、そこで目にしたのは馬車を襲っている魔獣の群れだった。
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