第七十六話:はっきよーい、のこったのこった
先程と同様に身体の状態を確認すると、特に何の問題もないことがわかる。
ノンブルー・ウルス――くまの方を向くと、先程と同様に突撃の姿勢を見せている。
前回は回避に専念してたけど、今回は迎え撃つつもりでくまに向かって歩いていく。
「ガアァァァッ」
前回の突撃で私は回避に専念していたせいで有効だと思ったのか、馬鹿の一つ覚えの様に同じ行動を繰り返すくまの単純さに感謝する。
おかげでどれだけ魔力を込めればどれだけダメージを与えられるのか検証ができそう……。
そんな事を考えながら突撃を回避する。
思ったよりあっさり躱せた。
その後は予想通りに腕による薙ぎ払いが飛んでくる。
三本とも回避してから攻撃に移ってもいいんだけど…… 今の突撃を回避した感じだとご丁寧に薙ぎ払いを全て回避する必要もなさそう。
一本目を回避……
二本目も回避……
これならいけそうだわ。
三本目…… が来る前に私の攻撃を割り込ませる。
先程の表面上に当てただけのワンツーと違って渾身の左をカウンター気味にくまの腹部にねじ込ませる。
くまの息が詰まったかのように動きが止まる…… しかし眼だけはこちらを捉えている。
流石に一発じゃ無理みたいね…… ダメージはそこそこ通っているみたいだけど、致命傷には遠いかしら。
だったら、これならどうかしら!
返しの右を打ち込み、その反動を利用してで左右の蹴りを連撃で叩き込む。
くまの身体がグラつき始めた…… それでも眼だけはギラついている。
しぶといわね…… 一旦距離をとって体勢を立て直す。
私との距離が出来るとくまは立ち上がって私を迎え打つかの様にどっしり構え始めた。
自分から来るのをやめたってことかしら……。
私は初回と同じ様にくまの側面に回ろうとする…… が、くまは常に私を真正面に捕らえようと私の動きに合わせてくる。
ん……?
これは……
三本腕では対応できないと悟ったか、真正面の六本腕で対抗するしかないと判断したのかしら。
私がくるくる動いても同じ様に向きを変えてくる。確定だわ……。
面白いわ……このくま。私に真正面から挑んで来いって言ってるのかしら。
私は身体の状態を確認する。身体保護魔法を使用している今ならまだ魔力を込めても余力はある。
奥の手である『纒』は使用しない…… だけど、それを除いた範囲で私の全力を出してみようかしら。
そういえば、昔読んだ童話のひとつに生まれつき強靭な肉体を持った少年がくまと力比べをする話があったわね。
フフッ、まさか現実でくまと力比べをするなんてね…… まあ、私達の場合は殴り合いですけどね。
成り行きで戦う事になったとはいえ、くまのおかげで新たな道を見つけることが出来たわ。
気分が高揚しているせいもあって、私は一つの唄を口ずさんでいた。
「あら くまさん ありがとう♪
お礼に……
殴り倒してあげましょう」
否が応でも拳に力が入ってしまう。
もしかしたらこの時の私は嬉しくて笑っていたのかもしれない。
徐々に…… しかし確実に強くなっていく実感とそれを試せる絶好の相手がいる事に。
《もりのくまさん、OF THE END》
魔法発動と同時に一直線に駆け出していく。
私の到達を予測してか、くまも攻撃モーションに移行する。
本能による行動なのか私が丁度くまの射程距離に到達すると同時に交差すると思われる攻撃タイミングだった。
このくま…… 実は知能あるんじゃないの?
高位の魔獣は知能があるとは言われている。本当の所は分からないけど……。
くまが振り上げた腕を降り下すが……
先に到達したのは私のトップスピードに乗った一撃だった。
顔面に入った一撃によってくまの上半身が弾け飛ぶように後方に倒れそうになるが下半身で耐えたのか、すぐに上半身を起こしてきて攻撃に転じて来た。
眩暈を起こしているのか、私のいない位置に腕を振り下ろしていた。
破れかぶれで手を出そうとしているのかもしれないが、それでも私は攻撃の手を緩めるつもりはない。
私が攻撃をする度にくまは必死に反撃をしてくる。
私には当たらない……
しかし、お互いが攻撃を繰り返しているとくまの攻撃の正確性が上がってきている。
私の攻撃に慣れ始めた?
それどころかくまの攻撃速度が上がってきている。
私が一発入れる間に二発、三発……
手数のせいか、完全によけきるのが難しくなり、しまいには私にかすり始めた。
口の中を切ったのか口の端から血が流れ出る。
それを舌で舐め取ると、私の気分はさらに高揚してしまった。
殴り合いはさらに続く……
徐々に…… 私が押し始めた。
くまの手数は減っていき、その目からは生気が失われそうなほどだった。
これ以上長引かせる必要もないかしら。
ちょっと跳ねれば顎が届く位置にあった事もあり、私はくまの意識を刈り取るつもりで、普段は絶対に使用しないジャンピングアッパーカットでくまの顎を跳ね上げた。
そりゃそうよ、何しろ万が一にでも避けられたり耐えられたりしたら無防備な空中ではどうにもならないから。
だからこれでトドメのつもりだった。
しかしくまは倒れなかった。
それどころかこちらに向けた顔が視界にはいると目が死んでいなかった事が分かる。
まさか…… フリ?
『くまに出会ったら死んだふりをするのがイイ』とはよく聞くけど、くま自身が死んだフリというかやられたフリをするものなの?
気付いた時には時すでに遅しで、その六本の腕で私に抱き着いてきたのだ。
俗に言う『ベアハッグ』という背骨を折る気満々のひどすぎる技。
決して幼女に対して使っていい技ではない(重要)。
だが、くまにそんな道理は通用しない。
その腕に強靭な力が込められて、私の全身から骨の軋む音が鳴り始めた。
『オーバードライブ』で強化したとはいえ、華奢な身体では耐えきれない。
「ぐっ…… このっ…… は、はなせっ!」
藻搔いても藻搔いても離れないどころか力がどんどん強くなってくる。
ぐっ…… ぐるじい……
あー、ヤバイ。意識が遠のきそう……。
「……っ……ゴホッ」
吐血まで始まってしまった……。
血……?
身体を満足に動かす事も出来ない私に限られた事は……
「こっちを…… 向きなさい」
私を見るくまの眼は勝ち誇ったかのように見えた。
『やっぱり私の言葉を理解しているのでは?』という疑問以上にいやらしくにやけている様な目つきが私の癇に障った。
私は口内に貯めておいた血を霧状にしてくまの目に吹きかけた。
「グッ…… グォォォォッ」
ククッ、ざまぁみなさい。目を抑えて苦しんでる苦しんでる。六本の内、四本の腕で目を拭っており、私を捉えていた腕が二本だけになり、しかも力が緩んでいる。
今だっ!!
私はくまの胴体を蹴りつけた反動で、捕まっていた腕から逃れる事が出来た。
少し距離を取ってくまの様子を伺っていた。
今の内にぶん殴ってボコボコにしてもいいんだけど、なんか気が晴れないのよね。
そう考えていると、血を拭い終えたくまがキョロキョロしていた。
そして私を視界に捉えると忌々しそうな顔で私を睨んでいた。
ククッ、これよこれ。これが見たかったんだわ。やられた分はきっちり返さないと気が済まないのよね。
あー、おかげさまで少しばかり気が晴れて来たわ。
いいもの見れたし、そろそろ決着を着けようかしら。
それはおそらくくまも同じことを考えているはず。
私とくまは徐々にお互いの距離を縮める。
次第にお互いの速度が上がり、真っ向から正面衝突する形になっていた。
パワーはともかくスピードなら私の方が圧倒的に上だから負ける訳がない。
これで…… 私の…… か…… ち……
あぇ?
直前でくまが突如止まった。
しかし私は速度を付け過ぎたせいか動きは止まらない。
どういうつもり?
くまは大きく息を吸い込み私に向かって口を大きく開いていた。
は?
コイツ…… ここでそれをやるの?
まともに食らったらやばい技……。
よくある物語だと今回の様な雌雄を決する最後の激突は、お互い綺麗に力比べで勝敗を決めるべきだと思うの。
それなのに、私にフェイントをかけて勝ちだけをもぎ取りに来たくま……。
私のいたいけな乙女心を台無しにしたくま……。
お前、ぜーーったいに許さないからなぁ(憤怒)。
私がくまに到達する直前に炎を吐いてきた。
最初よりも大きく威力が高いであろう炎…… まともに受けたら”死あるのみ”という程の業火。
今更後ろに下がれない。方向を左右に切り替えする事も出来ない程にスピードが乗ってしまっている。
「――――――――」
そして私は……
炎に飲まれた……。
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