第七十五話:ある~日~森の中~○○さんに出会った♪
見上げるとそこにいたのは……
ある~日~森の中~巨大な熊型の魔獣にであぁったぁぁぁ。
でっか…… といってもグランドホーンの通常個体を少し上回る程度の大きさ。
但し、この熊さんから感じる圧は遥かにそれを上回っている。
そのせいで見た目よりも大きく感じてしまう。
そして一目見て分かった。この歩く図書館令嬢マルグリットさんに分からないはずがない。
Bランク魔獣、ノンブルー・ウルス。
特徴としては多腕多眼であり、哺乳類系の魔獣としては珍しいタイプ。
六本の腕と四つの眼を持ち、夜中に出くわしたら結構なホラーではあるけど、図鑑で散々姿形を見て来た私は慣れっこなので問題はない。
しかし、この圧力は実際に目の当たりにしてみないと分からない…… 流石はBランクと言わせるほどの事はある。もしかして、途中から周辺に魔獣が現れなかったのはこの熊さんのせいでは?
ここがテリトリーなのかもしれない。であれば周辺に現れなかったことも納得できる。
熊さんは腹の底に響くほどの唸り声を上げて涎を垂らしている。
ん…… もしかして私の事を餌だと思っている?
いや、まさかね~ なんて思っていたら、上段の腕を振り下ろして仕掛けて来た。
バックステップで咄嗟に避けるも、若干かすったのか私は腕から血を流してしまった。
躱しきれたかと思ったけど、やっぱり強い…… 流石はBランクの魔獣。
さてと…… 私もこのままやられっぱなしでいる訳にはいかない――《魔力展開》
さて、どうやって攻めようかしら…… 真正面から行くと六本の腕を相手にしなければならない。
分かりやすい戦い方だと側面から攻める事で半分――三本の腕の対処で済むし、こちらに振り向いても常に移動しながら側面を取り続ければなんとかなる…… かも?
何度もそんな事をしていたら対処してきそうなものだけど、獣にそこまでの知能はないと思いたい(願望)
考えるのはここまでにして、まずはやってみましょう。
タイミングを伺いながら深呼吸を繰り返し、ノンブルー・ウルスの右側面にすかさず駆け込む。
やはり多眼だけあって目もいいのか、私が射程距離に入ると同時に上腕の腕を振って来た。
私はタイミングを見計らって躱した勢いで一撃を入れようとした直後……
既に中段の腕が私の目の前まで迫っていた。
「嘘でしょ!?」
回避しきれないと判断し、腕でガードするも勢いに吹き飛ばされるもなんとか着地して一旦呼吸を整える。
「いたたた…… 腕がまだ痺れてる…… 思った以上に攻撃力があるのと…… 反応が予想以上に速いわね」
目が良いのは予測がついていたけど、まさか反応速度までこれ程とは……
この分だと二本目の腕を回避した所で間違いなく同じ様に三本目の腕も襲ってくるでしょう。
これを立て続けに回避しないと私のリーチでは攻撃が届かない。
でもタイミングは把握できた。次こそは一撃を入れる。
先程と同様の攻め方で側面に回り込み、射程距離まで入り相手の攻撃を誘発させる。
私の予測通りに上段から順に攻撃が襲ってくる。
最初から来ると分かってさえいれば、そこまで怖くはない。
上段、中段、下段も先程と同じタイミングだからギリギリだけど上手く躱せた。
がら空きのボディに左右のワンツーを叩きこむ。
その勢いでノンブルー・ウルスの足が一歩後ろにズレた。
効いてる? 私は今の勢いのまま突っ込んで攻撃を仕掛けようとして顔を見上げて私の視界に入ったノンブルー・ウルスは私に顔を向けて口を開いていた。
私の攻撃に顔を歪ませて口を開いている訳じゃない事だけは分かった。
これは……
背筋にゾっとしたものを感じ取り、一旦距離を取ったその瞬間だった。
ノンブルー・ウルスは開いた口から炎を噴いていた。
もしあの位置に留まっていたら全身焼け焦げていたかもしれない……。
「全く…… なんでもアリね……」
まさかの四段構えだったとは……。
その上、ようやく見つけたスキを狙ったにも拘らず、大してダメージも与えられていない。
距離を取って何か手段が無いか考えようとした時のことだった。
ノンブルー・ウルスが四つん這いの様な体勢になり、足に力を貯めている様に見受けられる。
待って…… 腕と脚で八本になるから八つん這い(造語)という表現の方が正しいのかしら……。
って、そんなこと考えている場合じゃない。
ノンブルー・ウルスは腹の底に響くような唸り声を上げながら今にも飛び出す直前と思う程に殺気をこちらに向けている。
来るっ!――そう感じた瞬間、ノンブルー・ウルスはその巨体から想像も出来ない程の速度で私に向かってきた。
「ガアァァァッ」
ただ突撃するだけ? 実は他にも何かあるのでは?
などと余計な事を考えている内にノンブルー・ウルスが目の前まで迫っていた。
回避後にカウンターを狙うかと考えたけど、腕の三段攻撃を掻い潜って攻撃しようと思った直後に先程の吐かれた炎を思い出して、回避に専念することにした。
結果として回った側面から突撃直後に繰り出される腕の三段攻撃だけを凌ぎ、先程よりも距離を取って作戦を練る事にする。
しかし…… 作戦って言ってもなあ…… もう『纒』を使うしか…… あー、ダメダメ。奥の手を頻繁に使ってたら奥の手じゃなくなっちゃうわ……。
とは言っても他になんか手はないかな……。
と言う訳で、直近の戦いを思い出して何か参考にならないかと頭を巡らせる。
直近で戦ったペトラ戦は………… 遠距離攻撃が足りないという反省点が見えただけ。
その前は………… グランドホーンの異常個体…… あの時は『纒』を使う前に魔力を肉体の限界ギリギリまで引き出した《魔力展開》を使ってなんとかダメージを与えられた程度だったのよね。
今の私自身があの頃より身体能力も魔力量も上がっているから、それを使えばノンブルー・ウルスにも対抗できそうだけど…… あれは反動が強すぎて一歩間違えたら肉体を破壊しかねない。
ん……? 反動?
あっ!
そうよ、なんで頭からスッポリ抜け落ちてたんだろう。
まあ…… あれ以降、当り前の様に使っていたから気付かないのも無理はない。
というのも『纒』は三種類の魔法から構成されている。
第一層に身体強化魔法であり、私が《魔力展開》と呼んでいる魔法がこれに該当する。
第二層に身体保護魔法。身体強化とあまり変わらない様に聞こえるけど実はそうでもない。
身体強化とはその名の通り自分の肉体を通常スペック以上に引き上げる便利な魔法ではあるけど、何もメリットだけではない。
『反動』――倍以上に膨れ上がった能力は同時に自分にも倍以上で返って来る。
『身体強化で倍以上の攻撃力になるのであれば防御力も倍以上になるんだから問題ないんじゃないの?』と思われがちだがそうではない。
魔力の込め方によって倍以上の攻撃力に加えて駆け出す速度すら倍になるのであれば極端な話、攻撃を加えた時の衝撃は倍の倍になって身体に返って来る。
この時、元の身体能力が倍の倍になった反動に耐えられる堅固な肉体であれば問題は何にもない。
けど…… 私の身体はそんな超人ではない。だからこそ身体能力を鍛えてはいるものの、都度限界を見極めながら身体に込める魔力量を調節しているのだ。
その反動を極限まで緩和するのが第二層の身体保護魔法である。ちなみにこれは本来、第三層を使用する為だけに編み出されたジェラール様のオリジナル魔法でもあるから誰にでも使える訳じゃない。
その肝心な第三層が攻撃魔法による身体超強化である。
「なに言ってんだ、コイツ…… お前、攻撃魔法使えないって言ってたじゃん」と思われるかもしれないけど、言葉にするとまさにこうなのである。
もう少し分かりやすい言葉にするなら、攻撃魔法の特性を持たせた身体強化魔法であり、通常の身体強化とは異なる。
特性…… 炎魔法の紅焔であれば攻撃力増大、雷魔法の紫電であれば瞬発力増大と言った感じになる。
他にもあるけど、そっちは実践レベルに至っていないので一旦置いておきましょう。
身体強化に身体強化を重ねるなんて普通に考えたら身体なんて即座にボロボロになってもおかしくはない。
特に第三層の身体超強化なんて普通に使用しようものならその反動だけで瀕死状態まっしぐらになってしまう。
なので身体保護魔法無しで使う訳にはいかない本来はヤバイ魔法なのです……。
それら三種類の魔法を同時に使用して身体に纏わせる技術……これが『纒』の正体である。
三種類の魔法を同時に使用及び制御するなんて相当の魔力量と精密な魔力制御力と必要で難易度が高い…… 当時の私には無理とかつてジェラール様に言われたのはこのためでもある。
そんな『纒』は私にとって奥の手であり頻繁に使う訳にはいかない。
そんな訳で他に手が無いかを考えていたんだけど…… 今の流れから思いついたのが、グランドホーンの時に使用した身体に反動がある程の大量の魔力を込めた強化版《魔力展開》を使った状態で身体保護魔法を使う事で対抗できるかもしれない。
本来三種類の魔法を同時に使用する『纒』に比べたら二種類の魔法を同時行使なんて楽勝すぎるわ。
という訳で早速使ってみましょう。
まずは段階を踏んで確認するために第一層の《魔力展開》を肉体の限界ギリギリまで魔力を引き上げる。
《魔力展開》
身体中の筋肉と骨が軋み始めた。これだけでも相当な負荷が掛かってる。
両腕を回したり、両手を握ったり開いたりして身体に掛かる負荷を確認する。
これだけでもそれなりに痛みはある。
もしも、この状態で全力行動しようものなら反動だけで体中がバッキバキになる事間違いなし。
そこで第二層の身体保護魔法を掛けて身体の負荷具合を再確認する。
《身体保護魔法》
先程と同様に両腕を回したり、両手を握ったり開いたりして身体に掛かる負荷を確認する。
全く痛みはないし、先程まで軋んでいた身体が嘘のように鳴りを潜めている。
これならいける……。『纒』を使わなくてもある程度の敵と戦えそう。
私は第一層と第二層両方の強化魔法を解いた。
段階を踏んで使った第一層と第二層の魔法を次は同時に使って使用感を確認する。
その前にノンブルー・ウルスを視界に収めて挙動を確認すると、私と視線があった事に警戒を始めた様で威嚇を行っている。
先程の突撃を回避した事と、距離が先程よりも離れているせいで威嚇だけでむやみやたらに突撃はして来ない様に見えた。
この時間は私にとって非常に助かる。息を吸って吐いてを交互に繰り返してタイミングを計る。
「くまさん、覚悟はいいかしら?」
行くわよ、第一層と第二層の同時展開!
《秘儀!熊殺し》
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