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第七十二話:閑話 マルグリットの師匠③

 考え事をしている内に入口の門まで来たが、イザベラに気付いた衛兵に声を掛けられていた

 

「何でこんな所に子供が! お嬢さん、危ないからこっちに来なさい」


 イザベラは声の主の方に振り返った。見た所、衛兵に着任したばかりかという程に若い青年だった。

 

 自分は滅多に顔を出すわけでもない為、顔を知られていなくても仕方がない。

 

 この街に住んでるとは言え、まさか領主の娘が直接、激戦地になるかもしれない場所にノコノコ現れるなんて思わないだろう。

 

 青年はイザベラの事を身なりが良い好奇心が旺盛な金持ちで平民の娘とでも思っているのだろう。

 

 しかし、イザベラに気さくな態度で話しかけて来た青年を見た隊長らしき人物が顔を青ざめて急ぎ足で近づいてきた。

 

「ばっ、ばっかもん! こちらの御方はだな、領主様のご息女であるイザベラ様だぞ」


 ニコニコしていた青年は隊長の言葉を冗談だと思っているようなそぶりを見せていた。

 

「何言ってるんですか、ここの領主様って伯爵家ですよね。そんな所のお嬢様がわざわざこんな危ない場所に来るわけないでしょ」

 

 イザベラは無言でとある場所に指を指した。

 

 青年はその方向を確認すると、一台の馬車が止まっており、伯爵家の紋章が刻まれていた。


 先程までニコニコしていた青年の表情が一気に青くなって、土下座の様な姿勢で必死の謝罪を始めていた。

 

 イザベラは自分の邪魔さえしなければそれでいいと思っていたのと、謝られ続けても邪魔でしかないと思っていた為、謝罪を受け入れるからさっさと退く様に指示した。

 

 しかし、隊長は危険だと静止してイザベラの進行方向を身体を張って止める姿勢に入っていた。

 

「外に出る気ですか? だ、ダメです。万が一、お嬢様に何かあったら領主様に顔向けできません」


 父親の執事といい、目の前の衛兵隊長といい、同じようなことを言われてイザベラは頭を抱えている。


「まったく、どいつもこいつも………… ならばこうしよう、一回の魔法で仕留めきれなかったら潔く撤退するし、護衛を付けてもらっても構わない。それならどうだ?」

 

「一回の魔法って…… 三十匹いるんですよ。そんなの仕留めきれる訳が――」


 真っ向から無理と言いたげな衛兵隊長の言い方にカチンと来たイザベラは目の前まで近寄り、真下から食い込む様なしかめっ面で凄みを入れていた。


「ほう、お前は私がただ無暗に突っ込みたがる無策のバカだと言いたい訳だな」


 その表情にたじろぐ衛兵隊長はこれ以上イザベラを怒らせると途轍もなくマズイと思ったのか、出来る限りの言い訳を始めた。


「ち、違いますよ。ただ、私は魔法にはあまり明るくないのでイメージが湧かないというか、そんな魔法を見た事もありませんし……」


「ならばお前が特等席で見ておけばいい。規模が少々大きいのでな、屋敷の訓練場では使えなかった特別な魔法だ…… そいつをお前に見せてやる」


 少し考え込むが、最悪遠くから魔法を一発撃たせて何も変わらなかったとしてもイザベラを担いで逃げ切れると判断したのか、衛兵隊長はイザベラの指示に従う事にした。


「……わかりました。お供します……」

 

 衛兵隊長は衛兵達に道を開ける様に指示し、その道を歩いて街の外に出る。

 

 ふいに吹き付ける風に気持ちよさを感じながらもその風の中に微かに匂う生臭さに不快感を感じたイザベラはすぐに気持ちを切り替えてオークが向かってきているという報告を受けた場所に向かって歩き出した。

 

 少し歩いたところで目の前に広がる異質な存在が視界に入った所で、イザベラは自身の異変に気付いた。

 

 身体が少々震えており汗を掻き、手に力が入り握りしめていた。

 

 それに気づいたイザベラは手のひらに滲んだ汗を見つめていた。

 

(恐怖しているのか、私は…… たかが豚ごときに? …………いや、心が勇み立っているせいなのか、鼓動が高鳴っていくのも分かる。だが嫌な気分ではない、むしろ心地良ささえ感じる)


 イザベラの視界には多数のオークが映り始めていた。一旦様子を見る為に足を止めてオーク達の動向を見ていた。

 

 オークの一団もイザベラの存在に気付いたのか、進軍が少しずつゆっくりになっていき、一定の距離までお互いが詰めると見合う様に静止していた。

 

 しばしお互いが静観するかと思いきや、両者の緊張をぶった切るかの様にイザベラがオークに向かって歩き出した。

 

「生意気な豚共…… まさかとは思うが私の力を感じ取って距離を取ったとでもいうのか? 畜生にそんな知能があるとはな…… それはとても良い事を知った、褒美にコイツをくれてやろう」

 

《灼熱・炎竜降臨》

 

 イザベラの魔法発動と共に目の前に出現した竜の形を模した巨大な炎。

 

 高さは十メートル弱程でイザベラの隣で鎮座している。

 

 衛兵隊長はイザベラの魔法に驚いているのか腰を抜かして尻もちをついて口をパクパクさせながら放心状態になっている。

 

 一方でオークの方は尻もちまでつかないものの、若干たじろいでイザベラと炎竜を交互に確認しながら、どちらから対応すべきか判断に困っている様だった。

 

 イザベラはその隙を逃さなかった。

 

「チンタラ向かい合っているつもりはない。こちらに向かって来ないのであれば、先手を打たせてもらうだけだ」


 振り上げた腕を勢い良く振り下ろす。その動きに呼応する様に炎竜の腕がオークの集団の真ん中に振り下ろされる。

 

 重低音の地響きと共に数匹のオークが炎竜の腕に潰されていた。しかも潰されるだけならまだしも腕は炎で出来ているため潰された身体は焼かれていた。

 

 退けた腕の後に残ったオークの死骸を見た仲間達は敵討ちをするつもりなのか、怒りに満ちた表情で雄叫びを上げながらイザベラに向かって半数が突進してきた。

 

 十匹以上のオークが一度に突進してきた光景は普通の人間であれば恐れ逃げ出してしまうが、イザベラは表情を一つ変えずに腕を横に薙ぎ払う。

 

 すると炎竜は尻尾を振り回し、突進してきたオーク全てを薙ぎ払っていた。

 

 尻尾により飛ばされたオークも炎に焼かれ、飛ばされた先で燃え尽きていた。

 

 残ったオークはただ茫然と焼かれる仲間達を見ている事しか出来なかった。

 

「こんなにあっさりと燃え尽きてしまうのであればコイツの強さがイマイチ実感できないな…… もういい、貴様ら如きでは検証にもならない…… 終わりにしてやろう」

 

 イザベラは腕を前方に差し出し、慈悲の無い表情で炎竜に命令を下した。

 

《貴様らの生きた痕跡など残さない。魂ごとこの炎で(ドラゴン)焼かれてしまえ(ブレス)


 イザベラの言葉に合わせる様に口をカパッと開けて放出された炎は瞬く間にオーク三十匹を包み込む程の広範囲で焼き尽くした。


 炎竜の腕に潰されて焼かれたオーク、尻尾で吹き飛ばされて焼かれたオーク、残ったオークも関係なく等しくただその炎で全てが焼かれた。

 

 竜の炎が止まった後でに残ったものは黒く焼け焦げた大地のみでオークがいた形跡など何も残らなかった…… 骨すらも。

 

 直後、イザベラの呼吸が荒くなり、大量の汗を掻いて身体がふらついていた。

 

(クソッ…… 今ので魔力がすっからかんになった上に身体までガタつくとは…… 足りない魔力分を生命力で補完しているのか、何にせよ魔力も体力も訓練が足りない事だけは明白だな……)

 

 眩暈が起きたのか、倒れかけたイザベラを支えたのは後ろから走って来たフィルミーヌだった。

 

「イザベラ、大丈夫? お願いだから、あまり無茶をしないで」


「何故ここに来た…… フィルミーヌ」

 

 イザベラは呼吸を必死で整えて、フィルミーヌを叱ろうとするも身体に力が入らずに支えられている自分の弱さに、情けなさ、惨めさに苛立っていた。

 

「ごめんなさい。私が我儘を言って、ここに連れてきてもらったの」


 謝罪するフィルミーヌの後ろには執事が涼しい顔をしてニコニコしながら突っ立っていた。

 

「ダーニッツ、貴様……」

 

「いやいやいや、お嬢様とのお約束通りフィルミーヌ様をお守りしてましたし、かすり傷一つ負わせてませんから、セーフセーフ」

 

 執事――ダーニッツは両腕を左右に振りながら自分が無罪である事を必死に主張している。

 

 その滑稽な様子を見たイザベラも毒気が抜かれた様にため息をついて諦めていた。

 

「こんな無残な光景をお前に見せたくなかった。だから来るなと言ったのに……」


 フィルミーヌは首を左右に振るとイザベラにここに来た理由を告げる。

 

「本音を言うとね…… 戦わないで欲しい…… 傷ついて欲しくないし、傷つけて欲しくもない。彼らは自分達の生活と命を守る為に戦っている。でもそれは人間も同じ…… どちらが正しいなんて私が判断していい話じゃないと思う。だから…… せめて祈らせて欲しいの。彼らの魂が安らかに眠れるようにと」

 

 フィルミーヌはオーク達がそこにいたであろう場所…… 地面が黒く焼け焦げた場所の前で膝をつき、両手を合わせて祈り始めた。

 

 少し祈っているとフィルミーヌの周囲がうっすらと光り輝き始めた。

 

 見ている場所を少し変えると光り輝く色合いが変わり、七色の光を纏っているようにイザベラからは見えていた。

 

 自分の目がおかしくなったかと疑ったイザベラはダーニッツに視線を送ると彼もまた目を見開き、声は出さずとも驚いたような表情を見せていた。

 

 自分の見間違えではないと確信したイザベラはこの光景を思い出した。それは、幼少期に好んで読んでいた絵本の内容とあまりにも酷似していたからだった。

 

(これではまるで………… いや、やめよう。憶測で口に出していい内容ではない。フィルミーヌ本人は気付いていないみたいだが……)

 

 イザベラは念の為、周りを見渡してダーニッツと衛兵隊長しかない事を確認する。

 

 ダーニッツはイザベラが生まれる前からコンパネーズ伯爵家に仕えている事と、イザベラから見ても不審な点は見当たらない為に除外とした。

 

 よってターゲットを衛兵隊長に絞ったイザベラは彼の目の前まで歩み寄る。

 

 その衛兵隊長は自分が見ている光景は夢か現か判断に困っている様だった。

 

 幼いはずのイザベラが自身の十数倍の大きさを持つ炎で模った竜を出現させてオーク三十匹を葬ったり、七色に光る輝きで辺りを照らしているフィルミーヌを見て半ば放心状態になっていた。

 

 それでもお構いなしに話しかけて無理矢理に衛兵隊長を現実に引き戻した。

 

「今見ている光景を万が一にでも外部に漏らしてみろ…… 出所が異なったとしても貴様を犯人とみなして処罰する」


「えぇっ!? そんな無茶苦茶な……」


「それが嫌なら徹底的に情報統制しろ。拒否は許さん」


「はい……」

 

今度こそ(・・・・)お前を守ってみせる、フィルミーヌ…… そしてお前は今頃何をしているんだ。相変わらず本の虫か? なあ…… 相棒(マルグリット)


お読みいただきありがとうございます。

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