第七十一話:閑話 マルグリットの師匠②
マルグリットとクララが師匠について話をしている同時刻、王国内のとある領にある街……。
普段は賑やかで平穏な街もこの日は違っていた。
街で暮らす人々は不安な顔で家に閉じこもり、少し窓から顔を出しては外の様子を確認しながらビクビクしていた。
家の外では街を守る衛兵たちが慌ただしく走り回りながら大した用事が無い民達は家に戻る様に指示していた。
住人に指示を終えた衛兵は閑散となった街を駆け抜けて街の入口に向かった。
入口には大勢の衛兵が集っており、衛兵たちの顔つきには緊張が走っている。
防衛体制までもが敷かれ、外壁の上にも多数の衛兵が弓を携えて街の外に向けて監視を行っている。
街を一通り走り回った衛兵は隊長らしき人物に汗だくで切らしていた息を整えながら状況を報告していた。
「住人たちに家の中に避難するように指示をしてまいりました」
「ご苦労。疲れている所すまないが、外壁の上に上がって監視任務についてくれ」
「承知しました」
その衛兵たちから少し離れた場所に一台の馬車が止まっていた。
その中には二人の少女と初老の執事がいた。
一人の青い衣装に身を包んでいる金髪の少女は怯えながら冷静に状況を見ていたもうひとりの赤い衣装に身を包んだ赤髪の少女に話しかけていた。
「先程少し話し声が聞こえて来たのだけれど、魔獣の群れがこの街に向かってきているって本当なの……? 貴方は何か聞いていない?」
「そうだ。原因は不明だがな…… 報告だとオークの群れの一団で三十匹程らしい」
「そんなに…… どうして魔獣は人を襲うのかしら。話し合いとか出来ればいいのだけれど……」
魔獣は狩るものが当たり前の世界で生きている限りは通常その様な発想には至らない。
きっとこの場にいる人間以外にそんな事を伝えようものなら鼻で笑われて頭のおかしい奴など言われてしまうだろう。
青い衣装の少女は怯えながらも自分なりにお互いが平和に解決できる落としどころを本気で考えている。
(こんな殺伐とした世界だからこそ、お前の様に綺麗事を本気で語れる人間が必要なんだ。私だけじゃない…… アイツにも)
「だが、それは無理だな。奴らは自分達が生きる為に人間を狩り、私達も生きる為に魔獣を狩る。これは種族存続を掛けた生存競争でもあるからな」
青い衣装の少女は馬車から外を眺めて人間と魔獣が殺し合うしかない現状を憂いていた。
「悲しい事ね……」
「人間と魔獣の戦いは私達が生まれる遥か昔から続いている。これは奴らにとっても本能、あるいは先祖代々受け継がれた人間に対する復讐心のようなものだろう」
(だが…… 私達の本当の敵は魔獣なんかじゃない。私達の本当の敵は…… 今は止そう。街に迫りくる奴等の対処が最優先だ)
「安心しろ、フィルミーヌ…… 私が今まで力を付けてきたのは不測の事態に対応するためでもある」
手に力を入れて思いつめた表情をしている赤い服の少女――イザベラを不思議そうに見るフィルミーヌ。
イザベラがフィルミーヌと知り合ったのは、物心着いて間もない頃だった。
今でこそ当たり前の様の光景だが、その頃から既にイザベラは既にいくつもの魔法を使いこなし『神童』と呼ばれていた。
普通の貴族であれば、その様な持ち上げ方をされれば自分は選ばれし者なのだと増長し、他人を見下し訓練も疎かになっていくのが関の山だが、彼女はそんな周りの言葉も何処吹く風と聞き流し、いつ倒れても不思議でない程の激しい訓練をしていた。
いくら魔法の大家と呼ばれる由緒正しい家系とはいえ、その光景はあまりに異常だと屋敷の人間達も困惑していた。
まるで何かに取り憑かれたかの様に自分を追い込む姿は追い込まれた獣の様で誰も訓練中のイザベラには誰も近寄らなかった。
イザベラ本人は魔獣を相手に実践を積むことを希望していたが、当主である父親からは外に出るのは早いと禁止されていた代わりに領内の騎士団や冒険者を招いては模擬戦を繰り返していた。
その結果、七歳にして現役騎士団の部隊長やBランク冒険者と渡り合う程の使い手になっていた。
一体何が幼いイザベラをそこまで突き動かす理由となっているのか、フィルミーヌは知る由もなかった。
「イザベラ……?」
「運命という奴は残酷だ…… どれだけ心が清らかで潔白な人生を歩んでいたとしても次の瞬間には物言わぬ骸になってしまう事もある。だから、私には運命すらをも跳ね返す力が必要なんだ」
「偶にあなたの言っている事が分からなくなるわ」
「お前は知らなくていい…… そう、知る必要のない事は知らなくていいんだ」
イザベラは何かを決意したような表情をすると一人、馬車のドアを開けて降りようとしていた。
同席していた執事は慌てた様に馬車を降りようとするイザベラを制止する。
「イザベラお嬢様、なりません。まだ旦那様から許可は――」
「――安心しろ、お前に迷惑はかけない。父上には私から説明しておくが、先にお前が聞かれた時はこう答えればいい……「お嬢様が勝手にやりました」とな」
「そんな言い訳通用しませんよ! むしろ「何でお前が止めなかったんだ」と言われてクビになりますが? この間、孫が生まれたので私はまだクビになる訳には……」
イザベラを止めようとする執事の必死の表情にくつくつと笑っているイザベラ。
「端っから私を止められるものがいるとは父上も思っていないさ。父上の執事たるお前がここいる理由は私の行動を知る為だろうな、止められないのであればせめて知っておく必要はある…… そういうことだ。だからお前はそこで私の行動を監視しながらでもいい、フィルミーヌを護衛しろ」
もうイザベラを止められないと察した執事はイザベラに気付かれない程度に小さい溜息を吐きながら彼女の行動を見守るしかなかった。
イザベラは何かを思い出したかのように歩く足を止め、半身だけ振り返ると若干凄みのある声で執事に警告をしていた。
「あぁ、言い忘れていた。フィルミーヌに万が一にでもかすり傷を負わせようものなら仕事がクビになるどころか物理的に首が飛ぶことになる事を忘れるな」
執事は自信満々に自身の胸を叩くと、イザベラにニコッと微笑みかけていた。
「はい、その点に関してはご安心ください。貴方様のお父上であるご当主の護衛も兼ねている私が必ずやフィルミーヌ様をお守りして見せましょう」
イザベラは軽く「フッ」と笑うとすぐに街の入口に向かって歩いて行った。
入口に近づくにつれて衛兵たちの声も聞こえてきて、緊張の雰囲気も身をもって感じ始めていた。
ピリついた空気を感じたイザベラはとあるいつかの後悔を思い出していた。
(あの時もこんな空気…… 違うな、もっと殺意に囲まれていたはず。それでも身体は動けていたはずだった…… だが結果はあのザマだ……)
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