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第七十話:閑話 マルグリットの師匠①

 これは私がまだコンテスティ男爵家でクララのご両親を待っている時の話。

 

 今日は私が持っていない小説を読もうと思っていたのでクララの本棚を物色していた。

 

 クララの本棚は壁一面を埋め尽くすほどに棚が設置されており、高さもクララの身長の倍以上まである。

 

 最上段の棚からはどうやって本を取るのかしら? と思ったら、隅っこに脚立が置かれていた。

 

 本来はクララからのお願いによってメイドが取るのでしょうけど、今はエヴェリーナもナナもいない。

 

 仕方が無いから私が届く範囲で読んでいない小説でも読もうかしら。

 

 趣向が似ている上に、私が持っていない本を数多く所有しているので全くと言っていい程飽きがこない。

 

 正直に言うと、あと三カ月はクララの部屋に入り浸れる自信がある。

 

 でもそんなこと言おうものならクララは『えぇっ!?それって事実上のプロポーズですよね。死ぬまでこの部屋から出しませんよ。遠回しな毎日イチャイチャ宣言なんてマルグリット様も大胆ですぅ』とか言ってきそうで怖い。

 

 故に期限はコンテスティ男爵と夫人が戻ってくるまでで、後はどれだけ本棚の中身を消化できるかが重要となる。

 

 私が好むのは基本的にハッピーエンドが約束されている小説。

 

 現実がこんなにシビアなのに物語までそれを選択するなんて心が病んでしまう。せめてフィクションの世界だけでも平和に生きたい……。

 

 という訳で…… 何がいいかなと指を指しながら一つずつ小説をチェックする。

 

 あっ、これなんていいかもと思い、手を伸ばした小説は……

 

 「不遇職『日雇い労働者』は不遇スキル『蚊取り線香』でも世界最強になれます~我が蚊取り線香を炊いた時が貴様の命日だ~」

 

 スキル――魔法とは違った特殊能力を総称した概念。私の『纒』はスキルになるのかしら…… うーん、でも思いっきり魔力を使っているからやっぱり魔法の一種よね…… 身体強化の系列だし。

 

 にしても…… いっつも思うのが世界最強になれるスキルが不遇扱いとか本当に意味わからないんだけど…… 不遇という言葉を使えば何でも許される風潮どうにかならないかしら。

 

 大体主人公は「あれ? 僕、まーたやっちゃいましたか?」とか毎回すっとぼけてくるし、その他キャラは「不遇のくせに」と実は世界最強クラスの性能を認めようとせずに毎回やられても不遇扱いを変えないまでがお約束。

 

 登場人物全員の頭の悪さがストレスになるからその点に目を瞑る事さえ出来れば気にせず読めるんだけど……。

 

 私がその表紙を眺めながらそんな事を考えていると、まだ自分の隣に戻ってこない事に気付いたクララが話しかけて来た。

 

「マルグリット様? 次に読まれる本が決まらないのですか?」


 私が選択した本について思っていた事をクララに話してみた。

 

 所持している本に対してネガティブな意見を出したら所有者としては嫌な思いをするかもしれないが、私は断固として譲らない。

 

 私には私なりのポリシーがあるからよ。本に対する意見は真摯に向き合う…… クララとの殴り合いも覚悟の上よ。

 

 と思いきや、クララは予想外の反応を示していた。

 

「あー、わかりますー。無自覚無双とかでもあるあるですけど、数回同じ事が起こったらいい加減理解してよって思いますよね。物語の展開上仕方ないとは思わなければならない点はありますが、毎回そればっかりの展開もイラっとくることありますよね。主人公は相も変わらず『これが普通だろ?』を繰り返すばっかりで壊れたオモチャですか?と思ったりします。後は古代モノでしょうか…… 古代から発掘された魔法なんかは何故か現代を超越する性能で無双するとかもあるあるですけど、その展開も飽きて来たのでいい加減古代魔法は現代魔法で無双されて欲しいって思ったり…… 他には神獣とか聖獣という存在はほぼ犬で何故か人に変身できる能力があって――」


 おぉう、クララに語らせるとやはり出るわ出るわ…… しかも声が普段より高揚している上にスピーディー過ぎて何を言ってるのか脳が理解する前に次に進んでいる気がする。

 

 お願いだからもう少しゆっくり喋って……。私は逃げないからね……。

 

 

 

 それから五分くらい経った辺りでクララは汗を掻きながら息切れしている。

 

 

 

 クララは満足そうに額の汗を拭いながら「語ったわ」という表情をしている。

 

「――という訳です。マルグリット様はどう思われますか?」


 うわっ、この問答は一生終わらずに繰り返す気がする。強引だけど、話を変えるしかない。

 

「ええ、私もあなたと同じ意見よ。それよりクララが読んでいる小説って何かしら?」


 ククク、なんの疑問も持たれずに軌道修正を行えるのが、会話の軌道修正達人令嬢マルグリットなのよ。


「私が読んでいるのは『レベル1だけど無限魔力で魔法打ち込み放題で最強です~毎日が魔法のバーゲンセールだよ~』ですっ」

 

 レベル――その人物の強さの指標となる数字。

 

 故にレベル1と言われれば「雑魚じゃん」と主人公下げをしておいて実は○○で最強みたいな展開にしてぶち上げるのが王道パターン。

 

 あとは同じ展開の繰り返しになりやすいため、如何にストーリーを掘り下げられるかがキモになるのがこの設定に求められる展開。

 

 無限魔力で魔法打ち込み放題かぁ…… 羨ましいなあ…… 隣の芝生は何とやらって言うけど、ほんとそれ。

 

 クララは何か思い出したかのように疑問を持った表情で私の方を見ていた。

 

「マルグリット様の魔法は独学で学ばれたのですか? この年齢で知識もあって魔力制御も出来るという事は師匠的な人がいるとは思うのですが、マルグリット様が誰かから学ぶという姿が想像できなくて……」


 どうやらクララの中で私は一人で何でも出来ちゃう小説に出て来る様な無双系淑女だと思い込んでいるみたい。

 

 しかし、残念…… 本当の私は貴方が思っている様な立派な人間じゃない。

 

 他人と接触する事が怖くて、引きこもって、ずっと本ばかり読んでいた本の虫の私。

 

 学園に入るまでは家族とナナくらいしか会話する相手がいなかった根暗な私。

 

 そんな私が…… 今ここにいる私を私たらしめているのは様々な人達が周りに居てくれたからこそ。

 

 他者とのコミュニケーションの取り方はフィルミーヌ様が、騎士としての心構えや剣技はジェラルド様を始めとするメデリック公爵騎士団の皆が教えてくれたから。

 

 

 そして、彼女の存在……



「私にはね…… 魔法の才能が無かったの…… それでも彼女は私に根気よく教えてくれたわ…… 「魔法は努力次第でどうにでもなるから、とにかく鍛錬だ」なんて頭脳派のくせして脳筋みたいな事を言うの。普段は男勝り口調で良く咎められていたんだけど、それが面倒だっていうから無口キャラを演じていたのよね」


 当時を思い出して私はつい可笑しくなって声を漏らしてしまった。


 本当に懐かしい…… 遠い遠い昔の事の様に感じる。実際にはまだあれから三年も経っていないというのに。


「マルグリット様のお師匠様…… 随分と属性が多い御方の様ですけど、私にとってはお師匠のお師匠に当たる人という事ですよね。一度お会いしてみたいです」


「いずれ会う事になるわ。それまでは楽しみにとっておいてね」

 

 

 

 

 彼女は今どうしているのかしら…………

お読みいただきありがとうございます。

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