第六十七話: 闇(病み)クララちゃん
今日は話をする為にクララに会いに来ているので訓練は無し。
というかもう彼女は教えるべき基礎をほぼマスターしているので後は自主訓練だけで何の問題ない。
現在はお茶を飲みながら雑談しているが…… 本題はそれじゃない。
「……今日来た理由の本題に入るわね。ここを出て家に帰る事にしたわ」
クララは糸の切れたマリオネットの様に地面に倒れ込んでしまった。
いや、あなた今椅子に座ってたわよね。
「そっ、そんな…… ひどいです。マルグリット様! 私を一生守ってくれるって約束したじゃないですか」
そんな話は一つもしていない。紛れもない捏造。
「どこからそんな突拍子もない話が出て来るのよ…… 一生って貴方…… そういう話は未来の配偶者にしなさい。貴方の立場上は婿養子を取ってでも家を守らないといけない立場なのよ」
「マルグリット様はお兄さまがいらっしゃるとお聞きしましたから何の問題もありませんよね?」
「今はコンテスティ男爵家の未来の話をしているのであってうちの話をしてどうするのよ」
「ですから、マルグリット様がうちに婿養子に来て頂く事で万事解決と言う話をしています」
むぐっ!? 危ない、口に含んだお茶をまた噴き出してしまう所だった。
今この場にメリッサがいないとはいえ、どこから見てるかわからないから気を付けないと。
それにしてもこの子、あの夜に活を入れてから大分変な方向にポジティブになってる気がするんだけど本当に何があったんだろう。
「どうして女の私が婿になれるのよ……。男性じゃないとダメに決まってるでしょう」
「わっ、私に浮気をしろとおっしゃるんですか? あの日…… 私に言ってくださいましたよね」
えぇっ!? 私はこの子に何を言ったんだっけ? 全然思い出せないのだけど。
しかも浮気って…… 慕ってくれるのは嬉しいんだけど、同性の親愛の限界突破していそうで口にする事が憚れるのよね。
クララがあの日の私とクララの会話内容を再現してくれていた。
◆
『マルグリット様は魔法使いだと思ったのですが違うのですか?』
『どうしてそう思ったの?』
『私より小さい身体で何倍も大きい相手に武器もなしに身体一つで戦うなんて魔法使いではありえないことです。マルグリット様は怖くないのですか?』
『私は(貴方の)騎士だからね』
『(私の)騎士……』
『騎士とは敵がどれほど強大でも理不尽であったとしても(愛するクララという)守るべき者の為に決して屈しない心を持った守護者の事よ。私が怖いのは(愛するクララを)守れなかった時かしら…… だから私はもう二度とあの悲劇を――』
『……マルグリット様?』
『ハッ! ご、ごめんなさい。つい熱が入っちゃったわね。今のは忘れて頂戴』
『いいえ、私の心にとても響きました。忘れる事など未来永劫ありえないでしょう。素敵なお話をありがとうございます』
◆
「(貴方の)と(私の)と(愛するクララという)と(愛するクララを)←これこれこれ、思いっきり捏造だから!」
都合よく捏造されてるけど、指摘箇所以外はなんか言った気はする。
何故か戦いの後ってテンションぶち上がりしちゃうのよねぇ。
私にとって騎士とはある種の決意表明の様なモノ。
今度こそフィルミーヌ様とイザベラを守り抜くと決めた私の鋼鉄の意思。
そんな考えなどお構いなしにクララはというと……
「ん? 捏造なんてひとっつもありませんが? ぜーんぶ、本物ですよぉ…… どうしてマルグリット様はそういう意地悪を言い出すんですか? もしかして照れていらっしゃいます? あぁ、今は周りにメイド達がいますもんねぇ…… なんでしたら私の部屋に行きましょう。二人っきりであれば照れる必要なく本音で語り合えますから…… 愛する二人を止めるものなど――」
…………クララの声からペトラ戦の時と同様の圧が掛かって来た。
なんか嫌な予感がしてクララの顔を見ると…… 今先ほどまであったはずのクララの瞳から光が失われていた。
嫌な予感がする。うわっ、やっぱり始まった…… 笑っているのに目だけ笑っていなくて光を失った状態。
この通称闇(病み)クララはちょっと怖いのよねぇ。なんかじりじりと近寄って来た。
「フフッ、ウフフッ…… マルグリット様はずーっと私と一緒ですよぉ。このお屋敷はマルグリット様と私の為だけに存在してるんですからぁ」
クララが私の手に恋人握りをして来て恍惚とした表情を浮かべている。
待って、なんで顔を近づけてきているの……。目を閉じるな、唇をこちらに差し出そうとすな。
一度話を逸らさないと…… このままだと病みクララが止まらない。
「こっ、この屋敷はご当主であるクララのお父さまの所有物でしょう。そろそろ代官様経由で送られた手紙が王都に届いているはずだからご両親もこちらに戻られるんじゃないかしら」
クララの表情が一瞬で真顔になったと思ったら、俯きながら苦しそうにしている。
そんな表情をするという事は、まだご両親の事を大切に想っているからなのよ。
「あの人たちは戻ってきませんよ。戻ってきたところで今更……」
「屋敷のメイド達とは関係が戻ったじゃない。ご両親とだって上手く行くわ…… 貴方が私を繋ぎとめようとしているのも、ご両親がいない寂しさからでしょう」
正直、キツめの言葉を掛けたとは思ってるし、あなたが本当はそう思っていないのはわかってる。
だけど、いつまでもご両親との蟠りを残したままでは先に進めないのよ。
「そっ、そんなことありません。マルグリット様をお慕いしているのは本当です。両親は関係ありません…… けど、両親がいないと寂しいのも本当です…… ぐすっ」
あ~あ、ぐずりだしちゃった。強がっては見たものの、やっぱり寂しかったのね。
さっきまでの闇ってたクララは鳴りを潜めて年相応の…… 出会ったばかりのクララを思い出してしまった。
あのクソ王子に賛同…… いえ、私の仮説だと教団との契約による婚約をしていたはずだから恋愛結婚とは違うのだろうけど、改めてクララの泣き顔を間近で見ていると庇護欲をくすぐられるというか、守りたくなってしまう衝動に駆られるのはわからなくもない。
ぽろぽろと涙を溢し、涙を手で一生懸命に拭っているクララを自分の胸元に抱き寄せ、頭を撫でて慰める。
どうしよう、つい先程まで明日帰るつもりだったのに……
ここまで来たら最後まで面倒見てあげないといけない様な気がしてきた。
だってこんな泣いている状態のクララをほったらかしにして「やっぱり明日帰ります♪ ぐっばい☆彡」とか流石に鬼畜すぎる。
仕方ない……か……。
「わかったわ、クララのお父さまとお母さまがお戻りになられる日まで一緒にいるわ。それならどうかしら」
私の言葉に反応してガバっと顔を上げたクララは目をキラキラ輝かせた期待の眼差しを私に向けている。
「ほっ、本当ですか? 今更、嘘って言うのは無しですからね」
「嘘じゃないわよ……あっ、宿を引き払うから更新してなかった……」
その言葉に一層目を輝かせたクララは立ち上がり近くで待機していたメイド達に命令を下していた。
どうやら今すぐ客室の掃除と滞在する日数などを伝えている様だった。
「マルグリット様、であればうちに滞在してください。いえ、というか最初からどうしてうちの屋敷に滞在して頂けなかったのでしょう?」
いや、だって貴方の身内が犯人だって最初から当たりがついていたのに敵地の中で作戦会議なんてできるわけないからよ。
とはいえ母親コンビによる依頼でここに来ている事はクララには伝えていない。
だからクララは私が何故コンテスティ男爵家にお世話にならなかったのかという事情を知らないし、言える訳もない。
問題解決した今ならいいかと二つ返事で了承する事にした。
「ちなみにマルグリット様の滞在中は私の部屋になりますけど――」
「却下します」
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