第六十五話:魔力暴走事件終結
いくつか話をしないといけないと思ったから、多少手心を加えたはずだったんだけど、思ったより凄惨な状態になってしまっていた。
話を聞き出せるか怪しいと思えるほどにかなり全身がズタズタになっており、クララはそんなペトラを見ても表情を全く変えていない。
私達の戦いを見ていたメリッサも決着がついた事が分かると、相手の男を引きずってペトラの横に寝かせた。
私はメリッサの戦いを見ていなかったから、何をしたのか分からなかったけど、傷は無さそうな割には全く身体を動かせない様に見られる。
「ペトラ、話は…… できるかしら?」
ペトラは苦痛に表情を時折歪ませているものの、それでもなんとか会話は出来そうではあった。
「……か、身体を下手に動かさなければ、会話くらいは出来そうです」
「クララ…… 今の内に話しておきたい事は話した方がいいわよ」
クララは先程と同様の顔つきでペトラを見ている。かつて、屋敷内でたった一人の味方だったはずの人物に向ける視線じゃない。
クララに何があったのかしら。この会話の中からそれが知る事ができればいいんだけど。
「ペトラ、何故私が貴方からの誘いにいつまでも首を縦に振らなかったか分かる?」
「……旦那様や奥様を待っていたのではありませんか?」
「正直に言うと、あの人たちの事は半分諦めていたわ…… あの時は、本当に私の味方は貴方しかいないと思っていた。だから、貴方の誘いに乗ってしまった方が楽になるんじゃないかって何度も思った……。 だけど、そんな貴方の視線に微かな違和感を感じていた。それが何か分からないままにしたくなかったから、分かるまで保留にしていたの」
「…………」
「私が違和感の正体に気付いたのは…… そう、マルグリット様がいらしてからよ。初めてお会いしたその日に喫茶店でお話しさせて頂いた時に私を見るマルグリット様の目を見て、ペトラの視線の違和感の理由にようやく気付いた。貴方はね、私を見ている様で見ていない。私を見る視線の先に違う誰かを見ていた…… そうよね? 本当に私の事を見てくれていない人にどうしてついて行くと思ったの?」
その誰かとは過去話で登場してきた『司教様』とやらの事でしょう。
「そうかもしれません。それにしても、またマルグリット様ですか…… 貴方はどこまで私の邪魔をすれば気が済むんですか」
「えっ!? どこからどう聞いてもこれに関しては私のせいではないのだけれど……」
「…………いえ、マルグリット様……のせいです。うん、そうしましょう」
この女…… クララが手に入らなかったからって、どうしても全部私のせいにしたいみたいね。
ちゃんとペトラがクララと真正面から向き合っていたらきっとこうはならなかったはず。
「私も聞きたいことがあるんだけど、ひとつだけいいかしら」
「司教様の事であれば何も話すつもりはありませんよ」
よく分からないけど、私が『司教様』に興味を持っていると思っている様だった。
その話を聞いたクララは私の方をまたあの暗い目で顔を近づけてきて見つめて来た。
なんか怖い、怖い、怖い。その目で見るの本当に辞めて欲しいんだけど……。
「マルグリット様…… 早速、浮気ですか?」
ちょっと待って、待って、待ってクララ…… 貴方はどの立場でその発言してるの? しかも早速ってどういう意味?
クララから激しい嫉妬する女の眼差しでこちらを見ているような気がして、とてもじゃないけど目線を合わせられない。
そもそもクララはどうして私にそういう眼差しを向けているの? フラグを立てた覚えは一切ないんだけれど……。
メリッサからは『お嬢様…… そっちの趣味がおありだったんですか?』みたいな眉間に皺を寄せた表情で私を見ているけどそれ誤解だから。
誤解に誤解が積み重なった結果、更なる誤解を生んでしまい何故かこんな事態になってしまっている…… としか思えない。
「私が聞きたい事はそんな事じゃない――」
「『そんな事』? 司教様を侮辱されてますか? 何も答えませんよ?」
面倒臭いわね、この恋愛脳の女たちの脳みそをサクサク納得させるのに良い魔法を誰か知らないかしら……。
「私が聞きたいのは、クララ以外の聖女候補について知っていたら教えて欲しいの」
「…………そっちでしたか、それならいいでしょう。あくまで立ち話程度で聞いた話ですが…… 教団内で圧倒的な評価で筆頭とされているのが帝国貴族エリカ・バリエンフェルト子爵令嬢、二番手で王国貴族フィルミーヌ・ルナ・メデリック公爵令嬢、三番手は、魔導貴族サラ・アールグレーン男爵令嬢、四番手は王国貴族イザベラ・コンパネーズ伯爵令嬢になります。ちなみにクララお嬢様は五番手でした。後は―― ゴホッ、ゴホッ」
フィルミーヌ様が二番手、イザベラが四番手とは…… 完全に教団に目を付けられている。
これが前回と同じ流れであるならどうして二人は学園卒業まで無事だったのか……。
恐らく前回の時系列であればクララが連れていかれるのは、この時期のはず。
聖女候補の五番手であるクララが思ったより早く手に入れた教団はわざわざ危険を冒してまで上位の…… 帝国と魔導国家の内情についてはよく分からないけど、フィルミーヌ様とイザベラを手に入れる必要はない。
フィルミーヌ様に関しては言うまでもなく、国内最強の騎士団を保有し、さらに王国五大公爵家の筆頭であるメデリック公爵家からフィルミーヌ様を連れ出すなんて無理がすぎる。
ならイザベラは? と言うと、宮廷魔導師を多数輩出した魔法の大家と言われるコンパネーズ伯爵家の中で『神童』とまで言われたイザベラ。
しかし、イザベラの性格を考えるとフィルミーヌ様より難易度高いと思う。
フィルミーヌ様とイザベラは幼馴染なのだ。幼少期からフィルミーヌ様に対する他有力貴族令嬢からの妬みによる嫌がらせなどを防いできたのは傍に居続けたイザベラだったとフィルミーヌ様から聞いたことがある。
私がフィルミーヌ様の剣とするならば、イザベラはフィルミーヌ様を守って来た盾となる。
イザベラはフィルミーヌ様を守る為なら神すらも簡単に敵に回す程、大切に想っている。
そんなイザベラを口説き落とすなど絶対に無理だと思う。
だから…… クララを手にいれた事で不要…… というよりは、元聖女候補二番手と四番手が在野のまま居続けられると困るであろうフィルミーヌ様とイザベラを消す為に王子の権力を使用して追放劇があったと考えるのが妥当。
その裏で『赤狼の牙』を使って始末すれば、教団にとって敵に回るとやっかいな存在がいなくなる訳か……。
そして、今回のクララをヴェルキオラ教団に連れていかれる事を防いだ事で改めて、フィルミーヌ様とイザベラに注目が集まるはず。
イザベラに余計な心労を増やしてしまう事に申し訳なく思うわ。
でも貴方なら、再会するまで間違いなくフィルミーヌ様をお守りすることが出来るでしょう。
その時は…… お詫びをするから、それまで元気でいてね。
それにしても…… あのフィルミーヌ様よりも上位に来るなんて…… 聖女候補筆頭エリカ・バリエンフェルト子爵令嬢とは…… 一体どんな人なんだろう……。
それだけじゃない、この時代に二人も登場するなんてあり得ない程の魔法の才を持つクララとイザベラを上回る男爵令嬢か……。
世の中は広いわね、正直フィルミーヌ様とイザベラがワンツーフィニッシュしているのだとばかり思っていたけど……。
まあ、私が王国貴族くらいしか知らないからなんだけど……。うーん、帰ったらもっと他国事情に関しても勉強した方がいいかしら。
私は聞きたい事がそれだけだったから、私の分は終わったわよという意思表示をする為にメリッサの方を見ると彼女はどうやら捕まえた男に聞きたい事があるようだった。
私は首を縦に振ると、彼女はそれに応じて男に近寄り話を始めた。私もメリッサの会話内容に興味があったので近くで聞くことにした。
「貴方は帝国諜報部に所属しているはず。しかし、話の内容から察すると今はヴェルキオラ教団側に就いている認識した。そうだとすると貴方も帝国から抜けたという事になるけど、話を聞く限り命を狙われている訳でも無い。どういう事なのかしら?」
「正しくは帝国諜報部に所属したままヴェルキオラ教団の任務を行っているという事だ」
「帝国は自分達こそが世界の覇者だと思っているはず。その彼らが自国の情報をわざわざ他国に流すなんて考えにくいわね」
「まあ、アンタがいなくなってから帝国も大分変って来た。昔は他国との連携などありえなかった。アンタが取り締まっていた時はまさにその時代だった。だから秘密裏に取引を行う必要があったが今は正式に国交も結んでいる。そちらの方がメリットがあると判断したようだ。だから昔の様な裏取引など必要ないし、今回俺が教団側で仕事をしているのも一種の人材交流の様なものだ。もちろん機密事項など話せない事もあるから契約魔法で縛られている。それを無理に話そうとした場合…… ゴホッ、ゲホッ」
二人の咳がどんどん酷くなってきた。
会話もままならない程に咳込んでいる。次第に顔色も悪くなり、吐血も始まった。
「貴方達、これは一体……」
「これが……ゴホッ…… 契約魔法に違反した者の末路だ……」
「まさか…… 毒……」
「俺とペトラで契約内容は異なるが、当然機密情報の開示は契約違反に該当する。例えば…… 聖女候補の情報などはトップシークレットで機密事項に当たる」
「ペトラ、何故話したの?」
「クララお嬢様を連れ出す事に失敗した時点で私達の任務は失敗ですから…… どの道、始末される事になるでしょう」
「貴方の言う司教様とやらは話を聞く限り、そんな残忍な男だとは思えないのだけど……」
「これは司教様から更に上からのオーダーなんですよ。聖女に関わる任務とは教団内でもそれほど大事だという事です。司教様はお優しい方ですから、任務を失敗した私達を庇ってくれるでしょう。ですが、このまま生きて帰れば司教様に迷惑がかかる。それだけは絶対に避けたかった……。であれば自ら死を選ぶ…… それだけの事」
ペトラは毒がかなり体内を廻っているようで、顔色どころか全身が変色し始めている。
それでも表情だけは妙に晴れやかだった。
「どうして貴方はそんなに…… 死ぬ事が怖くないの?」
「怖いというより、死にたくはなかった。あの人の隣にいたかった、あの人を傍で支えたかった、あの人を…… ずっと見ていたかった。出来る事なら…… あの人と添い遂げたかった。それが叶わぬのであれば、邪魔にならぬように朽ち果てるだけ。そう考えるだけでも、あの人を守れたなって思えるんです」
これが私の選んだ道……。
本来、自分が死ぬはずだった未来を回避する。それは自分ではない誰かが死ぬ事を意味する。
誰もが死なない未来などは存在しない。そんなものはハッピーエンドが確定している創作物の世界だけ。
私が死ぬ世界線ではクララはペトラに連れ出された。その後のペトラの未来は司教様と共に幸せな未来を築けたのだろうか、考えもしなかった。
私の行いは、誰かを殺すと同時に誰かの幸せを踏みにじる行為でもある。
その事から目を背けてはいけない。自分の行いの結末を最後まで見届ける…… これが私にできるせめてもの手向け。
クララが私の隣に並んできた。ペトラの手を握って唇を震わせて目に涙を溜めている。表情は崩れない様に必死に堪えているのが分かる。
「わっ、わたしは…… 貴方の行いを絶対に許さない。だけど、だけど…… どんな理由があれ、貴方が私に尽くしてくれた事だけは事実だから……」
「私…… 過去の経緯から貴族が大っ嫌いだったんです。でも、クララお嬢様とお会い出来て、お仕えすることが出来て幸せでした………… この時が…… 長く続けば…… 本当は……良か……」
クララの手を握っていたペトラの手がするりと抜けて行った。
メリッサはペトラの口に手を当てて呼吸の確認をするも、首を左右に振る。
魔力暴走事件の犯人――ペトラの死亡により、一連の事件は終結を迎える事になった。
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