第六十四話:挑戦者が現れました~クララ参戦~
「ハァハァ…… マルグリット様…… ハァハァ……もう貴方には打つ手はないのではありませんか?」
ペトラは相変わらず安心・安全の距離から魔法をぶち込んでくる。
私はそれを回避するしか今の所出来る事が無い。
けどね、ペトラ…… 貴方、大分息が上がってきているわよ。
ちなみに私は避けてるだけで他は何もしていないから大して疲れてもいないし、六歳の頃から時間さえあれば魔獣狩りをしていた私の体力を舐め過ぎじゃないかしら?
ペトラも悪魔化してそれなりに体力も増えてるんでしょうけど、やっぱり元が只の村娘である事を考えたらこんなものかと思う。
これは時間の問題かな…… と思ったら、ペトラも私の意図に気付いたみたい。
「……時間稼ぎのつもりですか? 私の魔力が無くなるまで、回避に専念するつもりという事ですか」
正直に言うと、全くそういう訳ではない。
貴方が大人しく、私の距離で戦ってくれればこんな不毛な事をせずにすんだだけ。
とは言え、「じゃあ、肉弾戦でもやるぅ?」などと言った所でペトラが了承するとは思えない。
どうしたものかと考えていると、ペトラは次の案を用意していたみたいだった。
「ならば、回避できない程の広範囲魔法で吹き飛ばしてあげます」
「そんな事をしたら貴方の魔力がすっからかんになっちゃうんじゃないの? まあ、私としては一向に構わないけどね」
「それは承知の上。それでも貴方をこれで倒すことが出来れば本望です」
広範囲魔法…… 恐らく全魔力を投入してくるはずだから、それを使ってきたと同時に『纒』を使って強襲を掛ける。
ペトラは私の攻撃が届かないと思っているから油断しているはず。そこを突く。
《烈風・天牢風獄》
私を囲むように巨大な風の竜巻が発生した。
まるで風で出来た牢獄に囚われた気分。
時間が経つにつれて、範囲が狭くなってきている。
最終的には私を押しつぶして、竜巻に全身を切り刻まれれる。
ならば…… 多少のダメージを受けてでも真正面から突破するしかない。
『纒』を使用して強引に突撃するその瞬間だった。
《纒・紫――》
「マルグリット様に粗相をする愚か者には罰が必要ですね」
後方から聞こえた声…… それは最近、良く聞きなれた声だった。でも違和感を感じた。
何故かというと、その声の主はいつもであれば自信なさげに震えている小鹿の様なお嬢様だったはずなのに、何故か自信に満ち溢れていた声がしていた。
《疾風・太刀風一閃》
私がその声の主に向かって振り返った時には、たった一振りの風の刃によって巨大な竜巻はかき消されてしまっていた。
「えっ!?」
「えっ!?」
素っ頓狂な声をつい上げてしまったのは、私だけではなくペトラも同じだった。
こんな芸当が出来そうなのは、尋常ならざる膨大な魔力量を持ち、毎日魔力制御訓練をしていた彼女以外ありえない。
「魔力の質がお粗末すぎる…… だから、上級魔法だろうと簡単に打ち消されてしまう。貴方もマルグリット様から基礎を習った方がいいのではなくて? ねえ、ペトラ」
「ク、クララ……」
「クララお嬢様…… どうしてここに……」
そこにいたのは、紛れもなくクララだった。いや、ガワがクララなだけであって、中身は別人なのでは? と思うくらいの変貌っぷりだった。
だって、十分程前まで『ふぇぇっ、お手伝いしたいですぅ~』みたいな感じだったのに、『お手伝いしてあげますから、さっさと用件を言ってくださる?(暗黒微笑)』みたいになってるのよ。
しかも口角が上がってるのに、目が全く笑っていない。
それどころか、目の色に光を全く感じない。
なんていうか、闇…… どこまでも深く暗い目をしていた。
いや、本当に何があったの? ちょっとどころじゃなくてかなり病んでない?
そういえば…… この子、今『ねぇ、ペトラ』って言っていた。
ということは私と相対している相手がペトラである事を理解した上で発言している。
そっか…… 気付いていたのね。クララにとって、最も信頼していたはずのメイドが異形の姿となって友人の私と戦っている。
きっと裏切られた気持ちが大きくて、その現実から目を背けたくて病んでしまったのかもしれない。
と思ったら、何も迷うことなく私の目の前まで歩いてきた。
彼女は私の手を取り……
「遅くなり、申し訳ありません。運命の君」
手の甲にキスをしてきた。
運命の…… なんですと? 私の本能が聞き返すとロクな事にならないと言っている。今のは聞かなかったことにしておきましょう。
「えっと…… クララ、どうしてあの異形の姿をしたペトラが分かったの?」
クララがにっこりと私に微笑みかける。まるで動じていない。
「簡単です。マルグリット様が仰っていた『不審者』など今まで現れた事などありませんから、本当にそんな輩が現れたのだとしたら…… 私の元にいの一番に駆けつけなければならないペトラがいない事、それに加えてペトラの過去の私に対する言動、身内のメイド達への言動から考えて…… 当てはまる該当者は一人だけ…… 貴方が事を起こしたという事は、私を強引にここから連れ出すつもりだったのでしょう? まあ、流石にその様な姿に変わる事は想定外でしたけどね」
妙に落ち着いているクララと比べて、ペトラはと言うと…… 滅茶苦茶に同様してる。
明らかに顔色が悪い。この姿をクララに見られることが想定外だったのかもしれない。
「お、お嬢様…… これには訳が――」
「言い訳は無用。配偶者に対する不倫の言い訳みたいな言い出しはやめなさい。みっともないわ」
クララさん…… 一体、どんな小説を読んでたらそういうエグイ例えが出て来るんですか……。
七歳なのよ、貴方は……。後で貴方の本棚をチェックしておく必要があるわね。
ご両親が不在だからと好き勝手な本ばかり読んでいたら色々な癖が偏ってしまうわ。
なんて保護者丸出しの考えをしていたら、クララが申し訳なさそうな顔で私に振り返った。
「申し訳ありません、マルグリット様。この件は我が家の不始末、私の手で決着を――」
おおぅ、やる気満々のところ申し訳ないけど、こればっかりは譲るわけには行かない。
「ごめん、待ってくれる。ペトラの背後にいる組織は私の人生をかけてでも潰さなければならない相手なの」
正直に言うと、ペトラの行動によって私たち三人は学園を追放された上に殺されたのだから、未来で同じルートに入らない様に変える為と…… 私の復讐…… クララはそんな私を見て目を輝かせていた。
「それはもしかして復讐というリアルで「ざまぁ」的な内容ですか?」
だから貴方なんでもかんでも小説に例えるのはやめなさい。
それに…… そんな簡単な話じゃない。
「そんなスッキリとする様な話じゃないわ。だから、貴方はこれ以上聞かない方がいい。これは『私の問題』なのだから……」
それに、貴方は前回ペトラに巻き込まれた被害者でもあるのよ。
だからお願い…… 今回、貴方は貴方の人生をちゃんと歩んで欲しい。
友達となった私からの最初で最後のお願い。
「尚の事…… じゃないでしょうか」
「ん……? ど、どう言う事?」
「あの女は私を裏切った……、ここまでは良しとしましょう。ですが…… あろうことか私のマルグリット様に牙を向けたのです。私はその事実だけであの女の裏にいる組織を…… いえ、世界すらも敵に回す覚悟があります」
今聞き捨てならん言葉がしれっと聞こえて来たけど、それ以上にこの子の決意表明には問題がある。
「貴方、自分の言っている意味が分かっているの? 本当に世界に居場所を失いかねない事態になるのよ」
「フフッ、私の居場所は貴方のいる所です。世界から追い出されたら二人で誰も知らない場所に行きましょう」
ていうか、この子本気で言って……そう。なんか知らないけど、目がマジです。
ヴェルキオラ教団を敵に回す事の意味については後ほど説明しないと…… この子の今回の人生まで奪ってしかねない。
私はそんな事を望むつもりはない。この事はいつか再会するであろうイザベラにもフィルミーヌ様にも言うつもりはない。
一人で決着を着ける。だけど…… 今は目の前の敵と決着を着けなければならない。
「という訳でもう終わりにしましょうか、ペトラ」
「さ、先程も言いましたが、貴方の攻撃はここまでは届か――」
「なら答えは簡単よ。貴方に攻撃が届く位置に私がいればいい」
「……えっ!?」
《纒・紫電》
◆
マルグリット様の全身が雷でも纏っているのかの様に輝いていた。
所々、バチバチッと音も聞こえる。これが……マルグリット様の力……。
「マッ、マルグリット様の全身が……」
「クララ、今の私に触れてはダメよ。痺れちゃうからね」
軽く振り向いて私に微笑みかけるマルグリット様の表情を見ただけで私の心臓が痺れてしまいそうな程に荒ぶっているのが判る。
「はうぅぅっ! 私の心は痺れまくりですぅ」
そう言った次の瞬間、私の目の前からマルグリット様は既に居なくなっていた。
私はハッとしてペトラの方に振り向きを視界に入れた瞬間、マルグリット様は既にペトラの背後にいた。
《演武・雷獣爪牙》
マルグリット様の容赦ない攻撃…… ペトラは全く気付く間もなく全てを受けてしまっていた。
辛うじて、パンチとキックのコンビネーションだというのは分かったけど、最終的に何回攻撃を入れたのか分からなかった程に一瞬の出来事だった。
気が付いた時にはペトラは地面に叩き落とされていた。
そして、彼女の全身は既に立ち上がる事が不可だと分かる程にありえない方向に腕と脚が曲がっていた。
そして、私はここに来てようやく気付いた。
マルグリット様…… 実は魔法使いじゃなかったんですか……と。
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