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第六十二話:メリッサ vs 教団の男

 お嬢様は異形と化したペトラと向かい合っている。

 

 私はお嬢様の邪魔にならない様にさっさと仕留める事にしましょう。

 

 とは言っても、色々情報を聞き出した方がお嬢様の為にもなるでしょうし、無力化して場合によっては……。

 

 そう考えながら、私は両手にそれぞれ所持したダガーで切り込み、男の様子を伺う事にした。

 

 相手の動きは悪くない。しっかりと私の攻撃に合わせて弾いてくる。

 

 スピードに関しても中々だ。まだ私がトップスピードではないとはいえ、しっかりと着いて来ている。

 

 先程ペトラはお嬢様に向かって「教団の敵」と言っていた。

 

 つまり、ペトラとこの男はヴェルキオラ教又は聖王教のどちらかに所属しているという事になる。

 

 私は十中八九…… いえ、十割前者だと思っている。

 

 ヴェルキオラ教団にもここまでの手練れがいる事に驚きだ。

 

 私がかつて所属していた部隊は内部の不正調査に取り締まりや捕縛、場合によっては暗殺までも行う諜報部の中でも特殊な任務を任されていた部隊。

 

 あの日の任務はとある貴族がヴェルキオラ教に身寄りの無い孤児を流しているという現場の証拠をあと一歩の所で掴めたはずなのに内部からの裏切りによって私達の部隊は壊滅した。

 

 だからヴェルキオラ教団に恨みがあるかと言えば、ないとも言い切れない。


 しかし、今の私は祖国を捨てた身…… だから私情を挟む時ではない。

 

 お嬢様はそんなヴェルキオラ教団に対して『因縁の相手』だと仰っていた。

 

 いつの間に因縁なんか作ったんですか? 等と色々と突っ込みたい事はあるけど、今はこちらに集中しよう。

  

 相手は私と同じ諜報部出身だろう。動きからして察しが付く。

 

 何しろ私と動きが似ている……

 

 似ている……動き?

 

 まさか……

 

「貴方、同郷かしら?」


 もしやと思って聞いていると男も同じことを考えていたようだった。とは言え、この男は見たことがない。

 

 諜報部は任務が任務なだけに人の入れ替わりが激しい上に直属の部隊以外との絡みはほとんどないから同じ諜報部とはいえ、面識が無いのも良くある話だ。

 

「やはりか…… しかし驚いたものだ、あの国の諜報部から抜けるという事は”死”を意味するはずだが…… 良く生きていられたものだな」


「死んだ…… 私を逃がすために、私を除いて部隊は壊滅したわ」


 男は今の話を聞いて何か考え事をしている。

 

「ということは、追手から逃れる事に成功したのか………… 命を狙われて生きているのは俺が知っている限り一人だけだ。八年ほど前に内部の機密情報を持ち出した情報漏洩の罪により処刑命令が出ていたが、未だに取り下げられていない。つまり…… そいつは生きているという事だが、それがアンタか…… アンジェラ・メリーローズ」


 なるほどね…… そういう事にされていたなんて……。

 

 当時は内部で不正が横行される事など日常茶飯事だった。

 

 内部の不正調査を専門で行っていた私の部隊がいると不都合と考える連中がいるのも不思議ではないけど…… 

 

 犯人は間違いないく内部の人間で部隊長であり、恐らくは私の家名を知っているうえで罪を着せる事の出来る…… 上位貴族…… それも王城で中枢にいるであろう権限を持った貴族…… もしくは、私の動きを知っている私の一族からの裏切り。

 

「その名は疾うに捨てたわ。今の私はただのメイド、メリッサ」

 

「帝国屈指の名門、メリーローズ家の最高傑作とも言われたアンタがただのメイドになり下がるなんてな…… 堕ちたもんだ」


「堕ちた……? 私が? …………フフッ、フフフッ」


「何がおかしい」

 

 私の祖国――レガエリス帝国の貴族は平民をまるで家畜の様に扱う。

 

 王国で言う所のスラム街が帝国にとっては普通の平民の扱いなのだ。

 

 しかし、そんな平民にも希望の光と言うのもが存在する。

 

 それが『帝国騎士』になること。

 

 待遇が準貴族級になる為、生活様式もガラッと変わる。

 

 平民たちはそんな好待遇を夢見て日々精進する。

 

 あるものは自己鍛錬で己の身体を鍛え、あるものは他者を蹴落とす為に知恵を鍛える。

 

 『武』でも『智』でもいい、どの様な部門でも構わないから他者よりも優れた人材になる事。

 

 大半が底辺の生活を知っているから一度上に上がり、旨味を知った後ではもう下には戻れない。

 

 だから上に居続ける為に努力をする。他国にはない、そんな競争社会を作り上げた事により才能あるものが上に行く仕組みになっている。

 

 私も当時はその様に教え込まれてきたから何も疑う事は無かった。

 

 三姉妹の三女でありながら、メリーローズ伯爵家次期当主まで上り詰めたのは同様に姉達を蹴落としたからだ。

 

 だから罠にかかり、祖国を追われた事は私も蹴落とされたと思うしかなかった。

 

 レガエリス帝国を抜けてエリシドライル王国まで辿り着いたは良かったものの、疲労と空腹、渇きは生物である以上限界はある。

 

 私は死を覚悟して気を失ってしまった。目を覚ました時には馬車の中だった。

 

 たまたま通り掛かったグラヴェロット子爵家の旦那様と奥様に救われたのだ。

 

 祖国に戻る事は出来ない。かと言って、行く当てもない私はスパイと疑われて罰せられることを覚悟で自分の事情を説明した。

 

 すると、ご当主は笑顔で行く当てがないのであれば、自分達の屋敷で働かないかと提案してきたのだ。

 

 話を聞くと、私以外にも訳アリで行く当てもない人達が結構いるのだとか……。

 

 大丈夫なの、この人……。騙されて、変なツボとかを高額で購入してないだろうか。

 

 諜報部で散々人間の暗い部分を見続けていた私は人の目を見るだけで何を考えてるのか分かる様になっていた。

 

 何かの罠か? とも勘繰ったが、どうもご当主の目からはその様な気配は感じられなかった。

 

 それだけではなく、スキがない……。この人…… 間違いなく強い。奥様はこんなにものほほんとしてスキだらけなのに……。

 

 それと同時に私は帝国貴族とは全く毛色の違う王国貴族を目の当たりにした事によって王国貴族の生活に興味が沸き、その提案を受け入れる事にした。

 

 お屋敷に着いて働くメイド達の姿を見て我が目を疑ってしまった。

 

 皆が楽しそうに笑顔で働いていた。帝国では全員が感情を無くした様な連中だったせいか、なおさら驚いてしまった。

 

 ご当主も奥様もメイドも領軍の騎士たちも上下関係を感じさせない様な光景だった。

 

 今まで殺伐とした生活を続けて、自分以外は家族も含めて全て敵と思っていた世界が一変した。

 

 私はメリッサと名前を変えて、グラヴェロット家で働き始めた。

 

 そんな中、同僚の一人が私に近づいてきたこう言った。

 

 『あら、メリッサ。ここに来て初めて笑顔を見せてくれたわね』

 

 笑顔……? 私が?

 

 自分では全く気が付かなかった。

 

 そう…… これが楽しいという感覚なのね。

 

「私はこの家に来て感情を得て成長した…… ここに来て漸く一人の人間になったの」

 

「感情など不要。そんなもので喜んでいる様では所詮は三流という事だ」


「あら、この素晴らしさが分からないなんて可哀想な人」

 

 私はご当主と奥様に命を救われて、新しい人生を貰った。

 

 お二人は私にとって年齢はそこまで離れていないけど、父母の様な存在となった。

 

 そのお二人の子供であるお嬢様が生まれた時、屋敷内はお祭り騒ぎとなった。

 

 お嬢様と初めて対面した時、なんてか弱い存在なのだろうと思った。

 

 指一本に力を入れればすぐに息絶えてしまうかもしれない存在。

 

 抱かせてもらった時は、抱き方が上手くなかったのかお嬢様を泣かせてしまった事がある。

 

 周りの同僚達は笑いながら私の抱きかかえ方に問題があると教えてくれた。

 

 『あらあら、メリッサは赤ちゃんを抱いた事が無いの? お手本を見せてあげるわね』

 

 同僚は私からお嬢様を奪い、自分の腕にお嬢様を抱きしめるとが急に泣き止んでいた。

 

 『ちょっと、メリッサ…… あなた、なんて顔してるの?』

 

 『え? どんな顔してました?』

 

 『なんていうか、絶望と悔しさが入り混じった様な…… 兎に角、女性がしてはいけない表情をしているのは確かね』

 

 『ちょっ、もう一度、私にお嬢様を――』

 

 私は専属ではないけど、お嬢様が生まれて今までの成長を陰ながら見守って来た自負がある。

 

 お嬢様は屋敷の皆にとっては大切な妹の様な存在。

 

 その大切な妹から目の前にいる男の足止めをお願いされた。

 

 これはもうお姉ちゃんとして頑張らないといけない。

 

 実の家族にすら持てなかった感情をお嬢様含めてグラヴェロット家の皆に持っている。

 

 この感情は…… 私の宝物。誰にも否定させはしない。

 

「いくら名門出身とは言え、八年以上も実践から離れた奴に……」


「貴方には分からないでしょうけど、あの頃より私は強くなったわ」

 

 帝国の人間には分からない。守るべきものが出来た人間の強さというものをね。

 

 この男の動きはもう完全に把握した。妙に大物発言していた割には大したことが無い事が分かった。

 

 だから…… そろそろ終わりにしましょうか。

 

《咲け、一輪の赤い薔薇(レッドローズ)

 

 私の魔法発動と共に男の足首に突然出現して絡まる薔薇のツタ。

 

 そこから生える薔薇のトゲが衣類を貫通して男の足首に刺さると同時に男の動きが急激に鈍くなり、よろめきながら膝をついた。

 

「……な、なん ……だと。なんだ…… こ、これは…… いつの…… 間に……」

 

「薔薇のトゲから注入される神経毒は魔力操作によって痺れさせるだけではなく、感覚を無くさせたり、激痛を走らせる事も出来るから捕縛や尋問、拷問にも使える便利な魔法なの。特定の部位だけ毒を回避させる事も出来るから今の貴方は口で喋る事以外、何もする事が出来ない」

 

「……こ、これが…… メリーローズ家次期当主の力なのか……」

 

「もうあの家は捨てたから次期も何も今の私には関係ない。貴方にはこれから聞かなければならない事があるから…… 覚悟しなさい。楽しい、楽しい尋問の始まりよ」

 

 お嬢様、こちらは終わりました。後の事はお任せしますね。

お読みいただきありがとうございます。

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