第五十九話:誤算
私はこの時どんな表情をしていたのだろう……。
何もかもが上手く行きすぎてきっと他の人には見せられない様な表情をしていたに違いない。
私はこの日から少しずつお嬢様と外に出る為の前準備を始めていた。
それはお嬢様を外に出すための説得。
いきなり教団に向かうと言って不信感を持たれても困ってしまう。
当面は二人で暮らす事にして、機を見て教団に移動する手筈としましょう。
「お嬢様、奥様も旦那様もお屋敷から出てしまわれました。お屋敷に残っている者達もお嬢様にいい顔をしないでしょう。ここに居続けたらお嬢様の心が壊れてしまうかもしれません。いっそのこと、お屋敷を出ませんか? 私はどこまでもお嬢様について行きますから」
「…………うん、わかってはいるの。でもね、このお屋敷はお父さまとお母さまが帰ってくる場所なの。だからいきなり答えは出せない……」
あとはお嬢様を説得するだけで終わる…… はずだったのにそのお嬢様は中々首を縦に振ってくれない。
あれから幾度となくお嬢様を説得し続けた。
しかし……
『お母さまは体調が芳しくないだけ……。良くなりさえすれば、きっと……』
『捨てられたなんて思いたくない…… お願い、もう少し考える時間を頂戴』
『お父さまは王都でお仕事をされていると聞いたわ。多分それさえ終われば……』
説得は難航している。あと一歩なのに…… どうしてここまで来たのに上手く行かないの……。
それからさらに数か月後……
お嬢様は一人のご令嬢を屋敷に連れて来た。
パッと見た感じ、年の頃はお嬢様と同じくらい。どこにでもいそうな貴族令嬢。
別に高価な衣装を身に着けている訳でも無いけど、お嬢様と同じ黒髪で肩口までの長さしかないものの清潔感があって好感は持てる。
話を聞けば子爵家のご令嬢との事。なんでこんな所に?
出迎えの時に確認したけど、メイドが一人と護衛の騎士が一人。
あまりにも不自然だ。身軽すぎる。これでは下手をすると簡単に誘拐されてもおかしくない。
おかしいのはそれだけではなく、お嬢様の表情はとても生き生きとしていた。まるで、奥様がまだお屋敷にいた頃の様な……。
嫌な予感がする。ただのご令嬢のはずなのに……。
ただの? 本当に? 私はご令嬢を観察すべく、近寄ってお嬢様とご令嬢の会話の内容を聞いていた。
内容は変哲もない魔法の基礎についてとお嬢様が好んで読んでいる小説についてなどだった。
ふとした時にご令嬢と目があった。
その目線に対して私は咄嗟に目を逸らしてしまった。
私はその時に理解してしまった。
私が観察していたんじゃない。
私が観察されていたのだと。
不気味な子供…… 彼女をどうにかして始末を…… 始末? そうだわ、何でこんな簡単な事に気付かなかったんだろう。
今まで通り、邪魔者は殺せばいいだけ。
フフ…… あの家庭教師――パトリックと奥様と同じ様に魔力暴走で仕留めてやればいいだけ。
あの小さな体では即死間違いなしだわ。
何しろ、パトリックが教えている時よりもお嬢様の上達度合が段違いに上がっている事が素人目から見てもよく分かる。
今のお嬢様の魔力量なら、あのご令嬢だけでなく屋敷にいる連中も一掃できるかもしれない。
そうすれば、お嬢様もこんな所に未練など残さないでしょう。
私は急いで仲間と連絡を取ってあの時と同じ様な魔道具を用意してもらった。
前回と同じだとバレる為、違う装飾品で同じ効果を持つ魔道具を選定してもらった。
お嬢様は疑うまでもなく、私の用意した装飾品を喜んで着けていた。
あのご令嬢が来てからお嬢様の笑顔が格段に増えた……。
喜ぶべきなんでしょうけど、お嬢様の表情を見るたびに思う。
あのご令嬢を早く消さないと…… お嬢様が私の元から離れて行ってしまうかもしれないと。
その日も予定通り別の場所で作業していた。
しかし、予定通りの時間が過ぎても爆発があった様な音がしない。
何故? 嫌な予感がした私は急いで現場に駆け付けた。
何も起きていなかった。お嬢様が倒れて、ご令嬢が介抱していた。
そんな馬鹿な……。 なんで? どうして? そんな事を考えていた時、ご令嬢が私の目を見てこう言った。
「――クララさんも『魔力暴走』した訳ではありませんからね」
その言葉を聞いた時に私は動揺してしまった。彼女の目を見る事が出来なくて逸らしてしまった。
そして、その言葉から私は彼女の真意を読み取ってしまった。
『やはりお前が犯人か』と……。
どうして? 何でバレたの? わからない……。
もう、直接やるしかない。お嬢様への言い訳は後回しにするとして、このご令嬢を一刻も早く仕留めないと全てがご破算になってしまう。
そして、私は貴方の部屋にやってきたのです。
マルグリット様。
◆
「そして今に至るという訳ね……」
「ええ、まさか魔法だけではなくここまで賢しいご令嬢だとは思いませんでしたよ」
「私が貴方の言うような魔法と賢しいだけの貴族令嬢だったらこの場で死んでしまうのかもしれないけどね。薬による変身…… 今後の為にも直接確認しておく必要があるわね」
「まるでその言い方だと他にも何かがあるから死なないと聞き取れますが、私に対抗できる手段があるおつもりですか?」
「貴方、何か勘違いしてない?」
「――は?」
「認識が逆なのよ。貴方が薬による変身――便宜上『悪魔化』としておきましょうか。悪魔化したとして、それが私に対抗出来うるのかを確認したいのよ」
「は、はぁ!? わっ、私の話を聞いていなかったのですか? 私はこの力で人を――」
「殺したのでしょう? それで? それが何だと言うの? 貴方は手にかけたのは幼馴染一家、ゲンズブール辺境伯にその息子でありクララの前家庭教師であるパトリックだけでしょう」
何故かペトラは私の返答に驚いている。このご令嬢は正気か? とでも言いたいのか、ペトラの表情はこわばっている。
…………!!
あぁ、そうか…… 普通のご令嬢は人を直接手にかけたりはしない。
殺人なんて嫌悪されて当然なのに、私はそれを当然の様に受け入れた上で会話をしている。
あの時から私の感覚は狂ってしまった。
そう、私はもう普通の令嬢ではないのだから。
そして彼女の話を聞いて分かったことがある。
それは、あの断罪の場で何故クララが王子の隣にいたのかだ。
一見すれば、クララは可憐なご令嬢だし、男性が目を引くのも分からないでもない。
ただ、彼女は男爵家の令嬢。当然、妃教育なんてされるわけがないし、国家間外交に関する知識も多い訳ではないはずだ。
であれば彼女を婚約者に据えるなんて普通に考えたら有り得ないのだ。
ただ、こう考えれば話は変わる。
それは……
王子の裏…… つまり協力者にヴェルキオラ教団が居たとしたら?
本来の時間軸、私はこの場にはいなかった。
だからクララはペトラに連れ出されて、教団によって聖女教育と洗脳を受けさせられている可能性が高い。
そこで妃教育と同水準の教育が施された上で王子に取引を持ち掛ける。
『力を貸す代わりにこちらで用意した聖女候補を婚約者とする事』
教団の教育水準がどれほどのモノかはわからないけど、男爵令嬢とはいえ聖女候補などと言えば話は一気に変わってくる。
王子としては教団という巨大な力に加えて聖女候補というこれ以上ない程の最善のパートナーが手に入る、教団としては一国の王子の権力が手に入る。
まさにWIN-WINという奴だ。
そう考えると、あの場にクララがいた事が納得できる。
つまり……
私が……
イザベラが……
フィルミーヌ様が殺されたのは……
コイツの行動が元凶だ……
ダメだ……血が煮えたぎって自分で自分を抑えられなくなりそう。
この女の話を聞くだけならまだ同情の余地があった。
でも、クララを教団に連れて行ったのがこの女だとすれば話は全く変わってくる。
「…………さっさとしなさい」
「えっ!?」
「今すぐお前の首をへし折られたくなかったら、さっさと悪魔化しろと言っているのが理解できないの?」
何を驚いている? 何を狼狽えている? 私が殺気を出し始めたせいなのか?
私を殺す気でここに来たのでしょう? 今のお前はただの小動物でしかない。
私の圧に当てられて変身を急かしたせいか、彼女の姿がみるみる変わっていく。
その姿を見た第一印象は…… なるほど、悪魔とは良く言ったものだわ。
小説内で説明される悪魔の容姿を表現されたそのままの姿をしている。
そのまま……? これは…… 偶然なのかしら?
まあいいわ。考えるのは後にしましょう。
「ど、どうですか? これでもう貴方は何も――」
《魔力展開》
「えっ!? ど、どこ? わ、私の目の前にいたはず――」
「いいえ、貴方の真後ろにいるわよ」
私は魔力展開を行って高速移動でペトラの目の前から背後に移動しただけ。
この女は私の動きを捉えられていない様に見えたが、暗がりだったからかもしれない。
一旦広い場所に移動しようと、私は背後から先程まで私が立っていた窓に向かって蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたペトラは窓ガラスに衝突し、大きな音を立てて突き破ると、庭の方に落ちて行った。
私は窓にゆっくりと向かって足を掛けて上からペトラが落ちた場所を見下ろして一声かける。
「それでは、ペトラの断罪を始めましょうか」
お読みいただきありがとうございます。
少しでも気に頂けたようでしたらブックマークのご登録及び下部の☆☆☆☆☆から評価を頂けると嬉しいです。
読者様の応援が私のモチベーションとなりますので、何卒よろしくお願いいたします!




