第五十八話:ペトラの過去⑫
家庭教師――パトリックに言われるがまま中に入ると彼は鍵を掛けた。
何の為? 私を逃がさないようにする為?
とりあえず彼の言葉の真意を聞き出さない事には始まらない。
「先程の言葉、どういう意味でしょうか? 理解しかねるのですけど……」
彼はニヤついた表情で私の言動を伺っている。いやらしい目つき…… どうして貴族の男達ってこういうのが多いのかしら。
「いやあ、まさかお嬢様の侍女である貴方がお嬢様を裏切るとは思いませんでしたけどね」
「私がお嬢様を裏切るなどありえない事です。何故そう思われたのかお聞きしても?」
「だって、あれ…… 貴方の仕込みでしょ? お嬢様の魔力暴走……」
はぁ……やっぱりバレていたか。どうにかして言い訳しないと。
「私は魔力に関しては無知ですから、何をどうすればその様な事象になることすら分かっていないのですが……」
「へぇ…… 何も解ってないのに、あのブローチだけ外した事に対して納得いく説明をして貰えるかな?」
「ブ、ブローチですか。亀裂が入っていたので要らないと思いましたので外したんですが…… 何か問題がありました?」
「僕はね、魔力の流れが目で見る事ができるんだよ。だから、あの爆発の直前にブローチから魔力がお嬢様に向かって出力されていた事を感知した…… だからブローチの出所を確認するために聞き込みを行っていたわけ」
なるほど…… それで私には聞き込みをしなかったわけですか…… でも……
「だったらなぜ、貴方は私が犯人だと当たりを付けていたのでしょう? 『予想外』ではなくて『予想通り』になるはずでは?」
「正確には、『予想外』というより『信じられなかった』かな……。貴方がお嬢様を見る目は本物だったから、あの様な状況を作り出そうとするなんて考えにくかったんだ」
ふーん、ゲスい目つきの割にはしっかり見てるのね……。
もう隠し通すのは無理かな……。
「一つ言っておきますが、お嬢様を想う気持ちだけは本当です。自分の為に…… というのもありますが、お嬢様との未来を築くための行動とだけ言っておきます。ついでに言うならあの時、貴方にはあのまま死んで貰えれば好都合だったんですけどね……」
パトリックは意外そうな表情をしている。
ただのメイドから殺意の高いセリフが出るとは思わなかったという事なのか。
一瞬の躊躇いはあったものの、パトリックは頬を紅潮させて舌なめずりし始めた。
この時、私はこの男に別の人物が重なって見えていた。
そう……、私の身体を尊厳を散々嬲ってくれたゲス男……
「私はね、気の強い女性が大好きなんだ…… 特に屈服させがいのある女性は特にね……」
不快な顔…… やっぱり似ている……。
どうしても気になってしまい、聞いてみる事にした。
「パトリック様の家名はなんと仰るのでしょうか?」
パトリックは突然目つきが変わり、私に訝しむ様な視線を送っている。
家名を聞かれて何か不都合な事があるのか……
貴族であれば誇るところでしょうけど、この男は最初から家名を名乗らずに自分を売り込んでいた……。
「何故そんな事を聞く? 私の家名を知って平民である君になんの得があるというのだ?」
「パトリック様が私の故郷で大変お世話になった方に瓜二つでして…… もしかしたら、所縁のある方ではと……」
「ほう…… では参考までに聞いておきたいんだが、君の故郷はどこだ?」
「北端にあるゲンズブール辺境伯領です」
私がその名前を出した途端に彼は、訝しんだ表情から一転して先程と同様の悦に入った様な表情に戻った。
「クク…… なるほど、『大変お世話になった』ってそういうことね。全く、父上も相変わらずだな」
感情が忙しい人…… けど、これで彼があのゲス男の息子である事が分かった。
なんて世間は狭いのでしょう。北端にあるゲンズブール領から南東にあるコンテスティ領まで結構な距離があるにもかかわらず、同じ故郷出身で私に散々屈辱を受けた男の血縁者が偶然にも同じ職場とか…… 本当に嫌な運命…… 自分を呪いたくすらなる。
しかし、余計に殺す理由が出来て何より。
「父上に仕込まれたという事はテクも相当なものなんだろう? 父上のお古というのが少々あれだが…… 精々楽しませてもらおうかな」
犯る気満々というのは、無性に腹立つ。
こちらとしては殺る気満々なんですがね。
「私はその様な事をしにきたのではありません」
「要は口留めだろ? お嬢様の事を黙っておく代わりに君は僕の言う事を聞く。その為にここまで来たんだろ?」
パトリックはベッドに腰かけて隣に来るようにベッドをぽんぽん叩いている。
この親にしてこの子ありか……。どこまでも愚かな父親と同じ。
「分かりました…… では、後ろを向いていただけませんか? 脱ぐ所を見られるのは恥ずかしいので……」
私がそう言うと、パトリックが立ち上がって私の目の前まで来るなり……。
突然抱き着いてきた。彼の手は私のスカートの中に入って来て太ももをまさぐっている。
もう嫌…… 誰にも身体を触られたくない。あの人以外には……。
両方の太ももを撫で続けたパトリックは少しすると離れた。
今の手つきは何かを確認する様な素振りだった。
「何も持っていないようだね。てっきり後ろを向いた瞬間に殺されるんじゃないかと思ったから暗器でも仕込んでいるんじゃないかと思って確認させてもらったよ。それにしても言い触り心地だったね。とても興奮してきたよ」
そう言うと、パトリックはニヤニヤしながら私の太ももを撫でたその手の匂いを嗅いでいた。
本当に気持ち悪い…… 吐き気がする。
しかし、父親と違って変に用心深い所があるのね。でもおかげで油断してくれた。
私の武器は暗器じゃないのだから……。
「たかがメイド風情が魔法の家庭教師と戦う力なんてありませんよ」
「それでも…… だよ。その用心深さから僕はここまで生き残ってこれたんだからね。まあ、レディーの言う通り後ろを向くとしようか」
何が用心深いよ……。 その考えの浅さから貴方は死ぬ。
彼は私が何も持っていないと判断して、後ろを向く。
私はここに来る前に薬を既に服用していた。
最近は自分で服用後に変身するタイミングを変えられる術を覚えた。
私は服を脱いでわざと地面に落として音を立てる事でさらに彼の油断を誘う。
爪を伸ばすだけで十分に届く距離。
私は足音を立てて彼に近づくよりもここから動かずに彼を惨殺することにした。
私は伸ばした爪を振り下ろし、彼が断末魔の悲鳴を出すよりも先に彼の首を跳ね飛ばした。
その勢いで私の爪は彼の背中から下半身にかけて傷跡を作った。
「バカな男…… なまじ魔法の使い手である事で心に余裕を作り過ぎたわね」
私は元の姿に戻り、メイド服を着てからこの場を後にした。
私が屋敷に戻った辺りで奥様が目を覚まされた事を知った。
奥様の部屋に向かうと、何か騒いでいる様子だったので急いで部屋に入ると旦那様が震える奥様を抱き締めている様子だった。
私は奥様の部屋にいる別のメイドに事情をこっそりと確認した。
どうやら奥様はお嬢様の魔力暴走により死にかけた恐怖であの光景を思い出して発狂したとの事だった。
何を言っている変わらない程に叫び狂いメイド達が抑えようとしていた所で、その悲鳴を聞いた旦那様が駆け付けたらしい。
みんなが慌てふためく中、私だけが冷静に奥様の様子を見つめていた。
この様子なら思ったより予定が早まるかもしれない。私はこっそりと奥様の部屋を抜け出した。
私はお嬢様の部屋に赴きノックする。反応が無い。
普段であれば、『どうぞ』という言葉がすぐに返って来るけど、今日はない。
私は意を決して中に入ると、ベッドの上でシーツに包まっている何かを見つけた。
その何かとは…… お嬢様だった。
お嬢様は震えながら耳を抑えていた。恐らく、先程の奥様の叫びが聞こえてしまったのだろう。
全部自分のせいだ……。 自分が母親を追い込んでしまったのだと後悔しているのでしょう。
私はその様子を見て、何故か心が落ち着いている事を自覚した。
おかしい、魔力暴走を仕込む前はあんなに悩んでいたのに…… 今はお嬢様のこんな姿を見ても落ち着いている自分に驚いている。
きっと、お嬢様と司教様と私が一緒にいる未来が現実的に近づいているからなのかもしれない。
私はそんなお嬢様の頭を撫でると、ようやく私に気付いたのか目に涙を溜めて私に抱き着いてきた。
あぁ、痛ましくて、可哀想で…… 泣き顔がとっても可愛らしくて愛しい私だけのお嬢様。
貴方がこの屋敷の全て…… いえ、世界の誰からも嫌われたとして私だけは貴方の味方…… 貴方の傍にいますから安心してください。
お嬢様が今頼れる存在は私だけ…… その事実を認識すると高揚して胸が高鳴って来た。
きっと私の表情はあの時のゲス男と同じで悦に浸っているのかもしれない。
どうしよう、このままお嬢様を思いっきり抱きしめたい。力いっぱい抱きしめたい。
簡単に壊れちゃうかもしれない華奢な身体なのにおもいっきり抱きしめたくて堪らない。
でもダメ。落ち着きなさい、ペトラ。
計画は今のところ順調なのだから、もっと慎重にならないといけない。
私はそう思い、お嬢様の髪を撫でながら、私の胸元に引き寄せたお嬢様をゆっくりと抱き締める。
しばらくすると、落ち着いたのかお嬢様は私の胸の中で寝息を立てていた。
今の私はとても満たされている。故郷に居た時は絶望と恐怖と怒りで復讐さえ終われば私の人生などどうでもいいと思ってさえいたのに……。
司教様と出会い、お嬢様と出会い、今では幸せの絶頂過ぎて堪らない。
今の幸福を…… これからのさらなる幸福を終わらせるわけには行かない。
その為には……
私にとって邪魔者である奥様と旦那様をどうするか……。
この二人さえいなくなってくれればお嬢様を説得して屋敷を二人で出れるのに。
そう思っていた数日後……、奥様は旦那様と王都に向かったと聞いた。
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