第五十三話:ペトラの過去⑦
「良く聞こえなかったわ。もう一度、言ってもらえるかしら?」
「ちっ、近寄らないでよ! このバケモノ!」
「バケモノねぇ…… 見た目も身体能力も人間からかけ離れてしまったから、そう言われてしまうのは仕方ない事なのだけれど…… そんな私から言わせても貴方も化け物なんだけどね」
「はぁ? 何で私が? アンタみたいな変な力なんてないし!」
「力の有無の話ではないわ。自分が気に入らないからと、罪の無い村の皆が殺されても平然としている貴方の『心』がバケモノだって言ってるの。そうそう、その容姿も十分バケモノ染みているわよ、ウフフ」
まさか自分がバケモノ呼ばわりされるとは思っていなかったであろうタチアナは目を丸くしてポカーンと口を開けっ放しにしている。
私自身この身体になってから人間を捨てたつもりだし、一度変身すると倫理観や道徳観が可笑しくなっているのか、人を傷つけても心が痛まなくなっていた事をハッキリと理解した。
皮肉なものね、他人に『心がバケモノ』と言っておきながら、自分もそうなのだと…… 身体だけじゃなくて心もバケモノなのだと理解してしまうなんて。
「そうだわ! どうせならバケモノらしく人間離れした方法で貴方の両親を殺してあげる」
タチアナの顔が真っ青になっていくが、心が壊れた今の私にはそれすらもただの媚薬にしかならない。
「ま、待って! あ、謝るから…… 私の命は差し出すから、両親の命だけは……」
自分達の命を捨ててでも両親の助命嘆願するなんて……
「ガッカリだわ」
「え……」
「振り下ろした刃は急には止まらないわ。それが嫌なら最初から刃物なんて持ち込むべきじゃなかったの。私にこの刃を振り下ろさせたのは他ならぬ貴方なのよ、タチアナ。それとも何かしら? 私が貴方の両親の命を見逃したら私の両親の命を…… 村の皆の命を生き返らせてくれるの?」
「……それは」
「出来ないなら最初から言うんじゃない!」
苛ついた私はタチアナのお腹に蹴りを入れた。一撃で殺さない様に加減はしたつもりだったけど、思ったよりいい感じで入ってしまったせいか吐瀉物に血液が混じっていた。
何を言い出すのかと思いきや、両親の命を助けろ? 対価を差し出す事も出来ない癖に…… まあ、何か出来た所で三人とも殺す事には変わりはないのだけれどね。
そして、コイツの発言はどんどん私を無駄に苛立たせる。グチャグチャにしてやる。村の皆が味わった絶望の千分の一でも味わえ。
私は腕をタチアナの母親に向けて、そこから爪を一気に伸ばした。爪は腹部を貫通し、痛みのせいか、苦しみのせいか、金魚の様に口をパクパクさせながら震わせて足もジタバタしている。
「……マ”ッ……マ……」
「お前は幸せよ、私と違って母親の死に目に立ち会えるのだから」
私は刺した爪の一本を垂直に立てると、腹部から胸部、そして喉を切り裂き母親は絶命した。
「……っ……あ……ああっ……」
物言わぬ肉塊となった母親を見てタチアナは呼吸が多少荒くなり茫然としている。
私はその間に腕を千切られて藻掻いている父親に近づいて顔面を鷲掴みにすると、目を覚まさせるようにタチアナ目掛けてぶん投げた。
その時の衝撃で我に返るものの、夥しい出血量の父親を見て再度、狼狽し始める。
「なっ、なんでっ…… こんなっ…… 夢…… そうだわ…… 夢なんだわ。そうよ、そうに決まってる。だってそもそもペトラがこんな所に来るわけないもの。こんなバケモノになって復讐に来るはずがない。今頃ペトラは領主様に良い様にされてるの、そして私は両親とこの村で幸せに暮らしているの。これは悪い夢なんだわ! フフッ、アHAHAッ…… あHAハはHAハはHAハははHAハはHAハはHAハは」
死にかけの父親をまるで人形の様に抱きしめているタチアナ。その本人はもう目の焦点が合ってない。思ったより早く壊れちゃったかな。
試しに伸ばした爪で父親の首筋を貫きそのまま胴体とサヨウナラをさせてみた所、首を拾い上げて夢だナンダのブツブツと呟いている。
こんなものだったの? 私の復讐って…… もっと感情を荒げて、罵詈雑言を吐いてきて、私はそれを聞きながら滅茶苦茶にして苦しめながら殺してやるくらいに思ってたのに。
なんだか拍子抜けだわ。終わりにしましょう。そう思ってタチアナの額に爪を当てて最後のお別れを告げる事にした。
「さようなら、タチアナ」
最後に彼女は私の方に顔を向けてきた。目が合ったのだ。目線が合っている……? そんな事よりも私と合った目は濁っていた。深い暗い闇に引きずり込まれそうなイメージが見えていた。
「ネェ、ペトラ…… サキニジゴクデマッテルカラ」
私はそれ以上何も言えないまま息を呑み、タチアナの額に突き刺した爪は頭を貫通した。直後、目からは生気が完全に失われていた。
今のは何だったのか……。ただ一つ言える事は私はきっと…… いや、間違いなく長生きできない。そう遠くない内にタチアナの元へ行く事になるのだろうと、根拠はなくともそんな気がしていた。
我に返って状況を確認する事にした。随分ここに長くいたような気がするけど、変身が解けてないという事はまだ一時間も経ってなかったという事。
元に戻る前に村を出ないといけない。私は呼吸を整えて音を極力立てないようにドアを開けて外に出る。
村の入口は閉ざされていた。時間はまだ夜間だから、明け方まで開くことはないし、強引に行く事も出来ない。
私は閉ざしていた羽を広げて、村を囲っている柵を飛び越えて村の外に出た。
教団の馬車が明け方に迎えに来てくれることになっていた為、待ち合わせ場所まで歩いて向かう事にした。
途中で姿は元に戻り、途端に自分がタチアナの家でやっていた事、タチアナの最後の目を思い出し、脚が震えだして怖くなり、その場で吐いてしまった。
情けない…… さっきまでの威勢は何だったのか。薬のおかげで強気になっていただけで人間に戻ったら私は所詮この程度だったんだと自分に失笑していた。
フラフラになりながらもなんとか待ち合わせ場所になんとか辿り着き、迎えが来るまでずっと蹲っていた。
「……さん ……ペトラさん」
その声に『ハッ』として気付くと明け方になりかけていた。蹲ったまま寝てしまったのね。
声の主に顔を向けるとそこに居たのは司教様だった。どうやら私がちゃんと目的を果たすことが出来たのかが気になっていたらしい。
とりあえず馬車に乗るように促されて、乗ろうとするがあまり体力が回復していなかったのか、フラフラになっている所を司教様に支えてもらい、乗る事が出来た。
馬車に乗ってからは暫くの間、無言の時間が流れていた。
報告しなきゃいけないとは分かっているのに、どう切り出していいかわからなかった。
私が悩んでいると司教様から切り出してくれた。
「ペトラさん、どうでしたか?」
言わなきゃ、言わなきゃ……
「…… 殺し…… ました……」
「……そうですか……」
ようやく言えたと思ったら堰を切ったかのように涙が溢れ出てきた。
「わ…… わだ……じ、人を……っ 人をごろじ…… たんです。その前までは…… あんなに息巻いてたのに…… 終わったら…… 急に怖くなってきて……」
「それは人間として普通の反応ですよ。もしかして、後悔してますか?」
「……分からなくなりました」
私は三人を殺したその両手を眺める。手に血は付いていないのに真っ赤に汚れているように見えてきた。
「私はね、やらずに後悔するよりもやって後悔した方がいいと思います」
「えっ?」
なんでそんなハッキリと断言するのか分からなくて司教様の言葉を聞く事しか出来なかった。
「やらなかったら貴方は間違いなく一人で悩んで後悔していたでしょう。 言いましたよね? 私達は共犯者なのだと。やって後悔したら二人で悩めばいいんです。貴方の罪も半分は私のモノだから……。そうすれば、悩みも後悔も半分で済むでしょう?」
その言葉を聞いて胸が少しスッとした気がした。私の胸を締め付けていた何かが……
それと同時にまた涙が止まらなくなってきた。安心したはずなのに…… いえ、安心したからなのかもしれない。
司教様が私を抱きしめてくれた。暖かい…… 私はその暖かさに包まれながら眠りに落ちた。
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