第五十二話:ペトラの過去⑥
「ぺ、ペトラ…… 貴方は領主様の屋敷に連れていかれたはずなのに? 何故ここに…… というより何で私達の居場所が分かったの!?」
「どうして貴方の声はそんなに震えているのかしら? まるで…… 見たらイケないものでも見ているかの様な声色だわ。大丈夫かしら? フフッ」
「話を逸らさないで! 貴方は本当にペトラなの? だったらここにいるはずがない! だって貴方は本当だったら今頃……」
「今頃領主の別館で慰み者にされてる最中に村を滅ぼして、思う存分愉しんだ後に生き残りである私を殺して証拠隠滅をする算段だった…… じゃないかしら?」
私がチラッとタチアナの表情を見ると忌々し気にこちらを睨んでいるが、反論はしてこない。
「恨むなら屋敷のメイド達を恨んで頂戴。彼女達が村に兵士を差し向けたことを話していたのを聞いたのよ。だから私はスキを見つけて抜け出してきた…… そして貴方が…… いえ、貴方達が村の情報を全部領主に報告していた事も知ってるわ」
「ふーん、それが分かってるなら話は早いわ。そうよね? パパ、ママ」
タチアナが両親の事を呼んだと同時に私は二人に背後から押さえつけられてしまった。
私がいくら若いとはいえ、所詮は女。薬がなければその辺にいるか弱い一人の女でしかない。
地べたに抑えつけられた私はなんとか頭の向きを変えてタチアナを見る。
つい先程までとは打って変わって下卑な笑みを浮かべて彼女の手に握られていたのはスコップ。
まさか…… それで私を? スパイなのは分かってたけど、汚れ役までやるとは思ってなかった。
「あら、スコップなんて取り出してどうしたの? お庭いじりがしたいならお外にでも行きなさい」
「随分と余裕なのね…… 何かここからの打開策でもあるというの? 」
タチアナが首をクイっと動かすと当たり前の様にタチアナの両親が私の身体検査を始めた。
私がここから何か逆転する何かを持っていると思っているんでしょうけど…… まあ、間違ってはいないのよね。
タチアナの母親が私のポケットから薬の入った瓶を取り出してタチアナに渡していた。
タチアナはそれを観察するかの様に眺めていた。
「これは…… 飴玉? それとも…… 薬なのかしら」
「気になるなら、口にしてみたらどうかしら? ……もしかしたら毒かもしれないわよ」
「…………後で確認するからいいわ。貴方を始末した後で時間はいくらでもあるもの」
こんな事を言われて口にするお馬鹿さんはいないでしょう。タチアナもご多分に漏れず、その場で口にする事もなく、誰かで試す事もしなかった。
「ねえ、タチアナ。死ぬ前に一つ教えて欲しいのだけれど……」
「いいわよ。最後なんだし聞いておきたいことがあるのなら今のうちに聞けば答えてあげるわ」
「お父さんが隣領に助けを求めようとした事を領主に告げて村を滅ぼす必要がどこにあったというの?」
タチアナ一家が領主の監視役であるスパイだったとしてもわざわざ村を滅ぼす必要まであったのかが全く分からなかった。
領主の立場として生かさず殺さずとしておけば税収が入ってくるわけだし、しかも最初は納税を誤魔化しただなんて話をでっち上げまで行った。
一体何が目的なのかさっぱり分からなかった。
「あー、あれね。あの御方…… いえ、あの男って本当に馬鹿よね。強引にペトラを手に入れるまでは予定通りだったのに、その後はあのザマでしょ? もっと強気で村長の首だけ取って終わりにしておけば良かったのに途中からいきなりビビっちゃってさ、わざわざ証拠隠滅の為だけに村そのものを滅ぼしちゃったんだからさ…… アハハハハハハ!」
意味が分からなかった。今の話が事実だとするなら目的は私を手に入れる為って事になる。 それはおかしいよ…… だって領主は私の事なんて知るはずがないんだから。
「一つ教えて、『予定通り』ってどういう事なの?」
「アンタさぁ、私達一家が最初から領主と繋がってる事を知ってたわけでしょ? だったら察してよ。 私が!アンタを!あの男に!売ったのよ! 幸いな事にアンタみたいに妙な色気を出してる女が好みだったみたいだから話をしたらすぐに食いついて来たわ」
「…… どうして?」
「私が何も知らないとでも思ってるの? アンタさ、アーサーから言い寄られていたでしょ」
アーサーは私達の村に住んでいた同い年の青年。誰に対しても愛想がよくて特に同年代の女性からは人気があった。
タチアナが想いを寄せていた事も知ってる。
だからアーサーから想いを告げられた時に私は断ったのだ。それに私はアーサーをその様な目で見ていなかったし、村長の娘として時期村長として相応しい男性は誰かと言う視点で見てたから、そういう意味ではアーサーは対象外だった。
だって頭あまりよくないし……。それだけじゃなく村の女の子達から恨まれるのも容易に想像できたから恋人になる理由なんてなかった。むしろ私にとってはデメリットしかない時点で答えなんて最初から出てる。
タチアナの嫉妬がキッカケだとするのであれば、私はこんなくだらない事の為に売られて村の皆は殺されてしまったのか。
「だから断ったでしょう」
「『だから断った』? 何よその余裕ぶった回答は…… これだから『容姿』に恵まれた女は持たざる者の気持ちなんて分からないのよ!」
どうしろって言うのよ。返事を許容したらしたで嫉妬して結局売っていた癖に。どの道アーサーが私に関わった時点で未来は結局変わらなかったのだと思う。
「アーサーも死んだわよ。これが貴方の望んだ結末だったの?」
アーサーの話をして悲しむ表情をするのかと思いきや、彼女は『そんな男がなんだというの?』とでも言いたげに鼻で笑っていた。
「私のモノにならない時点でその辺の路傍の石と何ら変わりないわ。それに私以外の女が手に入れるっていうのも癪に障るし、死んでくれて良かったわ」
正気なの? ダメだ、この女は…… 話を聞いてそれ相応の理由があるのかと思いきや、色恋沙汰? くだらない…… 最早コイツを生かしておいていい理由は一つも存在しない。
「もういい」
「あら、もういいの? 最後なんだから聞きたい事を全部聞いちゃえばいいのに…… 例えば、アンタの両親が兵士たちにどんな風に嬲られて殺された…… とかね」
コイツはただ私を怒らせて泣き叫んでいる所を見ながら殺したいだけ。だから今は抑えて、抑えて…… 私が立ち上がった時がお前たちの最後だ。
「フフッ、言いたい事はそれなの? そんな醜い事を言ってるから見た目もそれ相応になってしまったのね。 あ、ごめんなさい。最初からブスだったわね。私ね、自分の容姿とか正直興味なかっただけれど…… 今なら言えるわ、アンタみたいなブスに生まれなくて良かったってね」
私を怒らせるどころか、返された程度で自分が怒っていたら世話ないわね。タチアナの顔がどんどん真っ赤に染まっていく。
そう、そんなに容姿の事を言われる事に抵抗があったのね。だったら最初から煽るような事を言わなければいいのに。
息がどんどん荒くなってスコップを勢いよく持ち上げる。怒りのせいなのか、全身がプルプル震えている。今にも振り上げた腕を降ろしそうだ。
私の薬は取られちゃったけど、口の中までちゃんと確認しなかったのは失態だったわね。私の頭に振り下ろされる前に口の中のそれを飲み込んだ。
そしてタチアナは私の頭を目掛けてスコップを振り下ろす。
私の耳を劈く様な金属音が鳴り響く。
そして、それは一度で終わらず何度も、何度も、何度も、数えるのが馬鹿らしくなるくらいに私の頭に目掛けてスコップを振り下ろしていた。
まるで私への恨みを全て込めて「死ね、死ね」と壊れた玩具の様に同じ単語を繰り返しながら。
我を忘れて叩き続けたせいか、息も絶え絶えになり、地べたへと座る音が聞こえてきた。
「……ザマァ…… みやがれ…… 頭をグッチャグッチャにされたら流石の美人も台無しだなあ! そうだ、どうせなら顔面もズタズタにしてやりたいなあ。少し休憩したら念入りに顔面をたたき壊してあげちゃおうっと」
「しつこい女は嫌われるわよ」
私が優しく語りかけると、タチアナは座ったままの姿勢で後方にお尻を引きずったまま移動していた。
まあ、死んでいたと思っていたはずの女から声が聞こえたら怖くなるわよねえ。私が顔を向けると先程とは違い、真っ青な表情で私を見ていた。
「なんで…… なんで生きてんのよ、アンタ…… 何それ…… 何よその目は…… なんで色が反転してるの? それに…… 肌の色まで何で褐色になってるのよ」
ようやく気付いたのね。私の頭ばっかり見てるからとっくに全身が変わっている事に気付いていなかったとか、どれだけマヌケなのかしら。
私が立ち上がろうとすると再度抑えつけようとするタチアナの両親。もう鬱陶しいから無理やりにでも剥がすか。
「ねえ、オジサマ。いつまで人の胸に手を当ててんのよ、この変態スケベジジィが」
私にしがみついていたタチアナの父親の腕を引き千切ってやった。
「あ、っ、ア”ア”、アアッ、がッ、Ah、グぁぁぁ、っ」
声にならない声を出しながら無くなった腕抑えて転がりまわっている。
きっと昔の私だったらこの光景に耐えられず吐瀉物をまき散らしていたに違いない。
けど今は…… 憎くて憎くて堪らない存在が苦しんでいる姿を見るのがとても愉快だった。
その光景をみたせいか、逆側で私にしがみついていたはずの母親は私に怯えて腕を離して腰を抜かしながらも必死に後退りしていた。
「あら、元はと言えば貴方がこんな汚物を産んだのが原因なんだからしっかり責任取ってもらわないといけないわね」
私は手に持っていた引き千切ったタチアナの父親の腕を振り回しながら母親に近づいていった。
「やっ、やめっ……」
必死に声にならない声で懇願しようとしている。本当に私がこれで止めると思ってるんだとしたらどんな脳内構造してるんだろうか。
「やめるわけないでしょう? どうなら旦那様とお揃いにしてあげるわ。いいでしょう? ペアルック」
私はそう言いながら手に持っていた生々しい武器をタチアナの母親の腕に力任せに振り下ろした。
肘がグチャグチャに潰れてはいたが、ぎりぎりで繋がっていたから私は思いっきり踏みつけて無理矢理千切ってやった。
「がっ、ガアッ、グッ、あがっ、アアアアアっ、いぎいぃっ、ぎぎッ」
母親も父親と同様に千切れた腕を抑えながら藻掻いている。まだ芋虫の方がましな動きするわ。
「あはっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハ、はー、堪らないわね、この悲鳴にならない悲鳴」
さてと、前菜はこのくらいにしてそろそろメインディッシュでも頂こうかしら?
私がタチアナの方に振り向くと、完全に血の気を失い目に力が無くなったタチアナがこちらを見て呟いた。
「バケ…… モノ……」
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