第五十話:ペトラの過去④
「私の理想の未来とは――世界平和です」
あれ? 溜めて溜めて言うものだからてっきり御大層な目標が出て来るのかと思いきや、聖職者であれば誰もが一度は口にしてるであろう内容だったので拍子抜けでした。
もしかしたら私の聞き間違いかと思って「ん?」と聞きそびれたフリをしてみた所……
「あれ? 伝わりませんでした? 私の理想の未来とは――言い方を変えるとヴェルキオラ教による世界統一です」
意味が解りませんでした。それってつまり言葉を変えたら『世界征服』という男の子が一度は夢見るかもしれない理想というか、もはや野望と言っても過言ではない内容でした。
「えっと…… 言葉を言い換えればそれって世界征服の事ですよね? この世界を支配するつもりですか?」
「いいえ、違います。先程も言いましたが、世界平和を目的としています。要するに世界から争いを無くすために我々が先導する必要はあるかと思いますが、それは決して支配することではありません。ただ、目的の為に力を必要としている事も否定しません」
「どう違うのか私にはわかりません……」
「力無き理想はただの妄想でしかない。理想無き力はただの暴力でしかない。実現するには力も理想もどちらも必要なのです。もし、私が道を踏み外す様な事を貴方がしたと思ったら貴方に渡したその力で私を断罪して頂いて構いません」
そもそも復讐しか考えていない私にそんな道理を求められても困るのですが……。他人の事をどうこう言える立場にありませんし……。ど、どうしましょう。
「と、とりあえず司教様の目的については理解いたしました。でも、自分勝手な行いをすることにしか頭にない私に司教様が正しいか正しくないか等の判断をする資格なんてありませんけど…… それでも貴方がそう望まれるのであればお手伝いさせて頂きます」
「ありがとうございます。ただ、一つ言わせて頂けるのであれば、私は貴方の行いを『自分勝手』だなんて思わないですよ。あんな目にあったら誰だって復讐したくなるのは人として当然かと思いますし……」
その言葉を聞いた途端、私は背筋が凍っていくのを感じ取っていた。何故なら『復讐』する話はしても『原因』については話をしていなかったから。
もしかして司教様も私の村を滅ぼす事に一枚嚙んでいたのでは? なんて思ってしまい、さり気なく後退りしようといたら…… 司教様は慌てずにこう切り替えしてきました。
「失礼、言葉が足りませんでしたね。ペトラさん――貴方が教会の前で倒れたのを保護してから身辺調査させて貰いました。貴方達の村が領主の策略で貴方の身柄を抑えられてしまった事、貴方のお父様である村長が隣領の力を借りて領主の悪事を暴こうとした事――結果として村が滅ぼされてしまった事」
「皆無くなってしまったはずなのにどうして村が無くなった理由まで知ってるんですか? 貴方は領主の手先でない限り知り得ない情報だと思いますが?」
「いいえ、元々ここの領主の黒い噂は色々聞いていましたから情報を得る為に辺境伯領全体に密偵を放っていたのです。だから貴方の村が領軍に襲われた事も知っていました」
「知っていて…… 村が蹂躙されるのを、村の皆が殺されてる事を知って放っておいたって事ですよね!」
「私達が真正面から辺境伯と敵対する訳にはいかないんです。あのタイミングで手を貸してしまえば必ず情報が漏れてしまう。現に貴方の幼馴染が領主のスパイだったでしょう?」
司教様の立場からするとその判断は間違ってないんだという事は頭ではわかってました。だけど、
「それは……」
「貴方にこの部屋を見せたのはこの件に対する私なりの謝罪と誠意だと思ってください。この情報はヴェルキオラ教でも機密情報扱いですから出会って間もない貴方に見せる事が私にとってもリスクなんです。それはご理解頂きたい」
司教様が謝罪する必要なんてない。これは私の八つ当たりでしかないのだから…… それでも彼は結果として見殺しにせざるを得なかったと考えるが故に自らの危険を冒してまで話をしてくれたし、力も貸してくれる。
「わかり…… ました。この力を使えば、領主にも幼馴染にも復讐ができると思っていいんですよね?」
「ええ、その通りです。それと領主様はともかく貴方の幼馴染の今の住処についても現在確認中ですので、その間に薬を体に慣らす様にしてください」
そうでした……。司教様が何者なのかという点ばっかり気に取られていたから自分がこれを飲むという事を忘れていたんですけど…… もう飲んじゃっていいのかな……。
「あの…… この薬はもう飲んじゃってもいいんでしたっけ?」
「はい、試しにここで一度飲んでみましょうか。但し、注意事項があります。ここに居る間は必ず私がいる所で飲む事、基本的に飲む場所はこの部屋、そして時間帯も夜間でお願いしますね。先程も言いましたけど、教団内でも機密事項なので他の者に見せる訳にもいかないからです」
「わ、わかりました」
私は瓶から薬を一錠分取り出すと、それを眺めながら「フゥー、フゥー」と大きく深呼吸していた。死ぬ覚悟はとっくに決めていても、よくわからない薬を飲むぞいう時は何故か躊躇ってしまう不思議。
「被験者の方達はペトラさんと同じ様に躊躇っていましたよ。目を瞑って一気にパクっといっちゃいましょう」
「いきまぁす!」
私は目を瞑って勢いに任せて口に放り込みました。
すると……
あれ? なんとも……
と思いきや、体が――というより心臓が全力疾走直後の様に「ばっくんばっくん」言い始めました。
体が熱い…… 関節の節々が痛い。立っていられない。倒れそうになった私を司教様が支えてくれました。
「初回はみんな同じような症状になります。ごめんなさい、抱き着くような形になってしまって…… 嫌な思いをするかもしれませんが、少しだけ我慢してくださいね」
ああ、知られてしまっているんだ。私があの男に何をされたのか…… だから私自身もそのせいで男性に対して拒絶反応が出ると思ったのに、案外そうでもなくて、司教様の腕は不思議と落ち着く……。
できればこのまま…… と思ったら、その光景を最後に気を失ってしまいました。
その後、暫くして目を覚ました私が見たものは、こちらを心配そうに眺めている司教様の顔。結構近い…… 心臓に良くないのであまり近づけないで欲しい。
「無事に目を覚まされてよかったです。体調の方はどうですか?」
「はい、大丈夫そうです。私は一体どのくらい寝ていたんでしょうか?…… 身体は…… 身体? あれ?」
私は自分の手のひら、手の甲をクルクル回してみると褐色の様な色合いになっている事に気付きました。手だけじゃなくて腕も足も、よく確認すると身体全体が褐色に染まっている。
目の届かない様な顔や頭を触ってみると側頭部辺りに突起物の様なものが……
「貴方が寝ていた時間は大体三十分程です。それと、気付きましたか? 今貴方の頭には角が生えて、背中からは翼が生えているんです」
私は立って背中に腕を回してみると確かに翼らしきものが生えている感触はありました。
でも動かし方が…… そもそも動くんでしょうか?
「これ…… どうすれば動くんでしょうか?」
「ちょっと待ってくださいね。確か…… この辺に…… ああ、これこれ」
司教様が書類が散乱している机をガサゴソしていると何枚か束ねられている紙を引っ張り出していました。
渡された紙には私と同じように動かし方がわからない所から動かせるようになるまでと他に出来る事などが記されていました。
人間の状態では使うことが出来なかった魔法が使えるようになっていたり、それ以外に伸縮可能な爪で硬質化することもできる万能な武器として使用するまでの一連の記録が事細かに記載されていました。
「私、魔法とか使ったことありませんし、使えるかも分からないのですけど、この状態であれば使えるという事なのでしょうか?」
この国では魔法の使い方は家庭教師を雇ったり、学園等に通って学んだりする。私の様な学園に行くことが出来ない貧乏人は学園に通う事が出来なかった。
ならばどうするか? その村で魔法が使える人がいるならその人に教えを請う。やる気があればの話…… たけど、私の様な村娘は別に魔法が無くても生きていけるから気にした事もなかったんです。
「その状態であれば初めてでも使いやすい…… らしいです。ただ、魔法の使い方は共通だから、一度身に着けて感覚を理解すれば人の身に戻っても使えるはずですよ」
「分かりました。色々試してみます。ちなみにこの姿っていつまで続くんでしょうか?」
「一時間です。気を付けて欲しいのは、一度服用した後は半日間は空けてください。空けずに複数回使用して身体への負担が大きくなった結果、耐えられなかったという報告もありましたから」
「耐えられなかった人がどうなったかお聞きしても?」
「私は直接見た訳ではないのですが、耐えられなかった人は身体が崩壊して塵の様になっていったと……」
「き、気をつけます」
「今日は元の姿に戻ったことを確認したら、もう寝ましょう。続きは明日以降のこの時間とします。並行して調査も続けますから判明したらお知らせします」
「お手数おかけしますが、宜しくお願い致します。」
少しして元の姿に戻ったことを確認してから決意を新たにしました。
逃がさない…… 絶対に! 村の皆が味わった恐怖と絶望と痛みを少しでも味わわせてやる。
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