第四十八話:ペトラの過去②
見張りの目を盗んで屋敷を抜け出してから故郷に到着するまで一週間ほどかかりました。
追手が来ることを考慮して気付かれにくい道を進んでいたせいで大分遠回りしてしまいました。
途中に立ち寄った村で村人が私の村について語った内容について耳に挟んだ所、やっぱり別館で聞いた話は本当だったんだ……。
急がないと……。
寝る間も惜しんで出来うる限り、兵士たちに見つからない様に移動してようやく村が見えてくる辺りまで来た所、嫌な予感は的中してしまいました。
焦げ臭い匂いがしたんです。私が抜けだして経過した日数から考えても到着したのは数日前、それでこれだけの匂いがするということは……。
私が見た村の光景は最早人が嘗て住んでいたであろう成れの果てでした。
燃やせるものは全て燃やし、壊せるものは全て壊したであろう村の残骸。
その周辺には人間の死体、死体、死体。
毎朝挨拶してくれたおじさん、いつも旦那の愚痴を言っていたおばさん、私のスカートを毎日の様に捲ってくる悪ガキ、それを咎める同年代の女の子…… みんな、みんなが物言わぬただの肉塊になっていたんです。
何故? 何故? 何故? 何故? 何故?
私の身柄と引き換えに村を助けてくれる約束じゃなかったの? 自分の見ている光景が本当は悪夢なんじゃないかと思える程に絶望的な光景。
老人も大人も子供も容赦なく刃を突き立てられた惨劇。子供達は一か所に集まってしゃがんで頭を伏せた姿で槍が突き立てられている。
この世に地獄があるならば私が見ているこの光景こそがそうなのだろう。
気が狂いそうになった私に一欠片でも理性が残っていたのは家族の状況を目の当たりにしていなかったからです。
絶望した状況でしかない。それでも――家族の安否をこの目で見るまでは信じない、いや信じたくないだけ。
私は実家である村長邸まで走りました。案の定、実家も崩壊していましたが周辺にお父さんとお母さんの死体はありませんでした。
このまま見つからなければいい、どこか別の場所に逃げていてくれればいいと思ってと思いました。
崩壊した実家の瓦礫をどかしていたらそんな希望は一瞬で砕け散る事になりました。
お母さんを庇う様にして絶命していたお父さんの姿を見つけてしまったから。
「やだ、やだ、お父さん…… お母さん…… 嫌だよぉ……」
私はその場で泣き崩れてしまい、暫くお父さんとお母さんの死体に抱き着き動くことが出来ませんでした。
散々泣いた後、不思議と冷静になって現状について考えだしました。
「どうして……? いくら濡れ衣を着せたからって何も自領の村人を皆殺しにするなんて……」
やっぱり変だと思ったんです。自領の村を潰したら税収が減ってしまう。
私を手に入れた事、翌年分の税収の上乗せは約束していたはず…… 領主として何の問題もなかったはず。
それを放棄してでもこの村を壊滅させなければならない理由があった?
そんなことを考えながら村の皆を埋めてあげないとと思い、動かなくなったお父さんを見つめていたら手に何かを持っている様な姿勢になっていることに気付いたんです。
正確には握りしめていたんです。お母さんを庇いながら不自然に隠す様に手を内側に入れていたから違和感がありました。
手のひらの中には一枚の紙がありました。兵士が来たことに気付いて急いで殴り書きしたであろう紙には私の名前が書かれていたことから私宛だということがわかりました。
その内容は、今回の件を隣領の領主様に協力を求めに行こうとした所でそれが領主にバレて兵を差し向けられてしまったこと。
私を売るような事になった事に対する謝罪と後悔が書き記されていました。
何故こんなにあっさりとバレてしまったのか…… それは恐らく村の中に領主の放ったスパイがいたから。
ずっとお父さんの動向を探っていたに違いない。きっとスパイは死体で上がらなかった人間に限られると思うと考えた私は村の皆を埋葬すると同時に見つからなかったのは誰か確認しました。
時間が掛かりましたが、ようやく判明した死体として上がらなかったのは三人……
よりによって…… 『幼馴染とその家族』だったなんて……。
元々は幼馴染――タチアナの両親が領主の手先だったと思いますが、恐らくタチアナも両親からスパイとして仕込まれていたのでしょう。
私達をこんな目に会わせておいて自分たちはのうのうと生きているだなんて許さない…… 絶対に!
埋葬が終わり、無事な食料を集めて私は村を後にしました。
いつまでもここに居たら追手が来るかわからない。本来なら私ごときどうでもいいのかもしれませんが、滅ぼした村の生き残りなど生かしておく道理もないでしょう。
絶対に私の事を探しに来るはず。その前に逃げ切ってから、復讐する方法を考えなければならない。
私は領都から遠ざかる方向に進みました。近くに居るとすぐに見つかって追手を嗾けられてしまう。
領主の耳に入るまで時間を掛ける為に少なくとも遠ざかる方向に進まないといけない思って南を目指しました。
途中で村に立ち寄る事も考えたりもしましたが、どこに領主の手の者がいるかわからないと考えて出来うる限り村々を避けて行動していました。
直に食料も尽きて、体力も限界に近づき復讐も行えないままに死ぬのかと覚悟していた時に一軒の建物を見つけたのです。
どうやら教会の様でしたが、もしかしたら領主の手の者がいるかもしれないと考えもしましたが、私自身限界ということもあって立ち寄る事にしました。
もしも怪しい動きをする人がいるようであれば殺してしまえばいいとまで考えるようになりました。
私は意を決して教会に入りましたが、建物内の温かい空気に触れて気が緩んでしまったのか意識を失ってしまったのです。
目が覚めた時には、ベッドで寝ていました。
周りを見渡してみると真っ白な壁にベッドの他には小さな机だけが置かれた質素な部屋でした。
自分がここで寝ていた理由を思い出すべく頭を捻っているとドアがノックされて男性が入ってきました。
「ああ、よかった。目が覚められたのですね、教会の入口で倒れられてからずっと起きられなかったものですから心配だったんですよ」
「えっと…… 助けて頂きましてありがとうございます。すみません、倒れる直線の事をあまり覚えていなくて……」
「相当疲れていたのだと思いますよ。何しろ三日も眠っていらしたのですから」
「三日! そんなに寝ていただなんて…… ずっと歩きっぱなしでどこを彷徨っていたかもわからなくなったくらいなのですが、ここはどこなのでしょうか? 」
「ここはヴェルキオラ教の教会です。私はこの辺り…… ゲンズブール辺境領の一帯を統括する司教のアンドレイと申します」
これが私にとって救世主であるアンドレイ様との出会いでした。
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