第四十六話:聖女
私がこれをおとぎ話という根拠はもちろんある。
そもそも聖女とは百年に一度、神により指名されて力を授かった人物がその大いなる力を振るい、困窮する民を救うというもの。
かつて現れたであろう聖女の言い伝えによると、時には強大な魔獣を討伐したり、乾いた大地を恵の大地に変えたりだの、選ばれた聖女ごとに行使できる力は違えども、人知を超越する力を持つことに変わりはない。
そして民衆たちを救った聖女は人知れずの内に行方がわからなくなってしまうという。
とくに人気な話が初代聖女様の話。どこからともなく現れた悪しき侵略者を初代聖女様が三人の仲間と共に撃退するというお話。
ただ、この戦いで全員が死亡するという全くもってハッピーエンドからほど遠い結末を迎える事になる。
なんでそんな話が一番人気が高いのかというと、それはこの国の成り立ちが関係しているから。
当時は複数の都市国家が点在していたらしいけど、初代聖女様が没された事を機に再度来るかもしれない侵略に備える為、周辺の都市国家が一丸となって現在のエシリドイラル王国が誕生したという話。
そして初代聖女様が亡くなられた年を王国歴元年として定められるようになった。
初代聖女様の遺体は高ランク魔獣が大量に発生する場所の更にその先にある洞窟内に安置される事となった。
遺体の移送には千人規模の護衛で向かったらしいけど、道中で命を落としたのは約半数との事。とんでもない場所に遺体を運んだものだわ。
それなら誰も初代聖女様の元にはもうたどり着けないでしょう。
何でそんな場所に埋葬したかって? それは…… 初代聖女様は見目麗しい御方で男女問わず見るもの全ての心を虜にしてしまったという伝説すらある。
そんな人が誰にでも目に付く場所に置かれようものであれば…… まあ、私は七歳の子供ですから詳しい事はよくわかりませんの、テヘッ!
確か安置された場所の名前は…… そう、『永遠の寝所』
ちなみになんの偶然か知らないけど、私の領にも同じ名前の洞窟が存在している。
あの常闇の森の最奥にある洞窟の名前がそれだったはず。あの森もなんだかんだ言って結構危ないのよね。
何しろ、入口付近からあのグランドホーンが生息している程だもの。あの森の最奥だなんて私も行った事はないから本当の事は分からないけど、初代聖女様にあやかって同じ名前にしたのか…… それとも…… まさかね…… そんなわけないわよね。
さて、それほどまでに謳われた聖女様の話は作り物なのでは? と疑う理由に関してだけど、最もな根拠はこれ。
その百年の節目である私が十八歳の時に王都にて行われた聖女生誕祭で……
聖女様は現れなかった。
主催であるヴェルキオラ教団の連中の慌てようは本当に酷かったわよね。
けれど、民衆にはそんな事は関係ない。
みんな期待していはずなんだから。遠くから困窮している多くの人々が王都に押し寄せていた。
『きっと聖女様なら自分達を救ってくれる』
そんな淡い希望を胸に抱きながら訪れたはずだった。
しかし、そんな民衆の願いは無残にも打ち砕かれてしまった。
だから彼らは自分達の心を弄んだとしたヴェルキオラ教への反発は物凄かった。
彼らの怒りは収まらず、暴動にまで発展してしまった。
あの時の暴動は本当に酷かった。鎮圧するために王都中の衛兵や騎士団、魔法師団に加えて王家直轄のロイヤルガードまで緊急参戦することになり、結果として多くの死傷者数を出してしまった。
これは建国してから一大事件として取り上げられるほど凄惨な事件となった。
私達は当時学生だったから、暴動の雰囲気を察した教師陣が直ぐに学園内に戻る様に指示してくれたおかげで大きな被害はなかった……。
私とイザベラはフィルミーヌ様をお守りしながら急いで学園に戻ったのだけど、あの時のフィルミーヌ様はものすごく憔悴していらっしゃった。
『わ、私の…… 私のせいで…… こんなっ…… 私がっ…… あの時……』
どう考えてもフィルミーヌ様のせいじゃないのにそれでも民たちを救えなかったことをご自身の過ちであるかのようにお考えになられるだなんて……。
やっぱりフィルミーヌ様こそが聖女に相応しいはずなのに、女神様も本当に見る目がないわよね。
だから私は聖女生誕祭はヴェルキオラ教のプロパガンダでいるはずもない聖女をでっちあげて民衆からの好感度アップを目論んでいたのだと思った。
聖女が現れなかったのは、恐らく役者がニセモノだとバレたくなくて逃げ出したのかもしれない。
万が一、ニセモノである事がバレでもしたら間違いなく生きていられないでしょうからね。
だから私はかつての経験から聖女という存在を信じていない。
しかし、ペトラにとってはそんなことは知らないし関係ない。何故ならこの時間軸ではまだ聖女生誕祭が行われていないから。
彼女にとってはクララこそが聖女に相応しいと思っている事。
「なるほど…… 貴方はクララこそが相応しい…… だから、然るべき場所に連れて行って聖女として育て上げる。そう言いたいのですか?」
「その通りです。その為にお嬢様の屋敷での立場が無くなるように立ち振る舞ったにも関わらず…… 貴方のせいでお嬢様が屋敷に留まる理由を作ってしまった。ですから貴方には今日で消えて頂きます。アイツらの様に……」
「貴方が手を掛けたクララの元家庭教師やゲンズブール辺境伯の様に私を……ね……。ついでに聞いていいかしら? 何故、辺境伯を手にかけたの? どんな理由があったにせよ、一介の平民が貴族…… しかも辺境伯だなんて…… 貴方一人の問題で済む問題じゃないのよ。下手をすると報復として貴方の故郷ですら滅ぼされかねない。貴方は自分が行った事の重大さを理解しているの?」
私が辺境伯の事を聞いたせいで過去を思い出しているのか、ペトラの雰囲気がガラッと変わった。
まるでそれは仇が目の前にいるのかの如く、彼女の目からは怒りと憎しみが湧き出ていた。
「……私には…… もう残っている物は何もない…… あの男のせいで…… 私は…… 私達は……」
どうやらペトラは辺境伯に大層な恨みがあるようだった。
今の言い方だと彼女の故郷はもう…… とはいえ、彼女が現在所属しているであろう組織の事を探る為にもう少し聞き出す必要がある。
「どうせなら冥途の土産に教えてくれないかしら。貴方の過去に何があって、その組織に与する事になったのか」
彼女は私の様な子供ごとき何時でもどうにかできると思っている。
私が本当にただの七歳の子供だったらね……。
死ぬ覚悟は出来てます。だから最後の我儘くらい聞かせてくれないかしらなんて言えば、聞かせてくれるでしょ。
ククク、お願い令嬢マルグリットの本領発揮よ。
「どうせ死ぬなら聞かせる必要もないですし、このまま死んで頂けますか?」
ちょっ、ちょちょちょいまって。子供の最後のお願いくらい聞いたらどうなの?
「私はクララに魔法の使い方を教え込んだ実績があるでしょ。そのくらいのお返しがあってもバチは当たらないと思うわ」
正直な話、私がただの村娘程度に傷をつけられるとは思っていない。とはいえ、クララの元家庭教師や辺境伯を手にかけた事は事実っぽいし、万が一の事もあるかもしれないし、どんな手を使ったのか話の中から推測するしかない。
「……まあ、いいでしょう。あの家庭教師を早めに手にかけてしまったから予定が狂いかけた所を貴方に修正して頂いたことは感謝しています。ですから私があの男との間に何があって、あの御方の元でお仕えする事になってここにいるのかくらいはお話ししましょう」
彼女は私を少々魔法が使える程度の子供だと思って甘く見てる。
ここから彼女から話を聞き出すだけ聞き出してから返り討ちにしてやるのよ。
尋問令嬢マルグリットの本領発揮はこれからよ~、オーッホッホッホ。
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