第四十五話:目的
「何故そう思ったのかお聞かせいただいても?」
「最初から怪しいと思ってましたよ。クララの魔力暴走に関する話を聞いた後に貴方と出くわしてからね」
「それだけでは疑う根拠にはなり得ないかと思いますが……」
今更何を言い逃れしようとしているのか…… 今思いっきり、私の事を殺そうとしていた癖に。
「まあいいでしょう。折角ですから貴方の聞きたい事も全部教えてあげましょうか。まず今回最初に第三者が関わっていると確信したのはクララの魔力に直接触れた時ですよ。それまでは本人から話は聞いていても疑惑段階でしたけどね」
ペトラは「何故それだけの事で理解したのか?」とでも聞きたげなのか当の本人はまるで理解できていないようだった。
やはりこの女は魔法に関してはド素人だ。
人間は生まれながらに理解はせずとも呼吸することができる生物。しかし、呼吸はできても『何故、呼吸が出来るのか?』などと考える人はそういないはず。
それと同じで魔法が使える事は魔法を知っているという事にはならず、全くの別物であると理解できていない。
ついつい大袈裟にため息をついてしまったが、そりゃ無意識にでもそうなるよ。
この程度の輩にクララ達は良い様にされていたんだから……。
「貴方はまるで魔法について理解していない様なので簡単に教えて差し上げますわ。理解できないままだと収まりも悪いでしょう? 魔力とは本来自分の体内に流れている訳ではないのです。必要な時に必要な分だけ抽出するんです。慣れてしまうと無意識的に必要な分を勝手に補充してたりするんですけどね」
「そ、それが何だと言うんです? それを知っている事とお嬢様の魔力暴走に第三者が関わる事の因果関係がどうしてあると言い切れるんですか?」
「せっかちなのは感心しませんわね。まあいいでしょう…… わかりやすくで言ってしまえば私と出会った当初のクララ本人では魔力暴走を引き起こす事ができなかったからに他ならない。それは何故か? 彼女が魔力暴走を引き起こす為に必要な膨大な魔力を自身で補う事が出来なかったからです。にも拘らず彼女は魔力暴走を起こした。もうお分かりですね? まだ素人の彼女が魔力暴走を引き起こすには彼女以外の第三者が関わらないと絶対に無理だったという事です。クララから当時の状況を確認しました。あの場に居たのは彼女の母親と家庭教師のみだったそうですね。おかしいですね…… 普段クララにつきっきりの貴方はあのタイミングだけ傍を離れていた。それは貴方が魔力暴走の巻き添えを食らう事を恐れたからです。違いますか?」
「そ、それは奥様から急な仕事を依頼されたからです」
「貴方にとっては残念ですが、既に裏は取っています。貴方はクララのお母さまに別の方から頼まれ事があると言ってあの場を離れたそうじゃありませんか」
「どうしてそれを? というより、いつの間に奥様に接触をしたというのですか?」
「クララのお母さまと私のお母さまは学生時代の友人関係があって既に繋がりもあった。だから接触も難しくない。そしてその段階から最も容疑者に近かった貴方の事も調べさせて頂きました。当家には優秀な密偵がいますのでね。そしたら何と! 貴方はあのゲンズブール辺境伯領出身だというじゃありませんか」
「わ、私がゲンズブール辺境伯領出身である事がどう魔力暴走事件と関係すると仰るのですか?」
「本当に何も気付いてないと言うつもりですか?」
「ど、どう云う意味ですか?」
狼狽えてるわね、隠すの下手過ぎか。やはりどう見ても素人……
何をどうしたらあんな傷をつけて惨殺できるのかしら……実行犯は別なのかしら? うーん、やっぱり本人に吐かせるしかないわね。
「貴方の出身地であるゲンズブール辺境伯が何者かに殺された事は知らないはずが無いですよね?」
「はい」
「クララの家庭教師が殺された事は?」
「も、もちろん存じ上げています……」
「じゃあ、これは知ってるかしら?」
「な、何がですか?」
「二つの事件は同一個体による犯行である事がわかったの」
「!?」
これはあくまで『同一個体の犯行による可能性が高い』という推測の元に如何にも事実っぽく話をすることで、『もう裏は取れてるのよ』と思わせて、彼女から自身の犯行であることを語らせる為の罠。
ククク、この狩猟令嬢マルグリットが用意した『獣の罠』を潜り抜けられるかしら?
と、思いきや…… 彼女は全身を震わせているじゃないの。これじゃ最早自白しているようなものね。
であれば、もうこのまま追撃しちゃおうかしら。
「さて、もう答えを言っちゃいますけど、この二つの事件に共通している人物が一人だけいます。それがペトラ…… 貴方なんですよ。
不思議だと思いませんか? 国の両極端程に離れた場所で共通的な死に方をした被害者がいて、その近くには貴方がいた…… 本当はこれだけで十分疑う理由になりますけどね。
先程も言いましたが、貴方は魔力についてはまるで理解できていない。使える事と理解している事は別物なんですよ。
そして、実際あの魔道具の仕組みも知らずにあの魔道具をクララに着けた。
あれは身に着けた者の魔力を強引に限界を超えて引き出す為の魔道具ですよね。恐らくはあの前家庭教師も暴走後にその事に気付いていたでしょう。だから貴方は療養中にあの家庭教師の元を訪れて始末した。余計な事を喋らせないために……。
しかし、ここで疑問が残ります。魔力に関して素人の貴方が『前家庭教師が気付くかもしれないから始末しよう』という発想にはまず至らないはず。にも関わらず貴方に殺されている。
何故、魔力暴走を引き起こす必要があったのか? あの魔道具をどこから入手したのか? 何故家庭教師を殺す必要があったのか?
では、ひとつずつ疑問について解消していきましょうか。
一つ目の『何故、魔力暴走を引き起こす必要があったのか?』については、クララの膨大な魔力による暴走を恐れた屋敷の使用人達から敬遠されるように仕向ける事…… つまりクララを孤立させる事が目的だった。
何しろ一番の障害になりそうなご当主と夫人が王都に避難してしまっているのだから貴方にとっては最高の状況でしょう?
そして貴方の思惑通りクララはほぼ孤立状態となった。
二つ目。『あの魔道具をどこから入手したのか?』についてです。
先程も言いましたけど、貴方は魔法の知識に関してはド素人と言っていい。そんな貴方があんな危険なシロモノを手に入れられるわけがない。恐らく、貴方には仲間がいて、その手の魔道具に詳しいか、情報を持っている人物がいるんじゃないかしら?
三つめは『何故家庭教師を殺す必要があったのか?』は、これも仲間からの入れ知恵でしょうね。
恐らくあの家庭教師はクララが起こした魔力暴走は事故ではなく、仕組まれたものであると気付いていたはず。
それを口外されると貴方も仲間も困ってしまう。だから周りにバレる前に家庭教師を殺したのでしょう?」
あら、ペトラは開き直っているのかしら…… 震えも止まっているし、なんなら薄っすらと笑みを浮かべているような表情に見えなくもない。
「フフッ、なるほど…… まさかそこまで調べられていたとは…… それに…… 奥様の依頼だったとは、迂闊でした。てっきり我が身可愛さのあまりにご自身の娘を捨てて逃亡したものだとばかり思っておりました。一応ですが、娘を愛する気持ちくらいは持ち合わせていたという事ですね」
い、いきなり口が悪くなってるわね…… クララのお母さまの事が嫌いなのかしら…… とはいえ、今の本題はそこではない。
「ねえ、ペトラ。貴方はクララをどうしたいの? わざわざ魔力暴走を起こさせて屋敷の中で孤立させて…… まるで屋敷に居場所を無くさせる事でここから出て行きたくなる様に仕向けているとしか思えないのだけれど」
「……クララお嬢様を私が真にお仕えしている方の元へお連れする。それが私の任務」
任務ねえ…… 彼女の背後に間違いなく協力者がいる時点でそうなのでしょうねとは思ったけど……。
組織立っての犯行という事になるけど…… 何の為にクララを必要としているのか……
あの凄まじいまでの潜在魔力を持つクララを支配下に置ければその組織もかなりの力を持つことになるけど…… そんな事が目的なの? やっぱり聞くしかないかあ。
「一応聞いておくわね。何の為にクララを連れて行くのかしら?」
「マルグリット様…… 貴方は『聖女』という存在をご存じですか?」
は? いきなり何を言い出すのかと思いきや…… 私が知らないとでも思っているのかしら?
いえ、これに限っては私だけじゃない。平民、貴族、王族関係なく、この国に住むものであれば誰でも一度は耳にするであろう
おとぎ話に登場する主人公の事だから。
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