第四十二話:メリッサの調査結果
実家に手紙を出してから一カ月が経過しようとしている。
そして、私はその間もクララの家庭教師を継続している。
この一カ月の成果を見る限りクララの才能は相当なもので、このまましっかり訓練を続けていけば間違いなくイザベラを上回るどころか国を代表する程の魔法の使い手になり得る。
はあ…… 敵に回るかもしれない子の才能開花を手伝うって自ら難易度を上げちゃってどうすんのよ私は~。
クララの事で頭を悩ませつつ、未だに回答が来ないメリッサの件についても考えていた。
メリッサの事だからそんなに時間を掛けずに調査結果が出てくるとばかり思っていたけど、思ったより難航しているのだろうか。
今日は家庭教師はお休みの日なのでのんびり朝食を取り終わり、お茶を飲みながら時間を潰していたところでナナが急ぐ様に部屋に入って来た。
「お嬢様、メリッサさん――」
その言葉に反応して『ガタッ!』と椅子の音も気にせずに立ち上がった。
「――ご本人が来ました」
「ええええっ、そこは返信が来ましたじゃないの?」
と驚いたのと同時にナナの手引きによりメリッサ本人が入って来た。
「いいえ、折角の機会なので奥様よりご許可を頂き、このメリッサ参上仕りましてございます」
何が折角なのか全くわからないけど、お母さまからの許可を貰ってるんだったら良しとしましょう。
「ご苦労様です、メリッサ。来て貰って早々で悪いのだけれど、お願いしていた調査結果について報告して貰えるかしら?」
メリッサは「畏まりました」と言いつつ、ナナに視線を追いやる。これは…… ナナには席を外してほしいという事だろうか?
「メリッサ、構わないわ。ナナも今回の件については理解してるからそのまま話をして頂戴」
ナナは突然自分の事を言われたので「えっ?えっ?」と慌てふためいている。
ヘンリエッタはナナだけに聞かせない様に仕向けているメリッサに対して不満げな目付きで見ているが、メリッサはその視線に気付いたのかヘンリエッタに耳打ちをするとしかめっ面で「う、うーん」と悩みだしている。
恐らくナナの耳には入れたくない様な情報もあるのだろうけど、ここまで一緒に来たのに流石に部外者扱いは可哀想でしょと思ったので聞かせる事にした。
「ナナ、あなたには聞かせにくい内容かもしれないけど聞いてみる?」
ナナは「ハッ」とした表情で「ここまで来たのに除け者は嫌ですぅ」と言うのでメリッサに無言で頷くとメリッサは観念したかの様に口を開きだした。
「わかりました。クララ様の家庭教師についてですが――惨殺死体で発見されていたとの事です」
空気が一気に穏やかでなくなってしまった。ナナは口を手で押さえて動揺を隠そうとしているが隠せていない。
うーん、隠すべきだったかと後悔しそうになるが、ナナには隠し事をしなくないという思いがせめぎ合っている。
とは言え、無言のまま流れる空気の方が辛いと思ったので話を進める事にした。
「惨殺死体とは穏やかじゃないわね…… 死因はなんだったか解る?」
「現場を確認したわけではないのですが、どうやら魔獣に襲われた可能性が高い様です」
家庭教師になるくらいだからそれなりの魔法の使い手ではあるはず…… にも拘らず魔獣に殺されるなんてどんな高ランク魔獣なのかしら?
「どんな魔獣に殺されたかわかるかしら?」
「魔獣の種類は不明ですが、鋭利な爪で殺された様でした。かなり魔獣の恨みを買っていたのか不明ですが、かなりズタズタされていたようでして、パッと見た感じは誰が殺されたか分からない程だったそうです」
「恨みを買うって…… 魔獣って感情を持つ生物だったかしら? でもなんでそう思ったのかしら?」
「殺害現場は自宅だったそうなのですが、本人をピンポイントで狙い撃ちしたそうですよ」
「ん? 恨みを買ってるんだったら普通本人がピンポイントでなにも不思議ではないと思うのだけれど何か違うのかしら?」
「先程お嬢様も仰いましたけど、魔獣は本能で生きる生物です。仮に対象をピンポイントで狙ったとしても、入口を無理矢理壊して中に入って殺して滅茶苦茶にするとなれば話は分かるんですけども……」
何かしらこの違和感――というか既視感かしら? なんだっけ…… 前に同じような話を聞いた気がする。
「メリッサが言い淀むくらい程に信じられない出来事があったのかもしれないけど、まずは一通り話してもらえるかしら?」
「はい…… 惨殺された本人以外部屋の内装、入口含めて傷一つなかったそうです…… それと被害者が死んだ場所を考えるとまるで犯人を招き入れていたのではないかとの事でした」
それを聞いていたナナが何かを「ハッ!」と思い出したかの様に割って入って来た。
「横からすみません。今のメリッサさんの話を聞いて思い出したんですけど、これって前にお嬢様とお話ししたゲンズブール辺境伯が殺された件の話に似てませんか?」
私もそれを聞いてようやく既視感の正体が分かった。魔獣の様な手口でありながら行動原理が人間のそれだと……
「そうね、ナナから聞いてようやく合点がいったわ。もしかしたら犯人は同一個体の可能性があるわね。もしくは同種の魔獣か…… でも聞いた事ないのよね…… 図鑑ですら見た事ないわ、そんな類の魔獣」
「もしかしたら人間の仕業かもしれませんよ?」
「それであれば納得は行くんだけど、殺害方法が爪による惨殺なんでしょ? 人間がそんな爪持ってるかしら?」
「魔獣の爪に見せかけた武器を使って人間が切り裂いたとかでしょうか?」
「いいえ、私もそれは最初に考えたのだけれども武器・防具販売店で売ってるような爪は作りが均一なのだけれど殺害現場では不規則な爪痕、傷口だったからこそ人間の仕業ではなく魔獣と判断されたみたいなの」
ハッ、いけない。今回はあくまでクララの魔力暴走は誰が引き起こしたか容疑者を探すための調査だったはず。
その中で家庭教師が犯人なんじゃないか説を考えていたけど、話が家庭教師は誰に殺されたのかという流れになってしまっている。
ついついミステリーっぽくなってしまったから面白くなって進めてしまったけど、関係ない流れになってしまったから一旦流れを断ち切らないと。
「ごめん、ちょっと待って。今回の調査依頼はクララの魔力暴走犯人を探すための調査であって家庭教師を殺した犯人は誰かと言う話ではないの。最有力候補の家庭教師が死んでしまったという事は真相は闇の中って事かしら?」
「いえ、実はそうとも限らないかもしれないんです。周辺の聞き込みしたところ――」
そういう事か…… クララの話を聞いた時の違和感の正体はこれだったのか……
というか、周辺の聞き込みってメリッサはそこまで行ってたのね。道理で時間掛ったわけだ。
「もう一つ教えて欲しいのだけど、クララのお母さまはシロって事でいいのかしら?」
「はい、それは間違いありません。それとお嬢様から依頼された『念の為調査してほしい』件についてですが――」
――繋がった…… 二つの事件の共通の人物。後は本人に直接聞くしかないわね。どのタイミングで聞くかは考えないとね。
「報告ありがとう。一旦休憩にしましょうか。ナナ、追加でお茶をお願いできるかしら」
「かしこまりましたぁ」
ナナが宿の食堂にお茶を貰いに行ってる最中にメリッサに気になる事が出来たから聞いてみる事にした。
「この話をする際にナナの事を気にしてたみたいだけれど、そんなに貴方達って仲が良かったのかしら?」
「お嬢様はあまりご存じないかもしれませんが、使用人たちの仲って結構いいんですよ。特にナナは使用人たちの中でもみんなの妹的ポジションで特に可愛がられていますよ」
へー、全然知らなかった。けど、よくよく考えてみたら知らないのも無理はない。
前回の人生ではほとんど人に関わらない様にしてきたし、今回は自分が強くなるために外ばっかり出てたから家の中までちゃんと見てなかったと思う。
ナナやメリッサが周りからどう思われてるのかとか考えた事もなかったわね。もう少し家の中も含めてちゃんと見てみようかしら……。
「ちなみに私は使用人たちの中ではどう思われてるのかしら?」
メリッサはあまり顔に出すタイプではない…… しかし、明らかに動揺したであろう眼がキョロっと動いたのを見たぞ。
「怒らないから言ってごらんなさい」
「本当に怒らないでくださいね…… たまにお嬢様が殺気立って服をボロボロにして戻ってくるのを見かけた使用人がお嬢様を『野犬』みたいだと言ってました……」
うわあ…… 自分ではササっと入っていたつもりが割と見られていたのね…… しかもまた犬呼ばわりか。




