第四十一話:クララの魔力制御訓練
クララに応接室へと通して貰い、今後の魔力制御訓練に対する方針について話をすることにした。
「それでは、これからの魔力制御訓練についてなんですが…… ってクララさん、どうしました?」
クララは浮かない表情をしている。出迎えてくれた時は明るい表情をしていたのに、屋敷に入ってからはこの調子だ。
「あの…… 使用人たちの態度について謝罪させてください」
確かにちょっと露骨だったけど、今の状況を鑑みたら仕方がない部分はあるのかもしれない。
それでもクララが訓練を経て問題ない事さえ分かればきっと使用人たちも理解してくれるはずと思ってる。
「いえ、構いませんわ。クララさんの訓練が上手く行きさえすれば、使用人の方達もきっと考えを改めてくれますわ。頑張りましょうね」
「は、はい。訓練前に少しお茶を飲んでからは如何でしょうか? ペトラ、お願いします」
「畏まりました。お嬢様」
ペトラ――クララの侍女だと思うのだけれど、彼女だけは他の使用人たちと違ってクララを避けるような態度は一切取っていない。
この屋敷で唯一心が許せる相手なのでしょうね。彼女と会話している時だけクララは楽しそう。
私たちはお茶を飲みながら気を紛らわそうと小説関連の話も交えていたのだけれど、クララの熱が上がってきてしまったので訓練どころではなくなってしまうと思い、話を打ち切って訓練するために屋敷から少し離れた広い場所に移動することにした。
今この場にいるのは私とクララに加えて離れた所にペトラが立っているくらい。
私の事はクララから事前に魔力制御をするための家庭教師くらいは聞いているだろうと思い、ペトラ本人とは直接話はしていないが向こうもこちらの事を聞いて来ないし問題ないでしょう。
「ねえ、クララさん。今貴方がどれだけ魔力制御出来るのか見たいのだけれど、過去の家庭教師から習った事を交えて見せてくれるかしら?」
「は、はいっ! えっと、魔力は魂から抽出して使用する分だけを身体に取り込みます。その取り込んだ分を攻撃や回復として利用するために身体の外に放出するか、身体強化を始めとする身体内部用で利用するかの大きく二パターンに分かれます」
そう、その認識に誤りはない。私が十八歳で死んで五歳児として蘇った際に当時使えなかったはずの魔力が使える事が出来たのは『魔力の使い方を魂が覚えていたから』に他ならない。
「私も同じ認識よ。魂と身体の境界である門を開いて魔力を魂から身体に送り出す。そしてその魂とは人間の臓器で言うところのココよ」
私はそう言いながらクララの心臓に当たる部分に『トントン』と指を突き立てる。私は『魔力視』が使えないからクララの潜在魔力量を視る事が出来ない。その代わりクララが魂から魔力を抽出する心臓に注目すること、実際に魔力が流れている箇所に手を添えればどのくらいの魔力が流れているのかは分かる。
「クララさん、この状態のまま魔力を身体に通して貰えるかしら?」
クララは力んでいるのか顔を赤くしながら魔力の抽出を始めた。魔力抽出とは力むものではないのだけれど。
そして分かった。クララの魔力制御訓練は途中で止まっていた事もあるだろうけど、門の開きが狭いせいか魔力抽出に時間が掛かっている。簡単に言えばまだまだド素人であること。
身体全体に行き渡らせるのに数分経っても終わっていない。
仮に攻撃魔法を打つとして、最短距離である心臓から発射孔である手に届くまでも十数秒くらいは掛かってしまいそうだ。
その状態で魔法を発射しても不発ないしは人体に影響がない程度の魔法しか出せないと思う。
火炎魔法であれば指先に軽く火を一瞬出す程度、風魔法であればそよ風を起こす程度だと思う。
再認識したけど、やっぱりクララ本人の力だけで魔力暴走を引き起こす事は出来ない。
魔力暴走を起こすには身体が許容する容量を遥かにオーバーするほどの魔力抽出をしないとそもそも引き起こす事が出来ない。
仮に第三者からの外的接触があったとして門をこじ開けてしまえば、魔力制御を碌に行う事の出来ないクララが魔力を使う前に暴走まで持っていくことは出来るとは思うけどもそんなことがあったら本人も気づくわよね。
聞くしかないか……。
「ごめんなさい、クララさん。嫌な事を思い出させるかもしれないけど、暴走事故が起こった現場に誰が周りに居たか覚えてる?」
「え、えっと…… 当時の家庭教師の先生とお母さまくらいだったかと思います」
二人だけ? そんな馬鹿な…… だってその二人は魔力暴走の被害者なのよ。
うーん、分からなくなってきた。あくまで可能性の話として被害者になりさえすれば容疑者から外れる事を計算に入れているんだとしたら二人共容疑者になってしまうのよね。
ダメだ、まだ情報が少なすぎる。せめて二人の当日の動きを知る事が出来ればなあ。
クララのお母さまはともかく容疑者として可能性が高そうな家庭教師の先生の居場所なんてわかるかしら?
「ちなみに当時の家庭教師の先生は今どこにいるかご存じだったりします?」
「いえ、あの直後にすぐ辞められしまわれて今はどこにいるかまでは聞いておりません」
クララの表情が急に曇りだした。しまった、私の馬鹿…… もうちょい聞き方を考えればよかった。
にしても先生の行方はわからないかあ…… せめてメリッサが居てくれれば調査をお願い出来るからナナ達に夕刻に迎えに来てもらってから、実家に戻ってきているようであればメリッサ宛に手紙を出して協力してもらおうかしら。
おっと、この話はまた後にするとしてクララの制御訓練も並行してしっかり行わないとね。
「貴方は魔力抽出の練習が圧倒的に足りていないわね。門を広げるには常に魔力を使って少しずつ広げる事をお勧めするわ」
「常にですか……? それはお部屋にいる時でも魔力を使った方がいいという事でしょうか」
「端的に言うとそうなるわね。私がいない間でも魔力を使う訓練をした方がいいわ。方法は教えるから寝る時以外は常に使い続ける事よ。魔力の使い方を身体に覚え込ませるのが一番なのよ」
「が、がんばります!」
そして私とクララの魔力制御訓練初日は夕刻まで続いた。ナナ達が迎えに来てくれて私はコンテスティ邸を後にする事にした。
クララは悲しがっていたが、まだ当分の間は来るのだからと伝えたら一気に嬉しそうにしていた。
私は帰りの馬車の中で考えていた。何か違和感があると……。メリッサに調査してもらえればそれも何かわかるかしら。
「ナナ、実家に手紙を出したいのだけれど用紙はあったりするかしら?」
「はい、持ってきてますぅ。何か依頼することでもありましたか?」
「メリッサに調査してほしい事があってお願いをしようと思ってるの」
そんなことを言ったらナナがムスッとしている。
「ムムッ、最近のお嬢様はメリッサさんの事を口にする機会が増えていませんか? ナナじゃダメなんでしょうか?」
これは…… メリッサに対する嫉妬かな? 可愛い奴め、後で沢山可愛がって上げないとね。
「当時のクララさんの状況を確認するためにクララさんのお母さまに確認しないといけない事があるのよ。この中で接触しているのはメリッサだけでしょう? 彼女が一番の適任者って事よ」
「そう言う事であれば仕方ないですぅ」
「今日中に手紙を書くから、明日コンテスティ邸に行ってる間に手紙を出しておいて貰えるかしら?」
「かしこまりましたぁ」
そんな訳で宿に戻ってから実家に戻っているであろうメリッサ宛に家庭教師の先生の居場所の調査と当日のクララのお母さまの行動について確認してもらうように依頼した手紙を書いた。
どんだけここに居る事になるんだろうか……。
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