第三十七話:まるぐりっとさん、グラヴェロット領を出る
ごきげんよう。最近、獣と戯れすぎて自分が貴族である事を忘れそうになる貴族疑惑令嬢マルグリットでっす。
グランドホーンの異常個体を討伐した以降はすっかりトラウマを克服できたのか、通常個体を見ても何とも思わなくなったし、咆哮の直撃をわざと受けても『はぁ~、今日も平和ね…… って獣クサッ』程度にしか感じなくなってしまった。
そんな訳で常闇の森にも通う様になって複数のグランドホーンを相手にトレーニングをしてるものの、最近は物足りなく感じてきてしまった。
あまりぶちのめし過ぎるとグランドホーンが狩れない冒険者が続出しちゃうかもしれないからと思い、適当に切り上げて家に帰った後に事件は起きた。
部屋のドアがノックされて『お嬢様、メリッサです』なんて随分珍しいわねと思った瞬間、『あれ? メリッサってお母さまと一緒に王都に行っていたはず』なんだけど……。
じゃあ、コイツは誰だと思ってとりあえず部屋に通したら紛れもなくメリッサだった。
「メリッサ、お母さまはどうしたの?」
「奥様は今も王都のコンテスティ邸宅におられます。私一人が奥様からの依頼で戻ってまいりました。終わり次第王都に引き返す予定です」
聞いた状況からメリッサが私の部屋を訪ねて来たという事は絶対に嫌な予感しかしないのだけれど、私に何を頼みたいのか皆目見当がつかないので聞くことにした。
本音としては、聞きたくないけど。
「えっと…… 念の為に聞きたいんだけど、お母さまからの依頼という話と私の部屋を尋ねた話には関連性があるのかしら……?」
メリッサはこれでもかという満面の笑みで『流石、お嬢様はご慧眼でいらっしゃいますね』なんて当てたくもない回答を出してしまった。
いや、だってこの間の流れから考えると絶対にクララ関連じゃん。私に何をさせる気なのよ、お母さまは……。
「奥様よりお嬢様宛にお手紙を預かっております。目を通して頂けますでしょうか」
メリッサはポケットから手紙を取り出すと私に差し出してきた。
嫌々ながらも、私は手紙を受け取り、意を決して手紙に目を通すことにした。
――――――――
マルグリットちゃんへ ママです。
このタイミングで送る手紙の内容については頭のいいマルグリットちゃんの事だから大体察しがついているのではないかと思っています。
ずばり、ママの親友であるマルガレーテの一人娘であるクララちゃんの事についてです。
現在、クララちゃんのご両親は王都に住んでおり、クララちゃんはコンテスティ領に一人残っています。
一人で寂しい思いをしている事を想像すると同い年の娘を持つ親として放っておけません。
そこで、今からコンテスティ領に向かってもらい、クララちゃんとお友達になって貰おう大作戦を決行します!
知らない人のフリをしてクララちゃんに接触してもらい、なんとかお友達になって下さい。
幸いな事にクララちゃんの趣味はマルグリットちゃんと同じで読書だそうなので、一緒に本屋に通ったりして心も通わせてくれるとママはとっても嬉しいです。
期限は特に指定しないので当分の間コンテスティ領に滞在してても大丈夫だよ。
滞在に関する話はナナに伝えるようにしておきます。マルグリットちゃんは気にしなくて大丈夫だよ。
一つ注意事項があります。クララちゃんの前で『魔力』に関する話は禁止事項とします。
詳しい事はメリッサから聞いてください
――――――――
何をいきなり無茶苦茶言ってるの、この人……。
しかも今から???
唐突過ぎるよ、頭が痛くなってくる…… お母さまは思い付きだけで行動するタイプじゃないと思ったのになぁ……。
「ねぇ、メリッサ……」
「お嬢様の仰りたい事は重々承知ですが、紛れもなく奥様ご本人が書かれた手紙になります」
どうやらメリッサですら知らなかったお母さまの一面があったらしい。
きっと家族にすら隠していた一面なのだろう、メリッサは頭が痛そうな表情をしている。
「分かったわ、次の質問ね。知らない人のフリって何でなの?」
「マルガレーテ様経由での依頼である事がクララ様に知られると、精神的に負担を与える可能性があるのではないかと言われています」
「それって母親本人が来ないにも関わらず、代理の人間を送って様子見だけしてほしいって暗に直接は会いたくないって言ってるようなものだからかしら?」
ん? 待って? 直接会いたくないってなんでだろう? そもそも何で王都と領で家族が別々に暮らしてるんだろう?
「ねぇ、メリッサ。そもそもクララ嬢とご両親が別々に暮らしてる理由って何なのかしら?」
「はい、それが手紙に記載されている『魔力に関する話は禁止事項』に関連します」
そこで私がメリッサから聞いた話はクララの持つ膨大な魔力量を所持している事。
その魔力量による魔力暴走事故によって母親が瀕死の重傷を負って王都に移住した事。
クララが一人コンテスティ領に取り残されて寂しい思いをしているのではないかという一連の流れを聞いた。
「なるほどね…… 魔力暴走…… 暴走…… 暴走?」
私はどうしても確認しなければならない点があったのでメリッサに聞いてみる事にした。
「知ってたらでいいんだけど、クララ嬢が魔力制御訓練を開始してから暴走までの期間について聞いた?」
メリッサは何かに気付いたかのように『ハッ!』として手をポンッと叩き、私に視線を向けた。
「流石でございます、お嬢様。訓練期間については未確認でしたが話を聞く限り…… 恐らくですが、まだそこまでには至っていないかと思われます」
「そう…… 後は現地で確認するしかないわね。でもなんで『禁止事項』にしたのかしら?」
メリッサが一瞬『あ、それは……』と言い淀んでいる。普段ハッキリした口調のメリッサにしては珍しい。
何か隠している? それとも言い難い何かがある? その煮え切らない態度に私は『いいからはっきり言いなさい』とピシャリ告げると、『フウッ』と一息ついたメリッサが話始める。
「奥様はお嬢様がかなりの魔力量と魔力制御力をお持ちである事を存じていません。マルガレーテ様の二の舞になる事を恐れての事かと思われます」
そう、知っていたんだ。メリッサは私が魔力を扱える人間である事を。知っていて今までその事を口にしなかった。
私は凄む様な声でメリッサに聞いてみる事にした。
「なら私が聞きたいことも分かるわね? あなたは一体何者かしら? どういう目的でここにいるのかしら? まさかとは思うけど、ウチに害を成す様であれば……」
私が言い終る前にメリッサは私に跪いて顔を見上げた。
その表情は疚しさ等感じさせない程に一点の曇りもなく、その瞳は嘘偽りすらも感じさせない程に光り輝いていた。
「私の忠誠はグラヴェロット家にございます。害をなすなど以ての外、この命に代えてでもご家族をお守りする所存でございます」
ふーん、どうやら嘘は無さそうだけど…… だとしたら、これ程の逸材が何故ウチなんか(失礼)にいるのかしらという最もな疑問はあるけども、敵ではないと分かった以上メリッサの身の上は一旦置いておくとしましょう。
「分かりました。あなたを信じます。それで、私の魔力に関する情報はどこから手に入れたのかしら?」
メリッサは立ち上がり、いつものメイドスタイルに戻して姿勢を正していた。
「はい、実は私『魔力視』が使えます。お嬢様が五歳の時に起こされた高熱から目を覚ました時に違和感があった為、拝見させて頂きました」
あー、そういうことね。まさかウチの使用人に『魔力視』の使い手がいるとは思わなかった。
努力だけではどうにもならない魔法領域。それを身につけるには『才能』が必要と言われている。
『魔力視』はその代表格。
私には使えないんだあああああ。う、羨ましすぎる……。
しかし、私には魔法ではないのだけれども人の気配を察知したり、魔力が集中する場所、撃たれるタイミングなどは本能的に察知する事が出来る。
私がかつて『犬』呼ばわりされていたのはそういった本能で理解する獣じみた行動故というのもあるのかもしれない。
ハハハ、自分で言ってて悲しくなってくるわ。
メリッサは察してくれたのか『お気を確かに』なんて慰めようとするが、そんなん余計に惨めになるだけだし!
「まあいいわ。今はまだ推測段階でしかないけどもクララ嬢の魔力暴走は人の手によって引き起こされた可能性が高いわね」
メリッサも同意見の様でコクっと無言で頷く。
「それが分かればやる事は決まってるわ。準備が完了次第すぐに出立します。メリッサはナナに準備をするように伝えて頂戴。護衛には――ヘンリエッタでいいから声をかけて来て頂戴」
「畏まりました」
メリッサは敬礼をすると一瞬でいなくなっていた。あの身のこなし…… それに敬礼って『昔どこかの暗部にでも所属していたでしょ』と聞きそうになったけど既にいないから置いておこう。
ヘンリエッタに関してはド変態ではあるけれども腕は確かってことで我慢するしかないか。アイツ、何時の間にか領軍最年少小隊長候補とか言われてるのを聞いて本人の前に私が腰を抜かしそうになったわ。
クララの件…… 誰が仕組んだかは知らないけど、私が行く以上好き勝手させないわよ。
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