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第三十五話:ママの友達の相談

 私はアニエス・グラヴェロット。グラヴェロット子爵夫人であり、マルグリットちゃんのママです。


 マルグリットちゃんの異変に気付いたのは五歳の頃に数日に渡って高熱を出した時の話。

 

 三日三晩、熱に魘されていた際にメイドのナナが飛び込んできて『お嬢様がー』って言いだした時は心臓が爆発するんじゃないかと思ったけど『目を覚ましました』と聞いて腰を抜かして立てなかった記憶があるわ。

 

 目を覚ました後に夕飯を一緒に食べられるくらい回復したと聞いたから食堂で待っていたの。

 

 食堂に入って来たマルグリットちゃんを見た時には自分が抑えられなくなって、ついつい飛びついてしまったわ。

 

 その拍子に私の腕がマルグリットちゃんの首にガチ決まりしちゃって顔色が青紫色に染まっていたのは内緒。

 

 マルグリットちゃんが私の腕をタップしてくれなかったら最悪の事態を引き起こしていたかもしれない……。反省しなさい、アニエス。

 

 マルグリットちゃんの様子が変わったのは食事の時。

 

 普段なら『あ、あの~』とか『そ、その~』とか家族に対しても申し訳なさそうに話すのに随分とハキハキ喋るようになって驚いたわ。

 

 あの後、ナナに様子をそれとなく聞いてみたんだけど、ナナも高熱から目覚めた以降は今の様にハキハキ喋っている事に驚いていた様子だったわ。

 

 それ以降は、本の虫であることに変わりはないのだけれど、今まで以上に外出する様になったの。

 

 今までだったら考えられないから母親である私もびっくり仰天だったわ。

 

 この子、ウチの子よね……? なんてマルグリットちゃんに聞かれでもしたら即家出されそうな疑問が頭をよぎったりしたのだけれど近くで匂いを嗅ぐとやっぱり娘の匂いなのよねぇ……。

 

 いや、だって熱から目を覚ましただけで別人の様になっていたのだから。熱のせいで脳みそパッコーンとやられちゃったかしらなんて聞きたくても聞けないけど、いい方に性格が変わったからヨシとしましょう。

 

 ただ、逆にアグレッシブになり過ぎなんじゃないかと思う時もあるの。

 

 しょっちゅう外に出掛けるし、たまに獣臭かったり泥まみれとか…… 本人は隠してるつもりなんでしょうけど、外に着て行った服がボロボロになってそれを隠している事も実は知ってる。

 

 元気なのはいい事なの。でもここまでわんぱくになるなんて思ってもなかったからママは正直複雑な心境。

 

 これがお兄ちゃん…… クリストフだったらまだ男の子だから許せるのだけれど、あの子は女の子。

 

 貴族令嬢として淑女としてマナーや作法を覚えていかなければならない。

 

 『物には限度』というものがあるって事をそろそろ教えてあげないといけないかしら。

 

 さて、前振りが長引いちゃったけど、そんなわんぱく七歳の娘を持つ私に一枚の手紙が届いたの。

 

 差出人は学園に通っていた時の同級生だったマルガレーテ。

 

 どうやら王都から送られてきたみたいなのだけれど、それを見た時疑問があったわ。

 

 あの子、領にいたんじゃなかったかしら。いつの間に王都に移ったんだろうって。

 

 手紙の内容を見ると、七歳になる娘の事で相談がしたいとの事だったわ。詳しい事は会ってからだそう。あまり大っぴらにしたくない内容なのかしら?

 

 私にも同じ七歳の娘がいるんだもの。これは是非とも力になって上げたいわ。

 

 という訳で、王都にいる友人に会うために旦那様であるサミュエルに相談してみないと。

 

「という訳で、王都にいる学生時代の友人の相談を聞きに会いに行こうと思うの」


「何が『という訳で』なのかは分からないけど、いい事だと思うよ。相手方もアニエスを頼っているんであれば、そういった縁は大切にすべきだと思う。行っておいで」


「ありがとう、アナタ。後で子供達にも伝えておくわ」


 そして、夕飯の時にみんなが揃っていたから、この話をしたの。

 

「ママは明日から王都にいる友人に会いに行ってくるわ」


「「!?」」


 私はその時見逃さなかった。マルグリットちゃんが『お母さま、しばらく家を空けるのね。ウシシ』という喜びの表情を一瞬だけした事に……。

 

「マルグリットちゃん、ママいつも言ってるわよね。淑女たるもの『ウシシ』という表情はやめなさいと」

 

「そ、そんなことありませんわ。お母さまがしばらく家を空けてしまわれるなんてやりたい放…… 寂しい限りです」


「マルグリットちゃん…… ママは書籍に出て来る様な鈍感系主人公とは違うの。『やりたい放題』という単語をを八割方言っておきながら訂正したところで気付かない程おマヌケさんではないのよ」


「うう…… 申し訳ございません」


「聞いて頂戴。貴族という生き物は相手に心の内を読まれたりすると一気につけ込んで、食い物にして来る様な連中が多いのよ。あなたはこれからそういった伏魔殿に身を置かなければならなくなるの。特に学園なんて貴族社会の縮図なのよ。社会に出る前から戦いは始まってるの。隠し事が出来ない正直な所はマルグリットちゃんの長所でもあるけど短所でもある。戻り次第教育していくからそのつもりでね」


 明らかにマルグリットちゃんの顔が苦痛な表情に歪んでいくのがわかる。だからその『うぇ~っ』って表情を辞めて欲しいのよね。貴方、貴族令嬢なのよ……。

 

 たった今、問題点を指摘したばかりなのに直すつもりがないのか本人が気付いていないのか…… かなりの重症だわ…… 

 

「今はこの話はやめておきましょう…… 話を戻すけど、王都にいる友人もママと同じで七歳の娘さんがいらっしゃるそうなの。マルグリットちゃんと同い年ね。その娘さんの事で相談があるらしいのよ」


「私と同じですか…… では、そのうち学園で会うかもしれませんね。お名前だけでもお聞きしてよろしいですか?」


「娘さんはクララさんというお名前よ」


 マルグリットちゃんの動きが一瞬止まった。

 

 クララさんの名前に聞き覚えでもあるのかしら?


「あ、あの…… お母様…… 失礼ですが、お会いしに行くご友人のお名前はなんと仰るのでしょうか?」


「マルガレーテよ。今はコンテスティ男爵夫人だったわね」


 マルグリットちゃんがスプーンを口にくわえたまま目をまんまるに見開いて、完全に時が止まってるわ。

 

 と思ったら急に動き出して小声で何か呟いてるわね。

 

「まさか…… 小鹿……?」


「小鹿? クララさんは人間よ」


「い、いえ…… 間違えました。 最近裏の森に住み着いた鹿にクララと名付けてしまったのでそれと間違えまして……」


 我が娘ながら、なんて嘘くさい言い訳してるのかしら。

 

 とは言え、クララさんの事なんて知るわけもないし、無理やり聞き出そうにも答えなさそうだし、一旦は保留にしておきましょう。

 

 王都までは馬車でおよそ二週間。早めに出ないといけないわね。侍女のメリッサに支度をしておいて貰わないと。

 

「メリッサ」


「はい、奥様」


「明日は早朝に出発します。必要な荷物の用意をしておいて頂戴」


「かしこまりました」


 それにしてもこの手紙…… 文面を見る限りは大分深刻な様なのだけれど、クララさんといったい何があったのかしら……。

お読みいただきありがとうございます。

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