第三十三話:戦いの後……その後①
マルグリット達は置いて来てしまった少年の元へたどり着くと未だに気絶していた。
寝息を立てている…… これは気絶というよりもはや睡眠である。
「少年は気持ちよさそうに爆睡してないか? 全くマルミーヌちゃんが必死になって戦ってたのに、誰のせいだと思ってるんだか」
ルーシィは少年の上半身を起こして、パチパチと頬を何度か叩いて起こしている。
少年は口ぽっかり開けて、涎を垂らしながらゆっくりを目を開く。
「んあ? あれ…… ここは? なんで僕寝てるの?」
どうやらまだ事態が飲み込めていないようだった。少年が辺りを見渡すと一人少女が追加されていることに気付いた。
少年は少女を見てポケ―っとしている。一目惚れとかではなく、どこかで見たような気がしていたからだ。
少し少年の時が止まったと思った直後、少年が『あーっ!!』と何かに気付いた様に声を荒げた。
「お姉ちゃんを助けてくれたあの時のおきぞ……ムググッ」
言葉の続きにより『お貴族』という単語を言われると確信したマルグリットはこの時ばかりは光よりも早い速度で少年の口を手で封じた。
表情全体を見ると微笑んでいるようにも見えるが、目は全く笑っていない表情で少年だけに聞こえる様に呟く
「この二人は私が貴族である事を知りません。余計な事は言わない様に…… 私の事は『マルミーヌお姉ちゃん』とでも呼んでください。いいですね?」
ほぼ脅しの様なマルグリットのお願いに少年はグランドホーン以上の命の危険を感じたため、高速で頷く事しかできなかった。
ルーシィとチェスカは二人の会話は聞こえなかったものの、後ろから見ていて何か釘刺してるなと感じ取っていた。
基本おバカではあるが、察しの良さだけは一人前のルーシィとチェスカであった。
二人は無言で『余計な事を聞くのはやめよう』とアイコンタクトを送って頷き合っていた。
少年は『そういえば何でここにいるんだっけ?』と当初の目的を忘れかけていたが、ハッと思い出したようだ。
「あっ! すっかり忘れてました。めちゃめちゃ大きいグランドホーンはどこに行っちゃったんですか? もしかしてどこか行っちゃいました?」
どうする? 本当の事を言うべきか? 悩んでいる所にルーシィから招集が掛かる。
「マルミーヌちゃん、チェスカ、カモン。少年はちとそこで待機よ」
三者会談の開始である。三人は頷いて肩を組んで円陣を組み始めた。
『さて、どうしましょう?』
『マルミーヌちゃんが倒したって言って信じる?というか余計な事は言わない方が良くない?』
『そうだね。万が一、街に戻った後に広められてもやっかいでしょ。ていうかマルミーヌちゃんも隠したいでしょ?』
『はい…… 私の痕跡は全て消したいです』
『了解。じゃあ、少年にはグランドホーンは逃げたって事にしておこう』
『拾った角に関してはどうしますか?』
『逃げてる最中に木にぶつかって角が欠けたってことにすればいいんじゃない?彼は角さえあればいいんだし、深く追及もしないでしょ』
方針が決まったため、円陣を解いて少年にルーシィが説明をすると、半信半疑の様子ではあったが角が手に入るという事で嬉しさいっぱいの余り、最早グランドホーンがどうなったかなど興味を失ったようだった。
四人は常闇の森を出て、途中でマルグリットが別れることになった。
「私はここから別方向になりますので、ここでお別れになります。チェスカさん、後の事はお願いします。あと、少年…… マーク君だっけ?」
「は、はい」
「私が元々常闇の森に向かった理由は貴方のお姉さんからから依頼されたからなの。帰った後でしっかりと謝るのよ」
少年は角の事ばかりを気にして姉の存在をすっかり忘れていた。マルグリットに指摘されて顔が青ざめている。
その様子を見てマルグリットは『ククク、散々怒られるといいわ』と本日一番の満面の笑みを浮かべていた。
「マルミーヌちゃん、こっちの事はまかせておいて」
「マルミーヌちゃん、ありがとうね。また会いましょう」
マルグリットが去っていくのを見届けてルーシィがチェスカに疑惑を目を向けているが、いつかきっと話をしてくれると信じて今は聞くのをやめた。
チェスカもルーシィ視線に気付いていたが、何も聞かない事に対して、全てを話すわけにはいかないが、何かしら話はしなければとは考えているようだ。
そして三人はガルガダに向かって帰還していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。ガルガダのとある酒場の端のテーブルで一人の男性が酒を飲んでいた。
そこに一人のフードを被った女性が現れた。
「急に呼び出してしまってすみません。チェインさん」
「いや、問題ないよ。僕も君と話したい事があったんだ。こちらから呼び出す手間が省けたよ、チェスカ君」
「場所はここで大丈夫ですか? 連中に嗅ぎつけられませんか?」
「この店はうちの息が掛かっているから大丈夫だよ。もし何かあれば知らせて貰える」
「そうですか…… 早速ですが、私のお願いから聞いてもらっていいですか?」
「構わないよ。多分僕の話したい人物と同じだろうからね」
チェスカは顔には出さなかったものの、身体が『ピクッ』と跳ねたようだった。
(まさか聖王教会もマルミーヌちゃんの事を探っていた……? いや、彼らなら知っていてもおかしくはないか)
「なら話は早いです。常闇の森のグランドホーン異常個体の討伐した人物についての隠蔽をお願いしたいのです。ギルドに手を回してもらえませんか?」
「フフッ、予想通りの話の内容だね。そりゃそうか、いくら説明しようがあの光景は実際に見たもの以外は信じられないもんね」
やっぱりあの場にいたのかとチェスカは予測していた。心の中で舌打ちをしているとチェインが話を続けた。
「チェスカ君はあの人物についてどこまで知ってる?」
その程度の情報はそちらで既に掴んでいるだろう? 何故そんなことをわざわざ聞くのかと質問の意図が分からなかったため、どこまで知っているのかを探る為に乗る事にした。
「名前は…… 恐らく偽名ですが、マルミーヌと名乗っていました。年齢は偽りがなければ六歳のはず。戦闘能力は御覧の通りですよ」
「なるほどね…… もし、あの子の正体を知っていると言ったらどうする?」
チェスカの心臓が高鳴っていく。それはチェスカが喉から手が出る程欲しい情報だった。
代償についても理解している。『裏の仕事』だ。だが、二度も主人の命を救ってくれた恩人を自分の手の届く範囲で守る事を決めたチェスカに迷いはなかった。
「教えてください。どんな仕事もやりますから」
チェインは既にこの答えも予想通り過ぎて笑ってしまったが、その態度にチェスカが苛ついているのが分かったから、拗ねる前に真面目に話をすることにした。
「ごめんごめん、仕事は正直に言うと無しでも構わないよ。何しろ、君が彼女と知り合いという事が大きいからね」
『知り合い』その言葉にチェスカが反応して怒気を帯びた声でチェインに詰め寄る。
「私が知り合いだからってあの子を利用する気じゃないでしょうね。いくらチェインさんでも私がそれに従うと思いますか?」
「言い方が悪かったね。例えば今回のグランドホーンの異常個体出現の様なイレギュラーの際に対応できる人間は限られてるからね。そういう事態にチェスカ君経由で依頼を掛ける事をお願いしたいのであって、我々聖王教会の仕事をやらせるつもりはないから安心して。それに彼女が対応できないって場合も考慮済みで構わないよ。必ず戦えという話をするつもりも一切ない。あくまで協力関係を築きたいだけさ」
「う、うーん…… まあ、それくらいであれば許容範囲ですかね……」
「よし、交渉成立だね。じゃあ、彼女の情報を教えよう。聞いて驚かないでね」
チェスカは大体予測はつけている。あの言動や佇まい、容姿からすると恐らく良い所の商家もしくは貴族とは予測しているが、貴族の娘があんな最前線で戦うってある?と甚だ疑問ではある。
それに父親が元冒険者と言っていたからやっぱり貴族の可能性が低いのかな等と予測していた。
「彼女の本名はマルグリット・グラヴェロット。この領の領主であり、グラヴェロット子爵の実の娘だよ。年齢は六歳で合ってる」
チェスカは口をぽっかーんと開けてしばし放心状態になっていた。
その光景にマルグリットと初めて対峙した時の自分が重なって笑っていた。
「クク、いい表情だね。僕がマルグリット嬢と初めて対峙した時もきっとそんな表情だったんだろうね」
チェインが話しかけて、ようやく現実に戻って来たチェスカは目が左右にキョロキョロ動いていて落ち着きが無くなっていた。
「え?え?え? 領主の実の娘? 子爵令嬢? いや、だって…… 巨大なグランドホーンと真正面から殴り合ってたんですよ? そんな事ってあります? それに父親は元冒険者って聞いてたんですが……あれは嘘?」
「いや、合ってるよ。領主のサミュエル・グラヴェロットは若い頃に冒険者やってたからね。まあ、僕も遠くからとは言え、グランドホーンと殴り合ってるのを見て目玉が飛び出そうになったから、その気持ちはわかるよ。僕も司祭様になんて報告するか悩んでるんだよね」
(マルグリットちゃん…… いや、マルミーヌちゃん…… 次会った時にちゃんと態度隠せるか不安だ……)
「あ、そうだ。話は変わるけど、ルーシィ様は元気にしてる?」
「はい、おかげさまで。今日も色々疑惑の目を向けられてましたけど、あの方は私が話さない事は聞かないタイプですからね」
「そっか…… じゃあ、やっぱり言ってないんだね。もう一つの仕事の事は」
「言える訳ないでしょう。あの方に心配かける訳にはいかないし、知らなくていいんです…… こんな事は」
「そうだね。じゃあ、僕はそろそろ行くよ。司祭様に話もしないといけないし、特にギルドへの話は早急にしないといけないからね。明日の早朝に王都からBランク冒険者パーティが到着するらしいから」
「わかりました。お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
「うん、まかせて。チェスカ君はゆっくり飲んでいっていいよ。支払いは僕宛にしてもらうから」
その言葉に目の奥が輝きだしたチェスカは舌なめずりをしながらチェインに微笑みかける。
「その言葉、後悔しないでくださいよ」
チェインが去っていった後にチェスカがいつもの調子に戻り、しこたまお酒を飲んで朝帰りをすることになり、帰宅後にルーシィから散々お説教を食らう事になる。
どうせ大して飲まないだろうと予測していたチェインは翌日に店から送られてきた請求書見て頭を抱えて激しく後悔することになる。
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