第三十二話:グランドホーン戦、決着!
ルーシィはチェスカの様子がおかしい事に気付いた様だ。
「チェスカ、どうしたの? もしかして、マルミーヌちゃんの今の状態の事に驚いてる感じ? 確かに見た目は凄いんだけど…… 私さ、魔法とかに詳しくないからよく解ってないから教えて欲しいんだけど、あれってすごい事なの?」
チェスカはマルグリットの状態に見入っていたのか呆けており、ルーシィの問いかけに遅れて反応したようだった。
「え、あ、ごめん。マルミーヌちゃんの事だっけ? 私も色々魔法は勉強したけど、あんなの見たの生まれて初めてだよ。だからこれは推測でしか話が出来ないんだけど、多分身体強化の派生の類だと思う」
チェスカがいつになく真面目に話をしているのを見てルーシィはその事に驚愕していた。
「え? 本当にチェスカ? 普段の無気力で適当なチェスカじゃない事に驚愕しているんだけど…… どうしちゃったの?」
冗談ではなく本気で普段と様子の違うチェスカに心配しているようだったが、チェスカは意に介さず話を進める。
「私、魔法に関してだけはガチだから。話を戻すけど、さっきも言った通り身体強化の派生って言ったけど、攻撃魔法の特性を上乗せしてるんだと思う」
ルーシィはどうやらイメージが湧いていないみたいで頭を抱えている。
「ん?ちょっとまって、身体強化に上乗せ? それって身体強化に身体強化を重ねるって理解であってる?」
「端的に言うとそんな感じ。マルミーヌちゃんって武器は持っていないから格闘術で戦ってるでしょ? だから両腕に付与して攻撃力を上げてるんだと思うの…… 多分ね」
「なるほど。ご飯に例えたらご飯乗せご飯って事ね…… それってただの大盛やないかい!」
ルーシィのしょうもないギャグをスルーするいつもの様子と違う魔法ガチ勢のチェスカはマルグリットの様子を見ながら考え事をしていた。
(仮にさっきの予測が合ってたとして、身体強化に攻撃魔法の特性を持たせるなんて発想どこから来たんだろう…… 六歳の女の子が? 普通じゃないにも程がある。恩人だから余計な深入りはしない方がいいかと思ったけど、今後の事を考えるとやっぱり探る必要はありそう。あまり気が進まないけど、もしかしたら今後はもっと大事に巻き込まれるかもしれない。あの子を守る為にも)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グランドホーンは驚愕している。ただ、虫の息だったはずの獲物が立ち上がっただけじゃない。
(何かが違う。変わった? いや、そもそも先程まで倒れていた生物と本当に同じなのか? そう疑いたくなる程、今はそれだけ違いを感じてしまう。今これに近寄るのは危険だ)
本能的にそう判断したが、最早マルグリットはグランドホーンが戸惑っているのを意に介さない。
「どうしました? 先程と違って勢いが無くなったように見えますけど? 来ないならこちらから行きますよ」
今更、小細工は不要と判断したのか、真正面からグランドホーンに向かっていくマルグリット。
グランドホーンは向かってくるマルグリットに対して頭を振り回して自慢の枝角で引き裂いてやろうとしたが、マルグリットは向かってくる角に燃え盛る拳で迎え撃つ。
両者が激突し、轟音が周囲に響き渡る。その衝撃だけで周囲の木々を大きく揺らし、木の葉を散らしている。
その勢いもあり、グランドホーンは弾き飛ばされる。グランドホーンは今の状況を理解できていない。
(ありえない…… なんだ? 今の衝撃は? 先程までの攻撃とはまるで違う。それに…… 相対しているのは自分から見て、踏めば潰れてしまうような小さな存在のはずだ)
グランドホーンの獣の本能でも今のマルグリットという存在を理解できていない。ただ、恐ろしい生物が目の前にいる。それだけだ。
「まさかとは思いますが、獣が考え事でも? 先程と違ってスキだらけですよ」
グランドホーンがマルグリットの存在に改めて気付いた時には既に目の前に、文字通り目の前にいたのだ。それと同時に衝撃が顔面に走る。
頭がクラクラする。足がガクガクする。自分が今どこを向いて、どういう体勢になっているのか頭が回っていない。
あの生物がどこにいるのかわからない。ならば……
グランドホーンはマルグリットが恐らくいるであろう方向に向かって一度怯ませた咆哮で迎え撃つ事にした。
「ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
咆哮がマルグリットに直撃した。
――しかし、マルグリットは平然としている。
「あの時の私には『覚悟』が足りていなかった。しかし、今の私は守るべきものを必ず守る『覚悟』がある。そんなもの、私にはそよ風程度にしか感じない」
その様子をようやく目の当たりにしたグランドホーンは完全にマルグリットに怯えていた。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い
グランドホーンはマルグリットに背を向けて走り出した。
(ここに連れて来たあの人間、この森だったら好き勝手に、自由にできるって言っていた癖に! アイツは嘘つきだ、いるじゃないか! 天敵が…… 森の奥に…… 少しでも遠くに…… あのバケモノから遠ざからないと……)
どれだけ走ったのかわかっていない。足を震わせながら必死に走った。
震えた足に限界が来たのか、グランドホーンは躓いてしまった。
足を痛めたのか、立ち上がる事ができない。
その時、背後から声が聞こえた。
「すみませんが、逃がすつもりはないんです。まあ、あなたも獣の本能で必死に生きていただけなんでしょうけど…… 私ね、あの日決めたんです。私の『守る』べきものに対して牙を向けたものに一切の容赦はしないと。慈悲の心は持たないと。だから、これで終わりにします」
マルグリットは限界まで跳躍した。立っていた時のグランドホーンよりも高く飛び狙いを見据えていた。
(『纒』の感覚はもう完全に掴んだ。これなら腕以外にもイケる)
『魔力変質錬成』
『纒・紅焔』
『紅蓮流星脚!!』
マルグリットの両脚が腕と同様に燃え盛り、まるで燃え盛り落ちてくる隕石の様な勢いでグランドホーンの首筋に直撃した。それはマルグリットの拳を破壊した箇所と全く同じ場所だった。
首の骨が折れ、グランドホーンは絶命した。
「ハァ…… ハァ…… やっと終わった。……あたっ! いたたたた…… 身体に相当負荷掛かっちゃたかな。それに腕以外にも結構やってるわね」
『纒』を使った影響か両腕と両脚を震わせて立っていられない状態になったのか、地べたに座り込んでしまった。
マルグリットがどうしたもんかと悩んでいると、遠くからルーシィとチェスカが走って迎えに来てくれた。
「なんかすっごい音が聞こえたから、居ても立っても居られなくて追いかけて来たんだけど、やっぱりマルミーヌちゃんだったんだ。グランドホーンがピクリともしてないって事は倒したって事でいいんだよね」
「はい、なんとか倒せました。 ……あの、申し訳ないのですが、回復薬なんてあったら分けてもらえませんか?身体に負荷が掛かり過ぎてダメージが大きくて立てなくて」
マルグリットは座りながらも腕と脚を震わせている。その痛ましい光景を見たチェスカがバッグを漁っている。
「いいのあるよ。『中級回復薬』を念の為に持っておいたんだよ。前に助けてもらった時みたいに万が一死にかける可能性を考慮してね」
チェスカが『えへん』と胸を張っているが、マルグリットは『どうせなら死なない様な立ち回りをして欲しいです』と言わんばかりに苦笑している。
「いいんですか? これ、高くなかったですか?」
マルグリットは申し訳なさそうにしてるが、ルーシィは首を横に振っている。
「何の問題もないよ。これって元々マルミーヌちゃんに譲ってもらったハイオークの素材を売ったお金で購入したものだもん。本人に返すだけの話だよ」
「ハイオーク……? もしかして、初めて会った時のオークがそれですか? ただのオークだと思ってました」
二人もただのオークだと勘違いしていたのだ。何しろ、六歳の女の子があっさりとぶちのめしてしまったのだから。その結果、エミリアに根掘り葉掘り聞かれていたことを思い出していたルーシィは顔面を真っ青にしながらマルグリットに謝罪する。
「ああああああああああ、エミリアさんで思い出した。ごめん、マルミーヌちゃん。あの後、ハイオークを倒した話の過程でマルミーヌちゃんの事で口を滑らせてしまいました…… でも、名前は出してないから!」
怒られる子供の言い訳かと思ったが、そう遠くない未来、冒険者ギルドに行くんだし、そのくらいはいいかと考えていた。本名さえバレない様にすれば本人的には問題なかったのだ。
「大丈夫です。そのくらいは想定内ですから。でもどうしましょう。それ以上にグランドホーンについては隠すの難しくないですか? お二人は元々ギルドの監視員として来てたはずなのに……」
二人の顔面から血の気が引いていく。どうやらその事をすっかり忘れていたようで、二人でアワアワしている。少なくとも説明責任はあるようだった。
「ど、ど、ど、どうする? チェスカ、流石に今回は誤魔化せる気がしないんだけども?」
「うーん、何とかなるかもしれない」
まさかの冷静なチェスカからの回答にルーシィが驚愕している。
「ア、アンタ何考えてるの? 本当に大丈夫なの? 今日のアンタ、やっぱり変だよ」
ルーシィは滅茶苦茶不安そうにしているが、チェスカは自身満々そうに胸を張っている。
「うん、少なくともグランドホーンにマルミーヌちゃんが関わった事は隠し通せると思うよ。その代わり、私に全部任せて欲しいのと、方法については聞かないで欲しい。とはいっても、犯罪に手を染める訳じゃないからそこは安心して」
ルーシィがその時のチェスカの様子に何か言いたげだったが、口を閉ざした。
マルグリットは自身の事を隠してくれればなんでもいいやという感じであっけらかんとしていた。
「では、チェスカさんにお願いしますね。あと、少年のお姉さんが心配していたので早めに送って上げたいんですよ」
マルグリットの言葉にルーシィとチェスカが反応した。どうやら、少年の事をすっかり忘れていたようだった。
「ヤッバ! 眠っている少年をほったらかしにしてここに来ちゃったよ。」
マルグリットも回復薬を飲んだおかげで立てるようになっていた。腕と脚の状態を確認して、問題なく走れそうなくらいまで回復していることを確認した。
「よし、私ももう動けそうなので、少年を迎えに行きましょう。あと、少年がグランドホーンの角を欲しがっていたので少し持っていきたいのですけど」
「さっきマルミーヌちゃんとグランドホーンが激突した時に角の破片が足元に飛んできたから確保しておいたんだよ。それを少年に渡そう」
「では行きましょう」
三人はグランドホーンに背を向けて少年の元へ走っていった。その光景を目撃していた一人の人物がいた。
その人物はギリギリ目視で確認できるかという遠いところから一部始終を目撃していた。
姿がバレない様にグリーンとブラウンの擬態するようなマントを羽織っており、三人が遠ざかっていくのを確認すると、ため息をついていた。
「はぁ…… あの少女は僕の見立て以上のバケモノだったか…… 報告するの嫌だなあ。見たこともない魔法を使うし、これ信じてくれるのかな。やっぱりシェリーに担当変わってほしい…… それにしてもまさかバケモノ少女とあの子が知り合いとはね。今度接触してみるか」
マントを羽織った人物は肩を落としながらトボトボと森を出て行った。
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