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第三十一話:騎士マルグリット

『きろ……』


『起きろ、マルグリット』


 マルグリットは話しかけて来た人物から振り下ろされた拳による頭部への衝撃で目が覚めたようだ。


『ンガッ!』


『ンガッ……じゃねえ、いつまで寝てんだ。訓練中におねんねとはいい度胸だ』


『あれ…… ここは……?』


 マルグリットは頭を擦りながら目を開くと地面に大の字で転がっており天を見上げていた自分に気が付いた。

 

 上半身を起こして、辺りを見渡すとそこはマルグリットにとって見覚えのある場所だった。

 

 (そうだ、ここはメデリック公爵家騎士団の訓練場だ。学園の夏休みを利用して騎士団の訓練に参加させてもらってるんだった)

 

『何を呆けてやがる。打ち所が悪かったか?』


 マルグリットが状況の確認をしていると、初老の男性が上から見覚えのある顔が覗き込んできた。


『いえ、大丈夫です。ジェラール騎士団長』


 ――ジェラール・ドゥ・バルジャック


 マルグリットを叩き起こしたのはメデリック公爵家に長年仕えており、公爵家お抱えである騎士団の団長である。

 

 年齢は四十を超えたにもかかわらずその類稀な容姿は女性達を魅了し、敵対する相手にはいとも容易く畏怖させてしまう国内最強とも言われる名高い武人である。

 

 それほどの人物に直接稽古をつけてもらえるなんて、然う然うある機会ではない。そう喜んだのも束の間、一発も当てられることはなく一方的に打ちのめされて気絶していたのだ。

 

『あれが躱せないとはお前もまだまだ未熟者だな』


 ジェラール騎士団長は持っていた木剣を私の頭にコツコツ当てて、ため息をついて呆れていた。


『グヌヌ、あれは…… 今日はちょっと調子が悪かっただけですよ……』


『馬鹿たれ、半人前とはいえ騎士が言い訳を口にするんじゃねえ。お前の調子に合わせて物事が起きる訳じゃない。お前がどんな状態、どんな事態であったとしても現状を受け入れ、把握して解決策を見いだす様に努めろ』


 マルグリットの言い訳にジェラールは怒気を帯びた声で言い聞かせた。


『はい……』


 マルグリットはバツが悪そうに俯きながら返事をしている。


『いいか、マルグリット。俺達は学園に入ることはできねえ。だから代わりにお前がフィルミーヌお嬢様をお守りしなけりゃならねえ。なのにその体たらくは何なんだ。フィルミーヌお嬢様はお優しいお方だ。困っている者全てに手を差し伸べようとするだろう。それらは全て守護対象だ。お嬢様がお守りしようとするものは意地でも守り抜け』


 何を無茶苦茶言ってるんだ、この人はとマルグリットはもはや苦笑いするしかなかった。

 

(そういう意味だとお嬢様が守ろうとしている人や物はとても多い。私に守れるんだろうか…… それを一つでも取りこぼしてしまったら私はあの人の騎士になれないんだろうか……)


『一つでも守れなかったら騎士失格ですよね……?』


『守れないか…… あっちゃならねえ事ではあるが、万が一やらかしてしまったとしても俺は騎士失格とは思わんがな』


『どうしてですか? だって守れなかったんですよ?』


『お前に聞きたいんだが、『騎士失格』と言われた後に戦う力を持たない人間が魔獣や盗賊に襲われた場面に遭遇して、お前は「私はもう騎士じゃないから」と言って見殺しにするのか?』


『いえ、守ります』


『何故? お前は騎士じゃないんだぜ?』


(何故って…… 騎士をクビになっても人々を守ろうとする理由? 目の前で力無き人が襲われてるのに素通りはないでしょう? そういう回答が欲しいわけじゃないの? なんだろう、急に哲学みたいになって来て頭が混乱してきた)


 マルグリットが頭を抱えながら、ああでもないこうでもないと傍から見たら混乱している様な光景にジェラール騎士団長は腹を抱えて笑っている。


『案外、そいつの人間としての本質が見えるかもしれんな』


 突然何言ってるの?この人と言わんばかりにマルグリットは自身が頭を悩ませる原因となったジェラール騎士団長に若干苛ついていた。


『じゃあ、聞き方を変えよう。お前が騎士を志したキッカケはなんだ?』


『キッカケですか? えーっと当時根暗ボッチで友達いなくて、人見知りが激しくて本の虫で…… まさに存在するだけで虫よりも邪魔くさい腫物を具現化したような私にフィルミーヌ様は……』


 ジェラール騎士団長に『自分で言ってて悲しくならんのか?』と突っ込みを入れられるが、マルグリットは思い切り無視する。


(そうだ、思い出した。嫌な顔一つせずに根気よく話しかけてくれてフィルミーヌ様と行動を共にするようになってからも、困っている人、悩んでいる人に手を差し伸べていた光景を見て、私もこの人に少しでこの人の様になりたいって思ったんだっけ。当時、私は他人とほぼ接していなかったから人の悩み相談に乗って上げて適切な回答が出せるとは思っていなかった。だから、がむしゃらに色々試した結果、私に合っていたのは無理だと思っていたはずの近接戦闘だった。私に出来る事は戦う事だけ。だから私は戦う事で誰かの力になりたい…… フィルミーヌ様の様になりたい、一歩でも近づきたい。そして、フィルミーヌ様を悲しませるような…… そうだ……)


『私はフィルミーヌ様に顔向け出来ない自分になりたくない。だから私は何度でも手を差し伸べる』


『そうだな、『騎士』という職業についていなくても『騎士』として生きることはできる』


『ちょっと意味わからないです』


『俺の考える『騎士』の本懐とは心の在り様だと思ってる。お前の言っていた理由も一つの解だし、キッカケなんて些細なものでもいい。情けなくてみっともなくて無様でもいい。血反吐を吐いて泥水を啜ってでもいい。弱いものが圧倒的暴力で蹂躙される目の前の光景から目を背けるな。どんな時でも下を向くな。前を向いて立ち上がれ。圧倒的暴力でも屈する事無く立ち向かって守り抜け。それが出来た時お前は本物の『騎士』になる』


『騎士とは心の在り様ですか……。何となくですが、分かる気がします』


『今はまだそれでもいい。『騎士』のなんたるかを一つ学んだそんなお前に俺のとっておきを伝授してやる。いつかこの力でお嬢様が手を差し伸べるような力無き者達を守ってやってくれ』


『とっておき?』


『実は俺もお前と同じで攻撃魔法が不得意なんだが、魔力制御が得意という体質でな…… そこで、この特徴を上手く活用する方法がないかと色々と試案したんだが、中々面白い技が出来上がったんだ。これが使いこなせればお前の火力は数倍に跳ね上がるが、今のお前の魔力量と魔力制御(コントロール)力と魔力量じゃ扱うのは難しいかもしれねえ。今は理論だけ理解しておけ、時が来たらいつか使えるようになるはずだ』


 マルグリットは『今すぐには無理なんだ……』とつぶやきガックリと項垂れてしまった。

 

『こいつは、とにかく精密な魔力制御(コントロール)が必要で難易度が高いんだが、俺と同じ特徴を持つお前ならそう遠くない未来には使えると思うぞ』


 他人を意味もなく褒めるような事を言い出す様な人ではないと知ってるのでしっかりと聞くことにした。


『見ておけ、マルグリット。こいつを……』


 マルグリットはその光景に驚愕していた。


『こっ、これは……』





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





 (そうだ、このままではあの人に顔向け出来ない。圧倒的暴力から弱い者が蹂躙される目の前の光景から目を背けてはいけない。情けなくてみっともなくて無様でも構わない。何度血反吐を吐いても、泥水を啜っても、何度でも立ちあがって守り抜け)





 

「私は『騎士』なのだから」

 

 

 

 

 マルグリットはズタボロの身体で立ち上がり、「待ちなさい」とグランドホーンに圧を掛けて見据えると、グランドホーンは三人向かっていた足を止めてこちらに振り返った。

 

 その目は死んだと思っていた獲物が鬱陶しくもしぶとく立ち上がってくるので苛ついているように見えた。

 

 

 

(思い出せ、あの時の光景を…… ジェラール騎士団長、今こそ使わせていただきます。守る為の力を!)





 

 

『魔力変質錬成』







『纒・紅焔』(マトイ・コウエン)


 マルグリットの両腕には本人すらも包んでしまいそうな燃え盛る炎が出現しており、その光景を目の当たりにしたチェスカは信じられないものを見ているかのように目を見開き身体を震わせている。

 





「騎士マルグリット・グラヴェロット、参る」


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