第三十話:マルグリットvsグランドホーン
マルグリットはグランドホーンと向かい合うと相手も何かを感じ取っているのか、無暗に突っ込んで来ようとしない。
「一発でも直撃したら致命傷コースだわ。気をつけないと」
マルグリットは息を整えようと大きめの呼吸を小刻みに繰り返す。
(グランドホーンを目の前にするとやっぱりあの時の光景を思い出してしまう……。けど、私が倒れたらあの三人は確実に殺されてしまう…… 落ち着け…… 落ち着け…… マルグリット)
心臓は激しく音が鳴っている。手足も震えている。震えている手にチラリと視線をやり、恐怖を誤魔化すかの様に思い切り拳を握りしめる。
視線をグランドホーンに戻して、間合いをお互い計っている最中にはマルグリットはどの様に立ち回るかを考えていた。
グランドホーンは大型の四足獣で特徴としてはどしっとした体格に巨大な枝角を生やしている。
また、体格に似つかわしくない細長い尻尾を有している。全長と同等程の長さはありそうな尻尾はまるで鞭の様に撓っている。
(尻尾を振るう度に空気を切り裂くような音が聞こえてくる。あれに当たるだけでも相当なダメージを貰いそうね)
「どこから行くか……ヨシッ」
時計回りで側面から攻めに行くマルグリットに待ってましたと言わんばかりに鞭の様にしなる尻尾が飛んできた。
「クッ」
致命傷を受けない様に回避しようとするが、縦や横からと様々な角度から襲ってくる尻尾から全てを躱しきれずに何発か受けてしまうもなんとか腹の下に潜り込むことに成功する。
「痛たたたた。でもなんとか潜り込めたわ。これでも食らいなさい」
剝き出しのお腹に渾身の拳をグランドホーンの腹に打ち込んでめり込ますも、脂肪の多さにすぐに弾き返されてしまった。
(ウソっ! 全然効いてない……)
多少のダメージは入ると思っていたが、全くの無傷であることに驚愕したマルグリットは予想外の事態に一度体制を立て直そうとバックステップで距離を取る。
攻略法はないかと考えた際にマルグリットはかつて本の虫だった頃、暇つぶしに読んでいた魔獣図鑑の事を思い出していた。
その中には個体の大きさの違いはあれどもグランドホーンに関する記述もあり、その中で記載されていた内容を頭の中に思い浮かべていた。
(えっと……たしか…… 『全身が分厚い筋肉に覆われているが、首筋は周りの筋肉に比べてやや細身であるため、剣や槍と言った刃物で切りつけるのが効果的。但し、角から魔法が発射されるため、近づく場合は注意する事』…… だったかな)
マルグリットはグランドホーンの首筋に視線をやるが、通常の倍以上の体格をしている異常個体は当然、首筋も倍以上の太さになっている。
その上、現在は格闘術をメインに戦うマルグリットは刃物は所持していない為、頭を抱えている。
打倒する方法を見出せず、距離を保っていると違和感を感じ始めたマルグリット。
違和感はグランドホーンの頭部…… 角辺りから感じていた。
(角……? まさか……)
そこに視線をやると無数に展開された氷柱の先端がマルグリットに向いている。
「悪い予感っていつも当たるのよねえ…… なんて言ってる場合じゃない!」
マルグリットが自虐的な独り言を述べたと同時に発射される氷柱を走り回りながら回避しようとするが、全ては回避しきれずにダメージを追ってしまった。
「……っ」
(このままではジリ貧…… やはり首筋を狙うしかないのかしら。あれにもしダメージを与えるとしたら……)
マルグリットは思い出していた。
前回の人生最後の日…… 大切な二人が凶刃に倒れたあの時、一矢報いる為に自分の肉体の限界を超えた魔力を使用して自らの身体を破壊した事。
(今の私の魔力量はかつての私を既に超えているけど…… 身体面はまだあの頃に届いてすらない…… こんな状態で魔力を更に使用したら身体が持たない。けど、どの道何もしなかったら、ただやられるだけ……。覚悟を決めるしかないか……。そして、極力最短で目標へ到達する必要がある。その為には……)
呼吸を整え、覚悟を決めたマルグリットは魔力を通常使用量を遥かに超える魔力を使用しだした途端、マルグリットの表情は苦痛の表情で歪み始める。
(くううう、筋肉が千切れそう…… 骨が軋む…… あの時はブチギレ状態だったとはいえ、よくこんな状態で戦ってたわね。あまり時間もないし、早急にケリを着ける)
マルグリットはグランドホーンの側面に大きく回り込んで、先程ボディを打ち込んだ時と同じ軌道でグランドホーンに向かっていく。
グランドホーンもマルグリットの動きを予測していたのか、進路方向に尻尾が空気を切り裂く様にをマルグリットに襲い掛かる。
地面に叩きつけられた尻尾は地面を抉る程の威力があったが、その位置いたはずのマルグリットはとうにいなかった。
先程よりも段違いの速度で、その場を駆け抜けていたからだ。
マルグリットはグランドホーンのお腹の下をスライディングで掻い潜り、逆側に到達していた。
グランドホーンがマルグリットを一瞬見失い、その隙を狙って巨体を支えている後ろ足の関節に目を付けていた。
(助走をつけて跳躍すれば巨体の背中の上には届きそうなんだけど、意識がこちらに向いている際にそんな事はさせてくれなそうだし、グランドホーンの意識を逸らした上で巨体にしゃがんで貰えれば、簡単に背中に乗れるって話よね)
「ハアッ!」
マルグリットの回し蹴りがグランドホーンの後ろ足の関節部に直撃した。その衝撃から巨体を支えていたグランドホーンは地面に座るような形になってしまった。
(つッ…… 脚への反動が凄い。骨は折れていないみたいだけど、ひとつ調整を間違えていたら地べたにへたり込んでいたのは私の方だったかもしれないわね)
マルグリットはすぐさま座り込んだグランドホーンの背中に飛び乗って、頸部に向かって一直線に駆け出していく。
(グランドホーンはまだパニック状態でいるはず。今の内に一撃を叩きこむしかない!)
グランドホーンは混乱しているのか、地面に座って以降は動きを止めたまま微動だにしない。
首の根本まで到達したマルグリットは先程のグランドホーンに入れた蹴りの感覚を思い出していた。
(脚部の関節への衝撃と魔力量から逆算して骨がギリギリでイカレない程度の感覚はわかったわ。これで行けるはず)
右の拳に魔力を込めてグランドホーンの頸椎に向けて叩き込むと同時に骨が亀裂が入るような乾いた音が鳴り響いた。
それは……
マルグリットの右腕から鳴り響いていた。
「あぐっ…… なんでっ…… 調整に間違いはなかったはずなのに……」
マルグリットは折れた右腕を抑えながら殴った部位を再確認する。その違和感にマルグリットは直ぐに気づいた。
「首が…… 先程よりも一回り太くなってる?」
(まさか…… コイツ、蹴りを入れてから動かなかったのは…… 私が首を狙う事を分かっていたからそこに集中するためだったとしたら? 魔獣が…… そんな知能を?)
グランドホーンはマルグリットの一撃を耐えた事を認識すると、再び立ち上がった。
その時、魔法を撃たれた時と同等の違和感を感じたマルグリットは視線をそちらの方にやる。
「まさか……」
無数の氷柱の先端ががマルグリットに向けられていた。
(コイツ…… 私が今どこにいると思ってるのよ。 ……そう、私を倒す為に手段を選ばないって訳ね)
降り注ぐ氷柱をバックステップで躱していく。マルグリットを倒す為に自身が傷つく事も厭わないグランドホーンは容赦なく氷柱を自身の背中いるマルグリットに目掛けて射出していく。
右腕が思う様に動かない事もあり、バランスを崩したマルグリットは足を滑らせてしまい、背中から落下してしまった。
バランスを崩したまま落下したため、着地に失敗した所を視界の外から飛んできた尻尾で腹部を直撃して吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた事によって距離が離れたが、グランドホーンは追撃の手を緩めない。
「ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
グランドホーンによる咆哮を真正面から受けてしまったマルグリットは足が止まってしまった。グランドホーンは前傾姿勢で足に力を溜めている。
(ダメ…… 身体が言う事を効かない……。その上、利き手も壊れてしまった。打つ手がもうない……)
グランドホーンはマルグリットの思考などお構いなしにトドメを言わんばかりに突撃してきた。
地面を揺らしながら、その巨体にものを言わせてただ突っ込んでくる。あの小さい身体に巨体でぶつかる、それだけでもはや致命傷だ。
(まるで…… あの時と同じ光景ね……。身体にも力が入らない…… 躱せない)
マルグリットはグランドホーンの体当たりをモロに受けて吹き飛ばされて後方に生えていた巨木に身体を打ち付けられてしまった。
「「マッ、マルミーヌちゃん!!」」
その光景を見かねたルーシィとチェスカはマルグリットに呼びかけるが、本人は意識が飛びかけていて最早その声も届いていない
(私は…… また…… 守れなかった…… フィルミーヌ様…… イザベラ……)
意識が薄れていく中、三人の方に振り返っていくグランドホーンが視界に入った直後に意識が暗転した。
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