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第二十九話:再会

「マルグリット様、本日はお帰りでしょうか?」


 私は少女の弟を救出するために街の外に急いで出ることにすると出入口で衛兵の青年に声を掛けられた。


「はい、お仕事ご苦労様です。何かありましたか?」


 領主の娘であることは衛兵にはバレてるので余計な勘繰りをされないようにさっさとやり過ごして街の外にでないといけない。

 

「このままご帰宅されるのであれば問題はないのですが、念の為お話しておきますと、当面の間は常闇の森に規制が掛かっておりますので近づかない様にお願い申し上げます」


 常闇の森に? なんでよりによって今のタイミングなの? そんな話お父さまからも聞いてないのに……。 

 

 まあ、娘がまさか常闇の森にグランドホーン狩りに行ってきまーすなんて言わないし、常闇の森に行こうとも普通は思わないから言わなくても不思議はないか。

 

 しかし、規制とは穏やかじゃないわね。何があったのかしら?

 

「ごめんなさい。ちょっとお聞きしたいのだけれども、規制が掛った理由を教えて頂けますか?」


「えっと……」


 衛兵は『令嬢がそんなこと気にする必要ある?』という表情を浮かべていた。どうやら私に話をすることに躊躇いがあるらしい。

 

「私も領主の娘として領内で起きている事態は把握しておくべきと考えております。皆様の職務の邪魔は致しませんから教えて頂けないでしょうか。」


 衛兵はそこまで言われたら仕方ないという面持ちになっている。

 

 ククク、『領主』というキーワードを出せば大抵の小童はイチコロよ。

 

 甘すぎるのよ若造が、その程度で尋問令嬢マルグリットから逃げられると思わないことね。


「そこまで仰るのでしたら…… 実は……」


 話を聞くと、グランドホーンの異常個体なるものが出現したらしい。

 

 そのせいで、グランドホーンの通常個体が異常個体に怯えてしまって隠れる事態になっているとのこと。

 

 大きさは通常個体の倍ほどあるらしい。グランドホーンは餌として薬草を主に食している。だからグランドホーンの身体の素材は大抵病気の治療目的で利用されることが多い。

 

 そしてその薬草が異常個体のせいで、一気に減らしているとの事らしい。どうやら大きい分食欲が旺盛なようだ。

 

 このままでは通常個体の食料となる薬草が無くなってしまう恐れがあるため、あまり長期で放置すると常闇の森の生態系に問題が発生することが問題視されている。

 

 通常個体より大分強化されているため余計な犠牲者を出さないために冒険者ギルドが中心となって常闇の森を現在封鎖中で、対処可能な人員の確保を急いでいると……

 

 

 

 

 なんて間が悪すぎるのよ…… ただでさえ通常個体にトラウマ持ってるのにさらにその上位個体が相手とか…… 

 

 悪い事って立て続けに起こるものなのね……

 

 

 ん?

 

 

 あ! 別に無理に戦う必要ないのでは? 弟君を連れ戻せさえすればいいのだし、後の事はギルドに任せましょう。

 

 よく考えたらそれにギルドが常闇の森を封鎖しているという事は中に入れないわけだし、弟君も森の外で立ち往生しているに決まってるわ。

 

 何の問題もなさそうね。あとは、家に帰るふりをして途中から『認識阻害魔法(インビジブル)』でササっと常闇の森に向かっちゃえばいいんだわ。

 

「情報提供ありがとうございます。それでは私はこれで失礼いたしますね」


「はい、お気をつけてご帰宅なさってください」


 そして私は帰るふりをした後、『認識阻害魔法(インビジブル)』で常闇の森に向かう事にした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 



 私が常闇の森の入口付近に差し掛かった時、誰もいなかった。

 

「あれ、ギルドで入口を封鎖するって話はなんだったのかしら? 弟君もいないみたいだし……」


 考えるまでもないが、そうなると答えは一つしかない。

 

「ここで何かがあって、ギルドから派遣された監視員と弟君が中に入ったと考えるしかないわね」


 もう頭が痛くなってくる…… 簡単なお仕事だと思ったのに。

 

「ハァ…… 行くしかないわね」


 というかどの辺にいるんだろう。気配を感じない辺り結構奥に言ってる可能性があるわね。


 私が常闇の森に入った直後の事だった。

 

「ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」


 ぐっ、身体に圧が掛かってくる。それに聞き覚えのある咆哮…… いや、あの時よりさらに凶悪だわ。こんな距離まで影響が出るなんて、これが異常個体の力ってわけね。

 

 咆哮が発せられたという事は誰かがその場に居合わせているということ。

 

 まさか弟君? 可能性は高い。でも咆哮のおかげで方向は把握できた。

 

 心臓に手を当てて鼓動が高鳴っていくのを感じる。額や掌から汗が滲んでいるのも解る。呼吸も心なしか早まっている。緊張しているのが自分でもわかっている。

 

 もたもたしてたら弟君が異常個体にやられてしまう。ギルドからの監視員もそこにいるかもしれない。

 

 少しでも躊躇ったら全員死ぬわよ、マルグリット。

 

 私は自分に言い聞かせながら心臓を少し叩いて落ち着かせる。

 

 目を閉じて大きく息を吸って吐くを数回繰り返す。

 

 よし、ここからは全力で行く!!

 

『魔力展開』


「いっけええええええええええええ」


 私は自分に活を入れるために叫びながら走り出した。

 

 声のした方に一直線に駆け抜ける。

 

 しばらくすると人影が見えた。どう見ても情勢が悪そうだ。

 

 三人いる。咆哮をまともに受けたのか地面にへたり込んでいるのがわかった。

 

 まずい、グランドホーンが三人に近寄ってる…… ってかデカすぎ!あれが異常個体か。前に出くわしたグランドホーンの倍以上ある。

 

 あれを目にしただけで心臓が痛くなってきた……。今までの私だったらここで竦んでしまって咆哮を受けなくともへたり込んでいたかもしれない。

 

 けど、今は守らなければならない人たちがいる。そう考えると不思議と身体の硬直までは起こらなかった。

 

 とりあえずグランドホーンの気を逸らすしかない。

 

「待て待て待てええええええっ!」


 私は無我夢中で叫んだ。少しでも気をそらして時間を稼ぎたかったからだ。

 

 グランドホーンはピクリと反応して、こっちに振り向いた。

 

 私は三人からグランドホーンを少しでも引き離したくて思い切りの一撃を食らわすことにした。

 

 よし、その顔面に今から一撃お見舞いしてやる。

 

「どけええええええええええっ!」


 私は叫ぶことで気合を入れて、全力跳躍からの蹴りをグランドホーンの顔面に食らわしてやった。

 

 勢いがついたおかげか、グランドホーンは後方に仰け反ったがダメージはほとんどないように見える。

 

 今の内に三人にここから離れて貰わないといけないと思い、急いで三人の方に振り返った。

 

 対象の弟君を見つけた。そしてあとの二人は…… 何度見しても間違いなく面識がある人物だった。

 

 それは嘗てというほど昔でもないけど、腕試しで大森林でオークに襲われて死にかけていた二人だった。


 また懲りずに死にかけてるの、この人たちは…… なんでこんなお約束みたいなことをしてるの……

 

 あれ? この二人がここにいるってことは、まさかギルドの監視員?

 

 事情を聞こうと二人の表情を見るが、呆然した表情をしている。視線は私を追っているようなので意識はあるっぽい。

 

「ルーシィさん、チェスカさん、お久しぶりですね。生きてますかー?」


 私は正気に戻す為、二人に一発ずつ軽くビンタを頬に見舞った。

 

「ハッ、え?マルミーヌちゃん……本物? 今度こそ本当の天使のお迎えが来たのかと思っちゃった」

 

「マルミーヌちゃん! 待ってた。人類側の異常個体」


 誰が異常個体なのよ。そりゃ普通の六歳ではない自覚はあるけど、あんな巨大生物と一緒くたにしないでほしい。


 どんなに死にかけても、どんな状況でもこのマイペースな二人のメンタルこそが異常個体扱いしていいのでは?

 

 羨ましいなとは思いつつも、二人の行動は真似したいは全く思わない。

 

 二人のやり取りを見てると、ついさっきまで震えていた自分が馬鹿らしく感じてしまうし、気分も落ち着いてきた。


「すみませんが、ここからは本気で行くので三人を見ている余裕はないと思います。ここから離れて貰えますか?」


 弟君の方を見ると気を失っているようだった。


「ごめん、腰抜けて立てない」


 ルーシィさんは余裕はありそうだけど、咆哮の影響がまだ残っているみたい。

 

「チェスカさんはどうですか?」


「なんとか立てそう」


 チェスカさんは足を震わせているが、なんとか踏ん張って立ち上がった。

 

「チェスカさん、二人を担ぐのは無理だと思うので、安全範囲まで引きずってもらえます?」


「わかった。マルミーヌちゃん、勝ってね」


「はい」




 私は三人に被害がいかない様に場所を移動してグランドホーンと向かい合う。


「待たせたわね、では始めましょうか」


















「ルーシィ重っ、ちょっとは痩せてよ」


「チェスカアアアアアアアアアアアアア、アンタ言っちゃいけない事を言ったわねええええええ。アンタこそ、酒の飲みすぎで腹の肉が手のひらで思いっきり掴めるわよ!オラア」



「あの…… 気が抜けるので、もう少し離れてからやって貰えますか?」

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