第二十五話:ヴェルキオラ教に偵察ごっこ
あれから四日が経過した。お父さまの前でやらかしてしまったせいか、何も手につかない。
自分が如何に小心者であったかをこれでもかというほどに思い知る。
訓練しようにもそんな気分じゃないし、時間は刻一刻と迫ってるのに気分も上がらない。本を読む気分でもない。
「時間は有限なんだからやる気見せなよ、マルグリットぉ」
自室のベッドの上でゴロゴロしながら、やる気を無理にでも出そうと声を出して自分を奮い立たせようとする。
「本当ですよ、お嬢様」
「ぎぇっ!」
まじでビックリした。心臓がバクバク言ってる。ナナがこんな近くに来ていることにも気付いてなかったとは迂闊にも程がある。
「何が『ぎえっ』ですか。その様な淑女にあるまじき台詞が出るようですと奥様に報告せねばなりません」
ナナが腰に手を当て、頬を膨らませたお説教モードでにじり寄ってくる。
別の意味で『ぎえっ』だよ、それは! お母さまの淑女教育が前倒しにされて始まってしまう。一番避けなければならない事態。
「わかったわ! 起きます」
私は急いでベッドから飛び起きる。これからどうしようかと考えていた矢先、ナナが口を開いた
「そういえば、カルカダでヴェルキオラ教の教会建設が始まったみたいですよぉ」
でた! あいつら街に教会建設すると不思議なくらいの勢いで信徒増やすと聞いたことがある。ゴキ〇リかな?
一体どんな手を使ってるのやら……。
あっ、今ピーンと閃いちゃったよ。
「ナナ、カルカダに行くわよ! あいつ等が何をしでかすのかこの目で見てやるのよ」
「しでかすって…… 悪人と決めつけるような言い方は良くないですよぉ」
「そうと決まったら早速準備するわ。ナナも支度をして来て頂戴」
「かしこまりましたぁ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カルカダに着いた私たちは街の入り口付近で馬車から降りて、散歩をしながらヴェルキオラ教教会の建設場所を探すことにした。
「お嬢様、衛兵さんなら場所を知ってるんじゃないでしょうか? 聞かなくてもよかったのですか?」
「馬車には家紋が付いているわ。その状態でヴェルキオラ教の事を聞くだなんて信徒ですと言っている様なものよ」
「なるほどです。お嬢様はヴェルキオラ教がお嫌いなんですか?」
うーん、改めて聞かれると難しいわね。
正直に言うと『良い印象は持っていない』が正しいのよね。
聖王教への迫害然り、寄付金と称して財産を巻き上げている事も然り、宗教団体が国の政治に関わる事も然り
その一方で、孤児院運営はきっちり行っているという結果もある。
そうでなければ、これだけの信徒数など獲得できるはずもない。
そういう意味では認めざるを得ない部分はあったりする。
故に嫌いとも言い切れない。
「お互い歩み寄ってくれるのが一番いいんだけど、長年争ってるんじゃそれも難しいわよね」
私は天を見上げながら愚痴を溢すとナナが何かを見つけたか、その方向に指をさしている。
「お嬢様、あそこではありませんか?」
場所は割とスラムに近い一角。
私たちは少し離れた場所からナナと世間話を装いつつ、その現場を眺めていた。
山積みされた建築資材を担いで数人の大工と思われる体格の良い男性たちが教会の建築作業を行っていた。
それと並行して、空きスペースを使った炊き出しも行っている様子も見て取れる。
白い装束を身に纏った人が寸胴から器にスープを移してはパンと一緒に並んでいる人たちに配っている。
大きめの寸胴は複数あり、数百人分は賄えるであろう量であることが伺える。
割と離れている距離からでも食欲を刺激するような匂いが漂っており、それを嗅ぎつけたであろう付近の住人が我も我もと匂いの元に群がろうとしている。
それを見かねた白い装束の一人がきっちり整列をさせて、並んでいる人たちは今か今かと待ち遠しそうにしている。まさかとは思うけど、食料で忠誠を拾ってるんじゃないでしょうね。
「ん?白い…… 装束……?」
どこかで見たような…… どこだろう? 思い出せない。
途端に頭痛に襲われる。思い出そうとすればするほど痛みが増していく。
「痛っ…… なんなのよ、もう」
私は手で頭をさすりながら、この小骨が喉に刺さって取るに取れない様なもどかしさにイライラを募らせていく。
「お、お嬢様? 大丈夫ですか? 頭痛ですか?」
私のイライラ感を察知したナナが慌てた表情で確認してくる。
アワアワしている表情も可愛いよ、ナナ。
ちょっとは頭痛とイライラが収まって来たかもしれない。
「ねえ、ナナ。喉に小骨が刺さった時、あなたならどうする?」
「なんですか? 急に…… うーん、そうですね。喉に手を入れてみたり、ちょっと汚い表現ですが、えずいてみたり…… あとは水を飲むとかですかねぇ」
ナナがえずいている所を目撃しちゃったら優しく背中をさすってやりたい。
って違う違う! これじゃ、ただの変態みたいじゃない。
「それでも小骨が取れなかったらどう思うかしら?」
「うーん、イライラするかもしれませんね」
「そう言う事よ」
「今日の朝食に魚はなかったはずですが?」
そんなしょうもない会話をしていると通りすがりの二人組の男性に声を掛けられた。
「突然のお声がけ失礼します。グラヴェロット子爵のご令嬢マルグリット様とお見受けいたしますがお間違えないでしょうか?」
ただの通行人かと思いきや、白い装束がベースにはなっているもののデザインは異なっており、その上から豪華な刺繍の入ったマントを羽織った出で立ちはどう見ても高位の僧侶である。
なんで、こんな人が私に用があるんだ? 少々気になったので会話をしてみることにした。
「はい、私がマルグリット・グラヴェロットです。失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?」
「わたくし、今回建設されるヴェルキオラ教カルカダ支部で司祭を務めさせていただくサディアスと申します。マルグリット様とはお話しさせていただくのは今回が初めてです。教会建設依頼の件で一度領主様にお伺いしたことがありまして、その際にお庭で本を読まれていたマルグリット様をお見かけしたのです」
なるほど、筋は通ってるわね。このマルグリットさんの魅力に気づいちゃったか?
また、その彼の後ろにはお供の神父らしき人が控えているが、目を大きく見開き、口をぽっかり開けて、小刻みに震えながら私の事を見つめる姿はまるで魔獣にでも遭遇した小鹿の様である。
私の視線に気づいたサディアス司祭は続けて彼の紹介をしてくれた。
「こちらは私の補佐を務めているモリス神父です。モリス神父、ご挨拶なさい」
小鹿もといモリス神父は胸に手を当てて息を整えると、口を開きだした
「ヴェルキオラ教カルカダ支部で神父を務めさせて頂くモリスと申します。以後、お見知りおきを。また、不躾な視線を向けてしまい、お詫び申し上げます。マルグリット様のあまりの美しさに目を奪われてしまったが故です。お許しください。」
はい、嘘。そんな視線じゃなかっただろうが。完全に怯えていたぞ。君は私の何を見ていたんだ…… 全く。
「そちらのお嬢さんはマルグリット様のメイドさんでしょうか?」
「えぇ、私の専属メイドを担当しているナナと言います。ナナ、ご挨拶なさい」
「は、はい。マルグリットお嬢様の専属メイドを務めております、ナナ・クサナギと申します。よ、よろしくおねがいします」
「これはこれはご丁寧に。それにしてもマルグリット様はお若いのにしっかり受け答えが出来て素晴らしいですな」
「いえいえ、もう六歳になりますから、このくらいは貴族令嬢として当然ですわ」
サディアス司祭の顔の一部が震えたのを私は見逃さなかった。
今何に反応した? 大した内容ではなかったはずだけど…… まさか年齢か?
という事は…… 考えたくはないが、ヘンリエッタの同類か?
マルグリット的ブラックリストに追加しておかないといけないわね。
「それにしてもマルグリット様は何故この様な離れた場所から建設現場を見ていらしたのでしょうか?もし、宜しければ炊き出しをご一緒しませんか?マルグリット様のお口にも合うかと思いますが如何でしょうか?」
冗談じゃない! そんな現場を誰かに見られたらグラヴェロット家はヴェルキオラ教に肩入れしていると思われてしまう。私たちは中立の立場でいないといけないんだ。一旦適当な理由をつけて離れないと。
まあ、味が気にならないと言えば噓になるけど……。
「いえ、今回確認させて頂いたのは、皆さんがこの街に来て間もないと思いましたので、近隣住民とのトラブルに巻き込まれていないかを確認するためです。それにいきなり貴族令嬢が現れたりしたら皆さんも困ってしまいますでしょう?」
ククク、即興で考えたにしては中々良い言い訳ではないですか。
「それもそうかもしれませんね。それではまた別の機会がありましたら、ご一緒させてください」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。では、失礼します。ナナ、行きますよ」
「はい、お嬢様」
そそくさと立ち去った私は司祭が向けてきた視線に気付いていなかった。
「モリス神父、リストにあの二人を加えておいてください」
「かしこまりました」
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