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第二十三話:閑話 ルーシィの反省と独り言②

 天使が私たちを迎えに来たのだ。黒い髪を靡かせて颯爽と登場したのだ。


 フライングでは? まだ生きてますが何か? もしかして十分前行動ですか? 天使の世界にもそういう暗黙のルールみたいのあったりしますか?

 

 もしくは生きてると思っていたけど実は既に死んでるとか?


「ご無事ですか?」


 無事? その言葉を聞いて実はまだ生きていたことを実感する。


「神が遣わしたもう天使降臨? 違った、幼女だった」


 我に返った私は目の前の天使をよく見ると羽もなければ輪っかもない少女…… いや、どう見ても幼女であることを即座に理解した。

 

「お礼にハグしたい…… そうじゃなくて、なんで子供がこんなところに?」


 チェスカは早速余裕をかまし始めた。コイツ、切り替え早すぎだろ。


「立てそうですか?」


 全く危機感を感じていないであろう幼女を目の前に何故か私たちにも心に余裕ができたのか普通に会話することができた。


「腰が抜けてるからもう少し待って」


「危ない、後ろ!」


 だが、私の視界にはオークが幼女に向かってこん棒を振り上げてるのも視界に入っていたが、腰が抜けて立てなかった私は幼女に言葉で警告することしかできなかったのだ。


「ダメ、間に合わない」


 余裕をかましたはずのチェスカは諦めるのも早い。何事においても切り替えの早さだけは異常である。

 

 そしてオーク渾身の一撃が振り下ろされるが……

 

「あら、大袈裟な音量でしたが、思ったより威力は大したことありませんのね」


 幼女はビクともしていなかった。我が目を疑うどころではない、私の頭は今正常に動作しているのか? 実は既に倒れていて夢でも見ているんじゃないかとさえ思っていた。

 

「ごめんなさい、ついつい力が入っちゃいましたわ。あなたの大事な武器の一部をおがくずにしてしまいました。許してくださるかしら」


 意味が分からなかった。握っただけでこん棒を抉るってどういう事? もしもこれが夢でないんだとすると、私は一体何を目撃しているのだろう? 

 

 自分の常識は他人にとっての非常識、逆もまた然り。とかいうレベルの話ではない。

 

 この子の存在は私から見ても他人から見ても非常識である。

 

 高ランク…… BランクかAランクの魔獣が人間に擬態しているのでは? 後で私たちを美味しく頂く気なのでは? とさえ思ってしまう。

 

「脳筋幼女!」

 

 どうせ今でも後でもこの幼女に擬態した魔獣(?)に食べられてしまうかもしれない。

 

 そう考えたらどうでも良くなってきて、ついついヤケクソになって言ってしまった。

 

「最後にいいものが見れたわ」


 チェスカも私と同じ気持ちなのだろうか。半分ヤケクソになっているように聞こえる。 

 

「『当たらなければどうという事はない!』ですわよ」


 彼女は曲芸師の様に軽々とオークの迫りくる腕から回避して飛び上がると、その勢いでオークを蹴り飛ばしていた。

 

 待って…… 人間より大きいオークがあんな飛び方するってある? これから先の人生、何を見ても驚かない気がしてきた。

 

「今の感触だと首の骨もポッキリいってるでしょうから、解体するならどうぞ。オークの素材は私には不要なのであなたたちの自由にして構いませんよ」

 

「めちゃくちゃ強っ、本当に人間? 人間の皮を被った高ランク魔獣とかじゃないよね?」


 オークが一瞬で倒されて可笑しくなってしまった。緊張感が抜けたせいか、つい先ほど心の中で思っていたことをつい発言してしまった。

 

 が、彼女は対して気にも留めていなかったようだ。良かった……。

 

「えー、勿体ないよ! それに君が倒したのだから所有権は君にあるんだよ。私たちは何もできなかったしね」


 チェスカはもういつも通りである。羨ましい。こういう時のチェスカの性格は本当に何より羨ましく感じる。

 

「構いません。その代わりと言っては何ですが、少しお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

 本当に? 私たちを食べるんじゃなくて話だけで済むの? それならいくらでもさせて頂きます!

 

 それから私は彼女がまだ六歳であること、父親が元冒険者であること、二年後に登録するであろうギルドに関する事などの話をして盛り上がった。

 

 彼女が帰るというので一緒に帰ろうかと思ったが、どうやら彼女が住んでいる場所は別にあるらしい。

 

 近場の街がガルカダだからてっきり同じ街に住んでるものかと思ったので、登録前にギルドでも案内しようと思ったのだが、まあ仕方ない。

 

 ギルドか…… オークの素材なんて持ち込んだらエミリアさんに何を言われるか分かったものではないけど、大人しく怒られるとしよう。

 

「「じゃあ、私たちも帰ろうか」」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「やっとガルカダに戻ってこれた」


「早く素材売却して飲みに行こうよ」


「あんたのその欲望に忠実な性格、羨ましいわ」


「何その引っかかる言い方」


「ちょっとは考えなさいよ、Eランクに上がった時にエミリアさんに何言われたか忘れた?」


「んん~? あ! 『ランク上がったばっかりだから』云々のくだりの話?」


「魔獣のランク上げるなって言われたのにDランクの素材持っていったら説教されるに決まってるじゃない」


「しょうがない。無事に帰ってこれたんだし、そんなに説教も多くないでしょ」


「でも自分たちで倒せました…… なんて言えるわけないわ。かと言って今マルミーヌちゃんの話をするのは避けておきたいから、なんて言って誤魔化そうかなって……」


「そこは濁しておけばいいじゃん。通りすがりの冒険者に助けてもらいましたって。反省してますって」

 

「あんたが言うと反省も嘘くさくなるのよね」


 あの子の存在をどう隠すか考えている最中にギルドにたどり着いてしまった。まだ考えが纏まりきれていないのに。仕方ないか……

 

 私たちは重い足取りで入口を潜ると……

 

「おかえりなさい」


 笑顔全開で出迎えてくれる受付の女性を見かけたときに私たちは恐怖に足が竦んでしまった。


「ヒッ、エミリアさん」


「あら? どうしました? 人の顔を見て怯えるなんて失礼じゃありませんか? それとも何か疚しい事でもあったりしましたか?」


「い、いえ…… あの…… その……」

 

 エミリアさんの『隠してることをさっさと言え』と言わんばかりの威圧に気圧されて私たちは覚悟を決めることにした。

 

「すっ、すみませんでした~!」


「何に対しての謝罪でしょうか? 皆目見当つかないのでご説明していただけますか? 全部ですよ」


 私たちはエミリアさんの脅し(?)に屈して私たちの身に起きた事の説明をした。

 

 注意を無視して上位ランクに手を出してしまった事、そのせいで死にかけてしまった事、助っ人が介入してくれたおかげで九死に一生を得た事。

 

「はぁ~、人の言う事を聞かない人たちが多い中、貴方たちなら私の話を聞いてくれると思ったのに~」


 エミリアさんは頭を抱えて私たちに呆れている。そう言われる事は覚悟してたけど実際に言われると結構グサッとくるな。


「これで分かったでしょう? いきなり高ランクに手を出すなって言った意味が」


「でもFランクの時にEランクの魔獣は倒してたんですよ?いきなりDランクになったら全く歯が立たないってのヘンじゃないですか? チェスカのフレイムバーストでもほぼ無傷だったんですよ」


「なんかそれは変ですね。譲ってもらったという素材の方を出してもらえますか?」


 エミリアさんが首を捻っている。私たちはランクは低いがチェスカの攻撃魔法はそれなりに評価されているからDランクに対して無傷というのはエミリアさんにとっても不思議な事なのかもしれない。


「これです」


 受付台に並べられた素材を見て、眉間に皺を寄せながら素材のチェックをしている。エミリアさんは元高ランク冒険者で活動期間も結構長いみたいだから素材を見れば魔獣に関する情報、素材の価値がわかるらしい。

 

「これ…… オークじゃないわね」

 

「え? どう見ても豚でしたよ。オーク以外に考えられないんですけど……」

 

「ハイオーク…… オークの上位個体ね。でも魔石のサイズからすると若いわね。レートで言うなら限りなくCランクに近いDランクって感じかしら。成熟していたら完全にCランクなんですけどね」

 

 ということは、ほぼCランクを一発で蹴り殺したってこと? マルミーヌちゃんってマジで何者なの?

 

「もしかして高値で売れます? しばらくいい酒飲めそう~、やった~」


 コイツ、まじでブレないわね。たまにチェスカの性格は羨ましいなとは思うけど、ここまで能天気だと逆に病気レベルね。マジで検査受けさせた方がいいんじゃないかと思うわ。


「やはり介入したという人物について聞いておかないといけないですね。話を聞いた限りでは騎士でも冒険者でもないのでしょう? ハイオークを一発で倒すような人物が正体不明だなんてこちらとしても捨て置けませんよ」


 やっぱりそうなるか~、二年後まではどうにか隠し通したかったんだけど…… どうやって濁して有耶無耶にするか…… 考えるんだ、ルーシィ。


「いや、でも本当に悪い子じゃないんですよ。颯爽と登場したときなんか天使かと思っちゃいましたもん」


「子……? その言い方だと少なくとも貴方たちより年下ってことですよね? それに天使と形容する容貌を推測するに可愛らしいって事ですよね?」


 だあああああ、しまった。迂闊に喋るとエミリアさんにどんどん情報を抜かれていく気がする。

 

「眩しいくらいの笑顔で素材も全部譲ってくれたし、本当にいい子なんですよー。さすがの私も彼女の事はこれ以上言えませんな」


「彼女? 女性? という事は女の子ってことですか?」


 チェスカアアアアアアアア、いや私もわりかし同罪なんだけど、頭がパッパラパーな私たちに言葉を選びながらという高尚な対応はできないっぽいからストレートに言うしかない。

 

「すみませんが、これ以上恩人の事を探るのはやめて頂けませんか? 彼女は二年後になったらここに来ると言っていました。それまでは聞かないで欲しいです」


「……わかりました。危険な人物かどうかだけ知りたかったので、これ以上の詮索はやめておきます。それに貴方たちの話と二年後に来るということを踏まえれば少なくとも悪人ではないという事、前途有望な若者という事もわかりましたし、ここまでにしておきます」


 ごめん、マルミーヌちゃん…… 私たちがお馬鹿なせいでどんどん情報が抜かれちゃった。最後の砦は死守したから許して……

 

 ハイオークの売却で予想以上の収益が出た私たちはギルドを後にしていつも通っている酒場に行くことにした。

 

「ドンマイ、ルーシィ。元気出していこう」


 いや、お前はまず反省しろ! 山よりも高く海よりも深く反省しろ! 私もだけどさ……。

 

「マルミーヌちゃんにまた会えるかなあ」


「定期的に大森林にいるって言うから会えるんじゃない?」


「そっか…… そうよね…… よーし、頑張ろう。じゃあ、今日は飲みに行くわよ~」


 追いつくのは無理かもしれないけど、一ミリでも近づけるように努力するんだ。

 

 頑張ろう…… 明日から。

お読みいただきありがとうございます。

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