第百十一話:赤狼の牙~本拠地襲撃当日・vs副隊長①~
マルグリット…… 目の前にいる子供は確かに私の名前を口にした……。
なんで…… やっぱり変だ…… 当時の私は読書好きの引きこもりだったのよ、単身で騎士団相手に攻め込めるようなキャラじゃない。
それ以前に子供がこんな所に来ている事に普通は驚くべき事なのよ、なんでこの子供もディランも私がこの場にいて「当然でしょ」みたいな雰囲気醸し出してるの……。
てっきり洞窟から出てきた時点で赤服の男かと思ったのに……。あの男はもっと鋭い目つきと屈強な体つきをしていた。目の前にいる子供とは顔も体つきも違う。
だから隊長ではないはず…… まずは話をしてみる事にしましょう。
「何故、私の名前を知っているのかしら?」
「…………あれ? ディランから何も聞いてない?」
「ディランなら記憶がハッキリしていないみたいで、副隊長と隊長に聞けば分かると言っていたわ」
「なるほど…… 確かにディランにとっては最近の事だからね…… しっかりと定着していなかったのかもしれない。そりゃあ、いきなりあんなものを頭の中で見せられても納得できるまで時間かかってもおかしくはない」
「定着? ちょっと、自分だけ納得できる様な自問自答は止めて、私にも説明しなさいよ」
私の言葉に少し考えるような表情をしていたけど、私の言葉にハッと反応して考え事を中断した。それでも何か引っかかりはあるようだった。
「そう…… だね、まずは自己紹介を――僕は赤狼の牙 副隊長を務めているオリヴァー・ベネディクト。よろしくね」
副隊長…… オリヴァー・ベネディクト…… この子供が……?
見た目はどう見ても十代中盤くらいの成人前の子供にしか見えないけど、副隊長ともなれば話は別ね。
赤服の男はここにはいないのかしら…… 別の場所に移ったとか?
そんな疑問を抱き、洞窟の方にチラッと視線をやるとオリヴァーがそれに気付いた。
「君がご執心の隊長ならその洞窟の中にいるよ。もちろん、君の事を待っている」
いる…… あの中に…… 私の…… 仇が…… アイツが…… あの中に…… 予想はしていた…… けど、実際にあの中にいると言われた拍子にグツグツと煮えたぎる様なあの男への復讐心が燃え上がるのと同時にようやくあの男に会えると思ったら憎しみと嬉しさが混ざりあった謎の感情のせいで不思議と笑みが込み上げて来た。
「フフッ…… ウフフッ…… ウフフフッ…… 今すぐあの男もここへ連れてきなさい。纏めてあの世に送ってやるわ」
オリヴァーは苦笑しながら「やれやれ」と言った感じだった。
「そう言うと思ったよ…… ところがどっとい、僕を倒さない限りあの中に入る事は許さないし、隊長もそれは同じ意見なんだ」
「ふざけないでッ! 私は――」
「ふざけてるのは君の方だよ、そもそも僕にすら勝てないのであれば隊長の前に立つ資格も真実を知る権利もない」
「真実……?」
「先程の君の質問に少しだけ回答してあげるよ。知っていたのは君の名前だけじゃない、君がここに来る事も――僕達への復讐であろう事は最初から予想していた事だし、それを承知の上で僕達は前回と同様にこの場所に来たわけさ…… 隊長は君に心残りがあるみたいだったから丁度良かったよ、あれから成長したであろう君をここで殺せば隊長も君に対する未練はスッパリと断ち切ってくれるだろうね。だから…… もう一度死んでくれる?」
今の言葉…… それに私が赤狼の牙への復讐を決意したのは”あの森で起きた惨劇”があったからこそ…… それを知っているという事は……
「まさか…… 貴方達――」
私を呼び戻したのはあの人…… コイツ等にも同じことを?
一体何を考えているの! フィルミーヌ様と同じ顔をしているからってやってい事と悪い事の区別くらいつけてほしいわ。
次に会ったら怒鳴り散らしてやらないと気が済まない。
「ちょっと喋り過ぎたかな…… おしゃべりはここまでにしよう。僕達には僕達の為すべきことがある。 例え、君の復讐の対象にされようとも、自分達以外の何もかもを犠牲にしたとしてもね……それ以上は隊長に聞くといいよ、君が目の前まで来ることが出来たら知っている事を全て話すと言っていたからね」
全てを話す…… やっぱりコイツ等は私と同じって事なのね。その上で、あの日の事を含めて聞き出す事が出来る。
「そう…… であれば余計な事は考えずに貴方を叩き潰せばいい訳ね」
「僕に勝てるならだけどね…… お遊戯を覚えた程度の子供に負ける訳ないけど」
私の格闘術をお遊戯扱い…… オリヴァーが知っているであろう、あの時は初めての素手での戦いだったから滅茶苦茶だったのは自覚している。
それにしても意地の悪い顔をしている…… あの表情…… ニヤついたいやらしい表情でなんかめっちゃ腹立ってくる。
「何なの…… 随分と意地の悪い子供ね」
先程まで余裕ぶっていた表情が一転して曇り、口元をピクピクと震わせながら、こめかみには青筋がうっすらと立っていた。
「も、もしかして…… 今、この僕を子供扱いした……? あの奔放なディランですら、僕を子供扱いする事がどういう結果をもたらすかを恐れて口にしなかったというのに」
いや、知らんがな! しかし、確実に琴線には触れてしまったらしい。
ディランからオリヴァーの事は目の色云々以外に何も聞いてなかったからどう対処していいか分からない。
分かっている事は今すぐにでもブチギレて私に飛びかかって来るのではないか? という事だけ……。
ディランから注意されていた目の色が変わる前に表情がどす黒い感じなんですけどね。
仲良しこよしに来た訳じゃないし、そのくらい敵視してもらった方がこっちもやりやすいわ。
「何よ、そんな小さい身体で凄んだ所で何も怖くはないわよ。沸点も低すぎだし、やっぱり子供は子供ね」
「僕は子供じゃないッ! ただ成長が遅いだけなんだ! 年齢だって二十歳を超えてるんだっ」
「成長期を超えてしまってるのであれば、”成長が遅い”ではなくて”もう成長しない”ってことでしょう。諦めなさい」
「だっ、大体きみだって子供じゃないか」
「あら、私は実際に子供だからこれから成長するのよ」
「いや、あの時と大して変わってないじゃん、キミ……」
ぐはぁ、オリヴァーの言葉が私の心に直撃した!
私のコンプレックスの一つ、あの時――十八歳時点でも身長は140cmにも満たないという小柄な身体だった事に加えて女性特有の凹凸がほぼみられない事。
オリヴァーはただ売り言葉に買い言葉で私に反撃したいだけなのだろうけど、その破れかぶれであろう口撃は無事に私のコンプレックスに直撃した。
苛ついた私も言葉で出来うる限りオリヴァーが嫌がりそうな言葉で応酬を始めた。
オリヴァーも顔を真っ赤にして私に対して反撃を行ってきた。
「何よっ!」
「何だよっ!」
お互いが歯ぎしりをしながら睨み合っていると、オリヴァーが何かに気付いた様に冷静に戻り始めた。
「ハッ! いけない、いけない、君のペースに飲まれてしまう所だったよ」
わざわざ飲み込まれに行ったのは貴方なのだけど……。
とか言おうものなら、また余計な口喧嘩が始まってしまう所だったので私はグッと堪えた。
オリヴァーは少し余裕が出て来たのか、子供ネタで争う前の余裕ある感じに戻っていた。
最初からそうしなさいよ、殺し合いの雰囲気が台無しだわ……。
「いいでしょう…… 僕がディランとは違うという事を君に教えてあげよう」
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