第百十話:赤狼の牙~本拠地襲撃当日・vs序列三位⑥~
「《雷撃掌》」
「があああああああああああっ」
糸の切れたマリオネットの様にディランは倒れ込んだ。
手加減はしているから、まだ死ぬ事はないでしょう。
この男には聞かなければならない事がまだある。
ディランに近づいた時に足元の地面がぬかるんでいる事に気付いた。
この辺りは日の光がほぼ通らない様な場所だから地面が渇くことはほとんどなく、常に湿っているような状態ではあるけど水たまりになる程ではない。
だから私はその違和感が気になり、足元に目をやった…… それは水たまりではなく
血だまりだった。
この状況で血だまりを作り出すなんて一人しかいない。
倒れたディランに目をやると、下半身からおびただしい程の出血をしている事に気付いた。
「これは……」
顔色が青白くなっていくディランは息切れして目も虚ろだ。口元を震わせながら目線だけこちらにやって口を開いた。
「言ったろ……「リミッターを解除して魔導具を使う事の意味を」とな……」
いやいやいやいやいや…… そんな自爆技だと誰が思うのよ。
こんなん誰も使いたくなくなるわ……。
「これはちょっと知りたくなかったかもしれない……」
「ハハッ…… 使う人間によるさ。俺の肉体がこの魔導具の性能についていけなかっただけの話だ…… 筋肉断裂、複雑骨折、血管破裂…… コイツを使った時点でこうなる事は想定できていた。それでもお前に勝ちたかった…… コイツを使わせる決意をさせる程の強さを持つお前にな……」
私の場合は「身体保護魔法」を使っているから無事なのであって、なかったらとっくに貴方と同じ運命を辿ってるわよ。
何しろ纒を使えるようになるまでは、私も似たような事をしていたわけだしね。
…………ん? もしかして、この武器のリミッター解除した場合も身体保護魔法があればなんとかなるのかしら。
まあ、その時になってみないとわからないか……。
それよりも……
「貴方にはまだ話してもらうべき事があるの…… 分かってるわよね? 死ぬならその後にして頂戴」
「そう…… だな…… 話すべき事、話したい事は色々あったのにな…… すまんが、そろそろ時間切れの様だ……」
「えええっ!? 貴方には私について知ってる事を話して貰うつもりだったのに……」
「悪いな…… だが、お前の事であれば副隊長も…… いや、それどころか隊長の方が詳しい…… お前よりもお前の事を知っていると思うぞ……」
嘘でしょ…… それなんていうストーカー?
ん? でもやっぱりおかしいわね、前回の人生はこの年齢の頃なんてほとんど外に出てなかったわけなのだけど……。
なんで赤狼の牙の連中が私の事をしってるのよ……。 もしかしてグラヴェロット領に潜入するからうちの一家について調べていたとかかしら……。
考えてもしょうがないわね、ディランも先程「知らない様で知っているような……」と言っていた。
記憶が曖昧…… しかも死にかけている人間から聞き出せる事なんてたかが知れてる。
他の情報は残りの二人から聞き出すとしましょう。
「まあいいわ。私はもう行くから後の事は好きにしなさい」
「待ってくれ、何故トドメを刺していかない。お前は俺達に恨みがあるはずだ…… 今なら思う存分死ぬまで拷問でもなんでもお前の好きなように出来るはずだ」
この男…… なんちゅう懇願してるのかしら…… ドMの人には申し訳ないけど、私はそんな事をして喜べる人間ではない。
「私は尊厳を傷つけたり、辱めたりしたいわけじゃない。私の大切な人達を傷つけた事に対するケジメを取らせに来ただけ」
私は何を言っているんだろう…… それを言ったら私も同罪みたいなものじゃない。
フィルミーヌ様もイザベラも守れず、短い間とは言え最後の一人になるまで生き延びてしまった癖に……
私が守れていたら彼女たちが傷つけられる事なんてなかったのに……。
半ば八つ当たりみたいなものだって事は分かってる。それでも、私は……
「勝者がそんなツラするな、最後に一つだけ言っておく。副隊長の目の色が変わったら気を付けろ」
「目の色ってどういう事?」
「あの女と同じ…… 深い闇の様な…… 濁った…… 飲み込まれたら二度と抜け出せない様な不気味な色……」
「あの女?」
「あの…… 女は…… せ……」
ダメ、もう声が出ていない。口だけ動かしている様だけど、読み取れない。
すぐに口も動かなくなり…… こと切れた事はすぐに分かった。
私はディランの最後を見届けてから、その場を後にして常闇の森の奥…… 山の麓を目指して進む事にした。
あれ……? そういえば、副隊長の居場所を聞いていなかったわ。
山の麓にある洞窟内には恐らく隊長――赤服の男はいるはず……。
それまでに副隊長と出くわさなかったら、そのまま隊長戦に突入しちゃうわね。
ディランには副隊長に気を付けろなんて言われたけど、気を付ける必要すらないかもしれないなんて考えながら歩いていたら本当に麓まで来てしまった。
洞窟まで見えてきちゃったし……
え…… 展開ガン無視で大将戦突入しちゃうよぉとか思っていたら、洞窟から誰か出て来た。
私は即座に身構えると、そこにいたのは………… 子供だった。
私は拍子抜けしたせいか「へっ!?」とマヌケな声を上げてしまった所をその子供に聞かれてしまったようで、クスクス笑われてしまった。
その子供はひとしきり笑った後に確かにこう言った。
「ようこそ、マルグリット嬢。お待ちしておりました」