怨念戦士ヴァレンタイン
こちらの作品は藤乃 澄乃様主催の「バレンタイン恋彩企画」参加作品になります。
なぜ私がこの世に生まれたのか?
それを知る者は誰もいまい。
バンアレン帯とは何の関係もないことぐらいだろう、人々が知るのは。
この時期になると私は目が覚める。
そして町を破壊して歩き回るのだ。
人々に毛嫌いされながらも、私は破壊の限りを尽くす。
涙を流しながら。
私は怨念戦士ヴァレンタイン。
鏡など見る気にもならない、異形の紫色。
彼との生活を憶えている。
初めて彼氏が出来た時、私は27歳の誕生日をとっくに越えていた。
料理が趣味とかいいながら、長年誰も作ってあげる人がいなかったので、私の料理はほぼ科学実験のように、とても前衛的なものになっていた。
大根があったらピザのようなトウモロコシを混ぜた揚げ物を作った。料理名は『ダイコーン・チュロロス』。どんな料理か、凡人どもには想像も出来まい。ふふ。
彼は私を凡人だと思っていた。
私の手料理を食べたことがまだなかったからだ。
いつもデートは外だったから、食事も外でした。つまらない、ありふれた料理を、私は彼と一緒にいることで楽しいものに無理やり変換し、何事もなく、にこやかに口にした。
彼に手料理を食べさせたくて仕方がなかった。しかし、彼はいつも奢ってくれるので、そのチャンスはなかなか与えて貰えなかった。食べさせたいのに、食わせたいのに、一緒に「面白いね」って言わせたかったのに、彼は頑なにつまらない外食を続けた。
しかしあの日、そのチャンスが訪れたのだ。
そう、2月14日。
手作りチョコを与えてあげられる日が、遂に来たのだ。
そしてその日が私達の命日となった。
待ち合わせ場所はいつもの駅前の喫茶店だった。
彼は先に来て待っていた。その姿をガラス越しに外から確認しながら、私はバッグの中に忍ばせたそれを大事に抱え、スキップしながら店へと入って行った。
「ごめんごめん! 待たせちゃった?」
私が謝ると、いつものように彼は優しく微笑んでくれた。
「いや、俺も今来たところだから。ごめんね、俺も遅れちゃったんだ。結果ちょうどよくてよかった」
嘘つき(笑)
私、ほんとうは約束の2時間前から隠れて見てた。
あなたは約束時間の15分前にやって来て、私を待ってくれてたよね。
私、見つからないように、熱帯魚の水槽の裏にべったり貼りついて見てたんだから。
ふふ。楽しみだったのよね?
私から手作りチョコを貰えることが?
「ところで今日、何の日か知ってる?」
私が聞くと、彼はしらばっくれた。
「さぁ? 何だっけなー。えーと……お前の誕生日は来月だし」
そう言いながら、顔が期待している。
私がバッグの中に手を入れると、身を乗り出すのを我慢するように咳払いをした。
「はいっ! これあげる」
「おおー! もしかして、あっ、そうかー。今日、バレンタインだよね? もしかして、チョコ?」
「手作りだよっ。愛情こめて作りました。彼氏になってくれてありがとう」
「いやー、嬉しいなー。実は俺もこんなの貰うの初めてだからさ」
ふふ。嘘つき。
優しい嘘をついてくれるの、いつものことだ。
あなたの過去に彼女がいたこと、私知ってるよ。興信所に頼んで調べて貰ったんだから。
チョコをもらうのはこれが3回目なんだよね? でも、前の2回には絶対に負けない自信がある。
どうせ前に貰った2回はせいぜい板チョコを溶かして再成型しただけのつまらないものだったのでしょう? 同情するわ。
私のは違う。私はチョコから自分で作った。チョコの作り方なんて全然知らないけど、私の淋しい独身歴の間に積み上げた天才的な創意工夫でチョコのようなものを創り出すことなど……いえ簡単ではなかったわ、苦労はしたけれど。ガムシロップととんかつソース、たまり醤油と黒糖、インスタントコーヒーに黒マー油。黒いものを中心に練り合わせてみたらちゃんとチョコっぽいものが出来たのよ。私ってやっぱり天才ね。無から有を創り出したようなものよ。
「ねぇ、ここで開けてみてよ」
ラッピングも自分でした綺麗な箱を眺め回している彼に、私は言った。「いいの?」と目を輝かせ、彼は箱をテーブルに置いた。
開けるなり彼の顔がさらに輝いた。そりゃそうよ。大きなハート型のチョコに回しかけられた色とりどりのトッピング。何を使ったらいいかわからなかったから素材は蝋だけど、バースデーケーキなんかにも使われる素材よ。見た目がいいでしょう? 可愛いでしょう? 美味しそうに見えるでしょう? 愛情100%の手づくりなんだから。
「ね、食べてみて?」
「じゃ、遠慮なく。ありがとう」
彼が豪快にそれを口に入れた。ふふ。優しい嘘なんて必要ないわ。正直な感想を言ってみて? 美味しいって言われたとしても嬉しいけど、面白がってくれたら一番嬉しい。彼はびっくりするような顔を上げると、カエルみたいな声を出した。
「ぐわっ……」
「ぐわっ?」
意味がわからず私が聞くと、彼は私のチョコをコーヒー皿に吐き出し、笑顔を消した。そして詰るように、
「お前……、これ……、嫌がらせか……?」
「え……?」
泣きそうになっている私を見て、申し訳なさそうに彼は上着を持って立ち上がった。
「俺……、料理下手な女、駄目なんだ。ごめん」
そう言うと、店を出て行ってしまった。
テーブルの上には私の真心100%のかたまりと、コーヒー皿に吐かれたその破片が残された。何が悪かったのかさっぱりわからなかった。私は泣きながら、自分の真心を自分の口に入れてみた。咀嚼して、飲み込んで、やっぱり何が悪かったのかわからずにいると、表でドン!という音がした。
ガラス越しに外を見ると、彼が車に轢かれていた。私のチョコを吐き、こともあろうにこの私を料理下手な女などと詰った彼の足が折れ曲がり、首が真横を向いて血を吐いていた。即死は明らかだった。私は泣き顔のまま、思わず震える口から声を漏らした。
「ざ……。ざまぁ……!」
そして私も同時に死んだのだった。自分で作ったチョコに中って。
そして今、地団駄を踏むような音を立てながら、巨大化した私が町を破壊して歩いている。エヴァ初號機と大魔神を足して割ったような紫色の私を人々は『怨念戦士ヴァレンタイン』と呼ぶ。何と戦うわけでもない。ただその見た目から『戦士』と呼ぶ他ないらしい。
私は人間の町を破壊して回る。人間どもの常識を破壊して回る。お前らの信じるつまらない、あの普通のチョコレートなるものを破壊すれば、私の真心100%こそが代わりにそう呼ばれることを信じて。
涙を流しながら破壊の限りを尽くす私に向けて、核ミサイルが発射される。
消える瞬間、彼との幸せだった想い出が、テレビの画面が消えるように瞬いた。