未到達女学園
日本には「魔の山」といわれる山々が北は北海道から南は沖縄までそこかしこに点在している。「魔の山」では現世の常識を超越しているとされ、時間の緩急が極端になったり空間の構築が曖昧になっていたりする。
航空写真などで遠方の山深き一帯を調べてみると、主要な道路からは随分と離れているのにも関わらず自動車が何台も止めてある大型プラントらしき建物があったり、誰に見せるかもわからない近代的な芸術品が並んだ美術館のような建物を見つけられる。
これらは超芸術トマソンの広域版ともいえるものでもあり、あるいはそれらを意図して作られた恣意的な産物である場合が多い。しかし私はそれらとは全くもって違う、まさに魔の山の証拠とも言うべき物件に遭遇した。
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私立神母墓第二女子学園は滝のなかにあった。第二ということは第一もあるのかと思い調べると、神母墓第一女子学園はごく一般的な平地の長閑な田園区画のなかに位置していた。しかしながら神母墓第二女子学園だけが人里離れた山奥の、大河を水源近くまで遡った小川の先にある、滝口までの高さが2メートル弱ほどの岩肌に囲われた小規模な滝のなかに存在していた。
生徒たちはみなプリーツのところに若草色の縦模様の入った紺色のスカートを召していた。上着はブレザーで襟のところに白い房が生え、その長さは生徒によってまちまちである。この姿に私は珍しい茸の菌床が彼女らの肩に蔓延っているかのような強烈なインパクトを覚えた。こんな個性的な制服は全国でもおそらくここだけだ。
なぜ私が神母墓第二女子学園を知ることになったかというと、それは私自身が熱烈な制服マニアであったためだった。主に女子学生のみの、均等に振られたプリーツの折り目の、その罪深き谷折りの、秘められた底に魅せられて、以来各地を回っては夜な夜な学校に忍び込んで制服を盗み出し、自宅の隠し部屋に集めている。
ちなみに私は女性なので、男性的なフェティシズムとは断じて違う高尚なる収集の衝動からことに当っているが、収集対象が他者のそれもまだ成人していない思春期女子の日々生活のために纏う制服であることは些か罪悪感がないわけでもない。それでも、罪の意識にかられ隠し部屋でハンガーにかけられた制服たちを見ているうちに、志半ばで制服収集をやめることはこれまで盗まれた制服とその持ち主の少女に申し訳ない気持ちがして全国の女子高生の制服を集めるまでは止めないと半分決意、半分惰性で動いているのである。
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最寄りのバス停で私が目を光らせていると、件の奇々怪々ながら甘美な制服をきた神母墓第二女子学園の生徒と思しき女子が一人、轍を縦に踏みつけたようなチグハグなエンジン音を奏でる小型バスから降りてきた。溌剌とした顔立ちは都会の洗練された雰囲気と結びつき、今ここが峠二つ超えた最も近き人家までは車で一時間ほどはある山奥であることを忘れさせる。
嗚呼、これが超芸術トマソンの精髄か、と私は思いながらも、生憎制服マニアにして些かトマソンの造詣が深くないことを悔い、無意味にも等しいミーハーな感想を抱いて、草陰に隠れながら生徒のあとをつけた。
女子学生の繊細にして玲瓏な髪艶が上下左右に揺れると、私の鼻先を狂わせるような薫香が漂った。次いで森林山地独特のジメジメした土と朽ちの香りが来て鼻腔でブレンドされ、嗅覚まででもトマソンの精髄を味わわされた。「こここそが探していた魔の山だ」と私は思った。
女子はそのまま折れた枝が突き出ている泥濘の獣道を進み、神母墓第二女子学園の校門にあたるであろう滝つぼに出た。水の音は柔らかく瀑布のごとき轟音はない。いや、轟音どころか水の音すらしない。しかし当たり前か、ここは女学園なのだから。
私は草陰に身を隠し、滝つぼに革靴を沈めていく女子学生の様子を伺った。焦げ茶色のローファーは清澄な水面を吸い込み、沈む船のように踝の隙間から水を入れていく。やがて白いソックスが水の重みでやや黒く染まり、女生徒が歩き始めると飛沫が顔にかかってセーラーやスカートのプリーツが濡れる。それまで無表情であった生徒は水しぶきに目を瞑り、水を嫌うようにして小さな唇を密着させ、恥じらいと苦悶の表情を浮かべて滝のなかの学校へと入っていく。
清らかな山の湧き水と微かなる汗と唾液、さらには俄かに鼻水を染みこんだ少女のセーラー、そしてプリーツの谷。私はその甘美なる宝物を心より欲し、この頓狂な女子学園に忍び込むことを決めた。探し物は少女の脱いだ制服。体育か部活動などが滝のなかでも可能ならば、それは水の匂いに混じったあの薫香を辿ればありつける。
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滝のなかの学校に入るのは初めてであったが、酷く濡れた以外はこれまでに私が制服を拝借した他の学校と何ら変わらなかった。水のカーテンの先には玄関があり、黒い漆塗で作られた衣装ダンスが幾つか下駄箱の代わりに置いてある。それらは古めいた金具で固く封をされていて中身は分からない。玄関からは濡れた足跡が続き、遥か遠くに校長と思しき胸像があって廊下は右へ折れている。女子はそのさらに奥へと消えた。
なるほど。私は靴を脱いで玄関から廊下に上がり、ヒンヤリとした滝内の校舎を歩いた。ゴムタイル造りの足元はかなり濡れていて靴下には水が染みこむ。
校長の胸像まで来ると私は驚いた。これは校長ではないデーター印だ。日付と担当者の名前があって、取っ手についた歯車で数字の変更ができる、あの判子だ。私も何度か職場や学校で見かけたことはあったが、校長の胸像サイズのデーター印は初めて見た。これもトマソンか。図らずも私は「魔の山」の魔の最たる深淵にまで迷い込んだのかもしれない。
【みました 9034.35/35 学年主任】
データー印の版面はこうだ。西暦ははるか未来だし、月日は35月35日となっている。あり得ない。しかしあり得るかもしれない。はるか先の未来までデーター印は使われているかもしれないし、その頃は一年も12月までとは限らない。35月があっても48月があっても不思議ではない。何しろ滝のなかの学校だぞ、女子は今濡れながら授業を受けている。
データー印の先の角を右に曲がると、工業廃水が流れ出るヘドロまみれの用水路が行く手を遮っていた。しかしなお廊下は続き、凹凸のあるトタンがその上に橋のごとくかかっている。少女はまだ先を歩いていた。
まさか清澄な山奥の滝のなかに女子学園があり、さらにそのなかに巨大なデーター印があり、そのまた奥に工場排水路があるなんて、トマソンの極みとはまさにこのことだろう。だがあるいはすべてが繋がっていて、トタンの凹凸の谷もプリーツの深い谷もデーター印の彫りの谷底も同様のものだとしたら、私の制服収集は無駄になってしまうかもしれない。
嗚呼、神母墓第二女子学園の制服はこうも珍妙で滑稽ながらも、何故そこまで私を魅了するのだろう。ドブの水の吐くような臭いの向こうで、女子は授業に向かうべく濡れた足で廊下を歩いていた。その影が次第に小さくなろうとも私はそこから先に進む気は起きなかった。