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吸血鬼

 山城に通じる道は、一面に木の葉が舞っている。

 日は既に落ちようとしていた。

 ひんやりとした山道を馬車で登った先の城が、シェルバン・カンタクジノ氏の館である。

 招待を受けていたユキはバルク、クイナ、タリウトの三人と共に館の中に入った。


「よくいらっしゃいました、シェルバン様がお待ちかねで御座います」


 執事が慇懃な仕草で四人を出迎え、「お食事のご用意が整っております」とユキを案内する。

 だが、バルク達三人が後に続こうとするのを止められた。


「旦那様は、ユキ様お一人との食事をお望みで御座います」

「分かったわ」


 ユキは三人に目で合図をすると、一人で部屋に入って行った。

 バルク達は別室で待たされる事になる。


「気分悪いぞ、なんか嫌な感じだぜ」

「たしかに前もそうだったが、シェルバンって奴は何となく気に食わねえな」

「お前もそう思うか?」

「ああ」


 三人の一致した意見だった。


「エヴァさんの紹介でさえなけりゃあんな奴とは……」


 やがて三人の待つ部屋にも、食事とワインが供されたが、


「おい、用心しろよ」

「酒も飲むんじゃない」

「分かった」




 シェルバン氏と向かい合い食事をしているユキは、何故か違和感を感じていた。以前にエヴァ夫人と共に会ったシェルバン氏とは、どことなく違う雰囲気を感じるのだ。あの首筋に感じた冷たいものも無い。

 食事も終わり、打ち解けた話をしようとしたらしいシェルバン氏が、


「ユキ殿、実は……」

「ご主人様」


 現れた執事が、何やらシェルバン・カンタクジノ氏にささやいた。


「ユキ様、お仲間がお待ちで御座います」

「…………?」


 執事に促されて、バルク達の待つ部屋に戻って来た。


「ユキさん何か変わった事でもありましたか?」


 ユキの表情から察したのか、タリウトが聞いて来た。


「特には何も無かったわ。ただ……」

「皆様のお部屋は以前来て頂いた時と同じで御座います」


 執事が再びユキ達を部屋に誘導した。




 深夜になり、


「クイナ、起きてるか?」


 部屋の前で軽くノックをすると、クイナがドアを開けた。


「帰って来たユキさんの表情が変だった。あの紳士野郎の正体を見届けてやる」

「…………」

「行くぞ」

「はい」


 クイナも眠る事など出来なかったのだ。

 

「タリウトさんはどうします?」

「寝かせておこう」

「おれなら起きてるぞ」


 振り向くとタリウトも剣を携えそこに居た。




 館は三階構造になっているようだ。ゲストルームは二階にある。三階を目指し上がって行く。踊り場を過ぎて三階に達すると、


「奴の部屋は何処だ?」


 だが、部屋が分かったとしても踏み込むわけにもいかない。

 その時、


「キャーー」


 下から悲鳴が、


「あれは?」

「まずい、ユキさん!」


 三人が階段を一気に駆け下りると、そこから逃げて行こうとする影がある。


「待て!」


 クイナが剣を抜いた。

 だがその動きは素早く、クイナの前から消えてしまう。


「ユキさん」

「大丈夫ですか?」


 ユキがドアを開け、顔を出した。


「今の悲鳴は何?」

「えっ?」

「ユキさんでは無かったのですか?」

「私ではありません」


 戻って来たクイナが、


「取り逃がしました。まるで羽が生えているように身軽な奴でした。ただ……」

「ただ?」

「振り返った時、わずかに見せたあの顔は……」


 クイナが一瞬見た横顔は、執事のようだったと言うのだ。


「皆さんあれをご覧になられましたか?」


 四人が振り返ると、シェルバン・カンタクジノ氏が三階から降りて来る。

 全員がサロンに集まった。


「あの者は……」


 シェルバン氏が話し出したその時、


「危ない!」


 クイナがシェルバン氏を突き飛ばした。

 壁際に立っている甲冑が倒れてきたのだ。


「何者!」


 バルクが叫んだ。

 三人が剣を抜く。

 何かがそこに居る。

 ユキとシェルバン・カンタクジノ氏、そしてバルク達三人の周囲に得体の知れないものの気配があった。だが、


「剣を捨てろ」

「――――!」


 三人が振り向き見たものは、シェルバン・カンタクジノに羽交い絞めにされたユキだった。ユキの喉元にはナイフが光っている。


「ユキさん!」

「分かった。剣を捨てる。ユキさんには手を出すな」


 バルクが剣を床に落とすと、他の二人も剣を捨てた。

 その隙にシェルバン・カンタクジノは後ろのドアを開け、身をひるがえしてユキと共に姿を消した。


「くそ!」


 三人が剣を拾い後を追う。


「裏庭です!」


 そう言って現れたのは執事ではないか。


「お前は」


 執事が案内すると言うのだ。


「この野郎」


 クイナが剣を突き出すと、


「まて!」


 タリウトがクイナを止めた。剣を突き付けられた執事が、


「訳は後で話します。奴は裏庭から逃げるようです」


 そう言った執事の案内で裏庭に急ぐ。


「クイナーー、タリウトーー」


 バルクが二人に指先で左右を指示する。

 シェルバン・カンタクジノを三方から追う。ユキを無理やり連れては逃げきれない。壁際に追い詰めたシェルバン・カンタクジノに、ジリジリと近づいて行く。

 だがその時、意外な事が起こった。

 ユキを羽交締めにしていたシェルバンが、ばったり倒れたのだ。

 そして、


「何だ!」


 背後のツタの前を上がる影のようなものが、上階に消えた。

 一瞬の出来事だった。


「ユキさん」

「大丈夫でしたか?」


 幸いユキに怪我は無かった。






 再び全員がサロンに集まった。


 旦那様は「儂の霊を取れ、我を救えばこの身をお前にやろう」そう仰ったのです。


 ユキ達の前で執事は話し出した。


「それは有る戦での事、敵に追い詰められ首を取られる寸前で発した言葉のようです。旦那様は悪魔と取り引きをしてしまったのでした」

「…………」

「旦那様はその後の記憶が無く、気が付いた時は、戦場に一人取り残されていたのだそうです」


 それ以来、シェルバン・カンタクジノ氏が別人のようになってしまう夜が出現するのだという。


「あれは魔物に違いありません。人間の生き血を吸おうと、旦那様の身体にたびたび入って来るようになりました。ただそれも夜の内だけで、昼間は来れ無い様です」


 ユキの様な若い女性の血が狙われると言う。


「ですから昨夜のようなお客様がいらした時、私は寝る事など出来ないのです」

「…………」


「一階から様子を伺っていたのですが、ドアの前に立っていたので、たまたま開けた炊事の者に驚かれてしまいました」

「それで、何故逃げた?」

「申し訳ありません。落ち着いて事情をお話しするべきでしたが、隠れて見ていたので気が動転してしまい、思わず逃げてしまいました」

「…………」


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