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6.二年九月 AB

「あの女子ってお前と同じクラスなんだよな?」


 野球の練習が終わったあと、グラウンドにトンボをかけていると、川島が俺に追いついてきて話しかけた。


「あぁ、山崎だろ?」


「野球部の練習を観てること多いよな」


「そうか? 俺は、お前が構えるグローブしか見えてないからな」


 俺は川島の言葉をはぐらかした。


「結構可愛いよな」


「そうか?」


「クラスで人気あるの?」


 グランドの端まで来た。また、折り返す。川島も俺の横にピタリとくっついて同じようにトンボをかけている。グラウンはいつもよりデコボコな気がした。


「さぁな」


「付き合っている彼氏とかいるのか?」


「さぁな」


 川島は違う俺とも違うクラスだからあまり山崎のことを知らないのだろう。彼氏がいるとかそんなことは聞いたことはない。


「どうして、野球部の練習を観に来ているんだろう」


 川島は粘り強い性格であることは知っている。野球には根性も必要だ。だが、いまはその川島の粘り強さに俺はうんざりした。


「さあ?」


 たまに、野球部の練習を観に来ている女子がいる。そんな場合は、けっこう、その女子にお目当ての部員がいたりすることが多いらしい。というか、そうでもなかったら、野球の練習を放課後に観に来たりはしない。もちろん、野球が好きで観に来ている女子もいるのだろうけれど。


 川島も、山崎が野球部の誰かのことが好きで、それで練習を観に来ているのだと思ったのだろう。しかし、それは違う。


「何か隠してんだろ? 俺たち、相棒じゃん。隠し事はなしにしようぜ」


 キャッチャーとピッチャーはバッテリーだ。


「山崎は、絵を描いてるだけだ」


「絵?」


 川島にとって予想外の答えだったらしい。首を捻っている。


「あぁ。あいつ美術部で、コンテストに出す絵のスケッチをあそこでしているだけらしい」


「そうなのか。でも、彼氏とかいるの?」


「そこまでは知らないけどな。クラスでもあんまり話したことないし」


「紹介とかしてくれよ」


「いや、山崎と仲良くないし」


「その割には、絵を描いているって知っているんだな」と川島が言った。鋭いやつだ、と思った。いや、川島はいつも鋭い。ツーアウト・満塁。これでヒット打たれたら逆転される、ってな時は、川島のグローブの位置は信頼できる。川島の合図も信頼できる。俺がここはカーブだ! と思っても、川島が渾身のストレートと合図を送ってきたら、それが勝利に繋がる。それくらい、勝負所では鋭い川島だ。


「ランニングをしているときに見かけた。グラウンドからは見れないけど、膝にスケッチブック抱えて、それで……景色描いてた。風景がだってさ」


「そっか」


「残念だな」


 俺は隣でトンボを引いている川島のほうをみて言った。


「いや。ってかさ、お前、その山崎って女子のこと、好きだろ?」


「馬鹿言うなよ」


 川島は鋭い。



 ・


 ・


 ・


 三塁の奥に山崎がいた。盛り上がった丘の所に座っていた。べつに気になったわけじゃない。


 だけど気になって、グラウンドの周りを自主的にランニングした。


 山崎は座っていた。


「山崎だよな?」


「うん。相田君」


「何やってるの?」


「ん? スケッチ」


「暇だね」


「忙しいよ」


 山崎はそう言いながら、スケッチブックの上の鉛筆を走らせていた。


「見ていい?」


 俺は気付いたら覗き込んでいた。


「いいよ」


 どうやら、山崎は空と、そして野球グラウンドを囲む松の木をメインに描いているようだ。


「この黒い棒っぽいのって、俺?」


 グラウンドは実物よりもかなり小さい気がする。絵を見た限り、グラウンドを松の木の葉っぱが覆っているようだ。そして、そんな森のようになってしまっているグラウンドのマウンドに、小さな人影がある。誰かなんて判別できない。黒く鉛筆で描かれている形が、人型だから、それがきっと人なのだと判別できるだけだ。


 そして、マウンドに立っているのは俺だから、俺なのだろうと思っただけだ。


「あっ。よくわかったね。そうだよ」


 山崎は笑顔で言った。そして、つづけて言った。


「遠足のとき、言ってた、『キャッチャーの構えているグローブ』を観ている相田君を描いた姿」


 やばい。


 そう思った。


 そのスケッチブックに描く、マウンドにいる黒塗りの影が、俺だってわかるように描いて欲しい。


 それが、俺が山崎を好きになった瞬間だった。松の木ではなく、紅葉に埋まった野球グラウンドだった。まじで甲子園に行きたい、というか、山崎を連れていきたくなった。

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