9.二年七月 AB分岐点 A
「先生、このとおり!」
相田健太は、両手を合わせ、頭を下げた。神仏を拝むようであった。放課後、職員室の前での出来事であった。
「赤点を取ったんだ。補習の日に野球の試合があるらしいけど、そういうことも含めて、結果がすべてだろう?」と小林先生が冷たく言い放った。
普段の温厚な小林先生とは違っていた。
「お願いします。一点、ください」
「相田はピッチャーだったな……。相田は、相手の四番バッターにも同じように、俺の球を打たないでください、ってお願いするのか?」
「いえ……」
相田は顔を上げた。小林先生は厳しい顔をしていた。相田は何も言い返せなかった。
「相田。お前は赤点を取った。その結果は変わらない。残酷だが、俺は意見を変えるつもりはない」
「お願いします。せめて、補習の日を別の日にお願いします。試合の無い日なら、一日でも補習受けますから」
相田健太の声がすこし擦れ始めた。藁にも掴む思いだった。
「それも認めない」
小林先生は冷たく言い放った。
「でも……」
「小林先生……それは厳しすぎるんじゃないですかね?」
職員室から出てきたのは野球部の顧問も務める体育教師だった。職員室での相田と小林のやりとりを聞いていたのだろう。
「いえ、学校の規則通りの対応です」
「そうですが、小林先生は臨時の先生ですよね? しかも大学を出たばかりの新米だ」
「たとえそうであっても、今は私が国語の担当で、相田は私の受け持ちの生徒です。では、私は部活の指導がありますのでこれで失礼します」
小林先生は軽く一礼をするとそのまま廊下を歩いていった。
「相田、大丈夫だ。俺がなんとかするから」と顧問の先生が相田の方を叩いていた。ぐすん、という泣き声も廊下で幽かに聞こえた。




