9.誓い
「お父さん! 翔太のお父さんとお母さん来てくれたよ!!」
ここは私のお父さんである宗次の病室。
体調のよくない日がずっと続いていて、病院の先生からも、もう長くないと告知されている。
幼馴染みの翔太とは小学校5年生の春までは、家族同然のお付き合いをしていた。
ママが生きていた頃ももちろん知ってる、貴重な存在だ。
最近ずっと寝てばかりで沈んでいたお父さんの顔は、少しばかり血色が良くなって本当に喜んでいることが伝わる。
私と翔太は、大人だけでの積もる話もあると思って、気を利かせて病室を出た。
「翔太、今日は本当にありがとう……」
深々と頭を下げる。
「何言ってんだよ、俺だって親父さんに会いたかったし……こちらこそ感謝してるよ」
翔太は本当に実花の父に会いたいと思っていた。
小さい頃、自分の両親には言えない悩みも、何故か実花の父親には素直に話せたりした。
そうして翔太は何度も実花の父に救われてきたのだ。
「実花……、辛かったらなんでも言えよ」
心配そうに覗き込む翔太の顔は、私の心を悲しくも刄のように切り刻む。
寄っかかりたい、そういう想いが溢れた時は深呼吸!
そうやって、今まで乗り越えてきたんだ。
彼女持ちの翔太のお世話になるわけにはいかない。
ガラッと病室の扉が開いて、翔太のご両親が出てきた。
「実花ちゃん、お父さんと一緒にちょっとそこまでお昼食べてくるわね。翔太はどうするの?」
翔太のお母さんが優しく問いかける。
「俺はもう少しここにいるよ」
翔太は私を見た。
「わかったわ、じゃあ、行ってくるわね」
そう言って二人は長い廊下を歩いて行った。
「翔太くん、ほんとに立派になったね」
病室に戻った翔太にお父さんはゆっくり話し出す。
「実花、ちょっとお遣い頼まれてくれないか?」
父の視線を受け止めて、私は売店までお茶を買いに病室を出た。
病室には、翔太と宗次の二人になった。
「翔太くん。実花から聞いているかもしれないが……私はもう、そう長くないんだ」
ゆっくりゆっくり話し始める。
「実花は小さい頃はから、君のことが大好きでね……。翔太くんが引っ越しをしてから、涙を流さなくなるまで相当な時間がかかったものだよ」
微笑みながら宗次は言う。
「ある時から翔太くんの話題を出さなくなったが、たまたま実花の机の引き出しの中に君の写真を見つけてな。あぁ、まだこの子の心には翔太くんがずっと住んでいるんだなぁと思ったよ」
翔太は頷きながら、実花の父の話に耳を傾けた。
「これから君は君の人生を歩んで、実花は実花の道を進んでいくんだろう。残念なことに、私はそんな君達の姿をもう少しで見る事はできなくなってしまうが、どうか、私がいなくなっても実花が心が塞がないように、たまに手を差し伸べてあげて欲しいんだ」
「翔太くんにとっての一の力も、実花にとっては十に変えることができるんだ。だから、たまにでいいんだ。実花を笑顔にしてやって欲しい」
「はい、もちろんです」
翔太は強い眼差しを実花の父に向け、誓った。
「僕だってあの日離れてから、実花ちゃんのこと一日たりとも忘れたことなんてありません。そばにいなくても、いつも僕が支えられていました。いつか、きちんと気持ちを伝えたいと思ってます」
宗次は、コクリと頷く。
「お父さん、実花ちゃんを幸せにできるのは僕しかいないと自負しています。今は実花ちゃんの気持ちが僕に向いていなくても、いつか振り向かせることができたら、実花ちゃんを……僕にください!」
深々と翔太は頭を下げた。
「おいおい、翔太くんにそこまで実花を背負わせようなんて思ってはいないよ。きちんと自分の心に正直に、本当の気持ちを大切にした上で実花を選んでもらえるなら、その時はよろしく頼むよ」
ハハハと笑いながら宗次は満足そうだった。
病室の窓から見える木々は、雲の間から顔を出した太陽に照らされ、雨上がりの葉に落ちた雫が宝石のように輝いている。
何も知らない実花が病室に戻ってきた時は、翔太と、宗次の間で昔話が始まっていた。
笑顔に包まれたこの輝かしい空間が永遠のものになれば良いのに……と、実花は切なくも思うのだった。