8.急展開
ゆっくりと地上が見え始める。
私と翔太はしばらく言葉を失った。
名残惜しさが顔に出ていそうで、前を見られない。
「はぁ……着いちゃった……」
思わず出たその言葉に、物憂げな翔太の視線を感じていた。
夢の様な世界から、地上に足をつけたとたん現実へと引き戻される……
やっと心が近づいた気がしたのに、現実は翔太には彼女がいる。
どうして、うまくいかないんだろう。
せっかく掴めたと思ったのに掴んだ手を開いたら何もなかった……そんな感覚。
再会できただけでも、神様に感謝しなきゃなのかな?
欲張りなのかな、わたし……
翔太と微妙な距離を保ちながら出口を通過すると、優奈と少し離れたところに祐介が待っていた。
なんだか空気が重い……?
「どうしたの? なんかあった?」
優菜の異変に恐る恐る声をかける。
「うん……」
優奈は言いづらそうに俯いた。
「あ、俺、ちょっと用事できちゃったから先帰るわ! ゴメン!」
突然祐介が逃げるように背を向ける。
「俺も帰るよ、今日は楽しかった!」
翔太も空気を読んだのか、気を利かせてくれたのか、そう言って祐介の後を追った。
「優奈、どうしたの? 言いたくないなら言わなくてもいいけど、力になれることもあればなんでも言ってね」
二人の姿が視界から消えるのを待って、彼女に声をかけた。
「うわーん!!」
突然崩れ落ちて泣き出す優菜。
「優奈! どした?」
何事かと慌てふためく。
「祐介にいきなりキスされたぁ……」
泣きじゃくりながら優奈は言った。
「ええっ?! どういう事?!」
突然すぎる展開にとてもついていけない……
「アイツ、降りる間際に、私の事好きだって……そう言った途端にいきなりキスしてきてさ」
鼻水をすすりながら、涙を拭う優菜。
その後は現実に起こっている状況に頭がついていかず、その場でフリーズしたそう……
「ねぇ、優奈は祐介くんのこと、どう思ってるの?」
「分かんないよ! だってそんな風に祐介のこと一度も見たことないもん!! 突然あんなことされて、好きって言われても、私どうしたらいいかわかんないよ……」
私はかける言葉が見つからず、背中をさすってあげる事しかできなかった。
優奈がこんなことになっている時に、自分が翔太のことで頭がいっぱいになっていたことを申し訳なく思った。
予想外のことが次々と巻き起こる遊園地で、翔太と本当に久しぶりに会話をすることができた嬉しさと、彼を好きな気持ちにまた拍車がかかってしまう怖さが入り乱れ、止めは優菜のキス事件。
どっと押し寄せる疲労を引きずりながら、やっとの思いで優菜と家路につく。
でもその夜、なかなか寝付けなくて……
翔太の笑顔、翔太の声……
なにもかもが鮮明に記憶に残り、幻と化してた過去の記憶が色鮮やかに染まっていく。
今日一日の出来事は、まるで夢をみているかのようだった。
なのに、翔太にはもう彼女がいる……太刀打ちできない程完璧な彼女が……
小さい頃のあの淡い約束は叶う事なく、別れの日に見た雲ひとつない青空に、きっと吸い込まれるように消えてしまったのかな……
それなのに翔太への行き場を失った想いは、消えるどころかどんどん膨らんでいく怖さに震え、私は布団の中で膝を抱えた……
その翌日、バイト先に恐る恐る祐介が現れた。
彼の姿を見て、わたしは、
はぁ……と心の中で呆れたため息をつく。
「これ、祐介君に、僕からのおごり!」
温かいコーヒーを持って駿先輩が、カシャンと優しい音をたてながら、祐介の前に差し出した。
そのあと、駿先輩も交え三人で話す。
祐介は優奈と同じクラスになった初日に一目惚れしたという。
想いが募り過ぎて抑えきれず、勢いに任せてキスしてしまったことに気がつき、急いで謝ったものの時すでに遅し……逃げる様に背を向けたらしい。
優奈が自分のことをどう思っているのか聞かれたが、私は昨日優奈に聞いた祐介への気持ちをそのまま伝えると、さらに祐介は肩を落とした。
駿先輩は、優しく諭すように祐介に声を掛ける。
「男ならそういう衝動に駆られる気持ちも分かるよ。でも俺たちが思うより、女の子はひとつひとつの物事をとても大切にしてる。ファーストキスなんて尚更ね。もっと優奈ちゃんが大切に思ってる物事、祐介君も同じくらい大切に扱ってあげなきゃ、どんどん彼女の心、遠くに行ってしまうよ」
さすが、駿先輩!!
祐介くんのデリカシーのなさは、わたしも分かる!!
そう心の中で叫んだが、これ以上彼を奈落の底に突き落としても仕方ないので心の中に収めておいた。
祐介は目を真っ赤にしながら頷き、肩を落として、店を後にする。
落ち込み方が尋常じゃなかったので、フォローになるかは分からなかったけど、今後も相談には乗るからと、一応励ました。
「実花ちゃんは大丈夫だったの……? 観覧車」
バイト終わりに俊先輩が心配そうに聞いてきた。
「もちろん、あるわけないじゃないですか! 翔太は彼女いるし……」
作り笑いが最後までもたなかったこと、駿先輩に見抜かれちゃったかな……?
恐る恐る顔を上げると、そこにはホッと微笑む駿先輩の笑顔があった。
その表情に少しの違和感を覚えたが、私は気に留めることもなかった。
お風呂に浸かりながら、昨日今日を振り返る。
結局、優奈に、わたしの話はひとつもできず……
仕方がない、また機会をみて話すか……
不完全燃焼な気持ちに蓋をしながら、天井を見上げた。