7.視線
待ちに待った遊園地当日、私は全く状況が理解できないでいた。
「えっと……、あれ? 私、優奈と二人で遊園地行くって話してなかったっけ……?」
女同士で遊園地……のはずが、なぜか目の前には祐介と、今一番会いたくなかった翔太が……?!
「優奈!! どう言う事?!」
私は優奈にコソコソと詰め寄る。
「祐介がさ、『翔太くん誘うから遊園地行かない?』って誘ってきてさー! こんな機会滅多にないじゃん?」
『そんな話聞いてない!』そう、優奈に鋭い視線を向ける。
「だって本当のことを言ったら実花、来てくれないかと思ってさ〜。ゴメン!!」
私の目の前で両手を合わせて反省する優菜を見ながら、どうして祐介と優菜がそんな話の流れになったのか腑に落ちない。
「実花もさぁ、翔太くん、イケメンだって言ってたじゃん? 疲れてる時にはイケメンが一番効くんだって!!」
優奈の謎の自論に、顔が引きつる私。
来てしまったからには仕方ないか……
いや、仕方ないとか言ってる場合じゃないよ、翔太がいるのに。
あぁ、どうしよう、気まずいよ……
「おはよう」
翔太はゆっくり私に近寄り、優しい笑顔で語りかけた。
あぁ、翔太だ。
あの頃とおんなじ……
凄くかっこよくなったけど、その包み込むような眼差しは変わってない……
私はまた涙腺が弱くなりそうで、必死に堪える。
「おはよ……」
これが私の精一杯。
祐介と優奈は事情も知らず、ただならない空気を放っている私たち二人に、なんとなく割居ることもできず顔を見合わせていた。
実のところは、祐介は、優奈に好意を寄せていたのだ。
後から聞けば喫茶店に来たのも、優奈と仲の良い私に近づけば接点が増えるだろうと言う魂胆だったみたいで……
自分が誘っても優奈はきてくれないと思い、翔太を餌に遊園地に連れ出して、あわよくばもっと優奈とお近づきになりたいと思っていたらしい。
ところが遊園地に着いてからと言うもの、私は気まずすぎて優奈にことごとくべったりだった。
男二人とはまともに会話を交わすこともなく、時間だけが過ぎていく。
「はい、じゃ、ここから二人二人にわかれましょー!」
痺れを切らした祐介は強引に優奈の手を取り、そう叫んで観覧車の乗り場へ爆走する。
「えっ、ちょっと、なんであたしがあんたとなのよ〜!!!」
優奈の悲しい叫び声も虚しく、ガラガラだった観覧車の中へ、途中足を止められることもなく乗りこんだ。
「待ってるのもなんだし、俺たちも行くか」
残された私に翔太は、そう恥ずかしそうに呟いた。
「そだね……」
もうこれで翔太との二人きりは最後になるかもしれないと、切ない思いで素直に乗りこんだ。
ゆっくりと登っていく観覧車の中で、暫く沈黙が続く。
口から心臓が飛び出しそうなほど緊張で、まともに前を見られなかった。
そんな空気を破るかのように、翔太が下を向いている私の顔を覗き込む。
突然の事に、ビクッと、全身で反応してしまう私。
「ゴメン、驚かせちゃって……」
すまなそうに翔太が言う。
「俺、実は、今日すごい楽しみにしてたんだ」
照れながらそう言う高校生になった翔太の顔を、今日初めてちゃんと対面で見た気がした。
さらっとした髪の毛を左手で、くしゃくしゃっとする。
なにか言いたいことがあると、いつも翔太は同じように左手で髪の毛を触り出す癖がある。
「どうかしたの?」
きっと何か言いたいんだと察し、声をかけた。
「あの、俺のこと、覚えてないかな……?」
翔太が不安な表情でこちらを見る。
嘘じゃないよね……?
翔太……
「……覚えててくれたの……?」
嬉しくて、嬉しくて、声が喉に詰まる。
「当たり前だろ!! 忘れるわけない、ずっと一緒だったろ、あの頃!!」
翔太は全身安堵の気持ちでハーッとため息をつく。
「翔太……」
「実花……」
お互いの名前を5年ぶりに大切に呼び合い、見つめ合った。
一瞬あの5月の青空の下に時が遡った錯覚に陥る。
長かった今までの年月を埋めるかの様に、二人は少しずつ思い出話に花を咲かせていった。
「そっか……、実花の親父さん、具合悪いんだ……」
翔太は悲しげにこちらを見た。
「もう、あんまり、長くないって、この前先生に言われちゃったよ……。だからってヘコんでばっかりじゃ、お父さん心配させちゃうし、いつもは普段どうりに接してる」
包み込む様な翔太の視線に、ひとりぼっちになるかもしれない悲しい話も、なんだか暖かい毛布に包まれている様な安心した気持ちで話せる自分がいた。
「俺の親父とお袋も、実花と実花のお父さんに会いたがってたよ。今頃どうしてるかなって、よく思い出話してた……」
小さい頃はよくお互いの家族で旅行などにも出かけるほどの仲だった。
今目の前にいる翔太は、紛れもなく同じ目線で、同じものを見てきた片割れだった。
「もし、無理じゃなかったら、一度会いに来てくれたら、お父さん喜ぶよ」
精一杯の笑顔で伝えた。
「わかった、できる限りのことしてあげたい。 親父もお袋も、おんなじ気持ちだと思う」
そう言った翔太の瞳は何だか力強くて頼もしくて……思わず見とれてしまう。
その視線を受け止めるかの様に翔太はまっすぐと、実私の瞳を見つめていた。
手こそ触れ合う事はないが、絡み合う視線だけで、お互いの温度を知るには十分だった。
柔らかい午後の日差しが優しく観覧車に入り込み、このまま時が止まればいいのに……そう思った……