5.突然の告白
「はぁ……今日の私、使い物にならなくて、俊先輩ホントごめんなさい……」
重苦しい空気を纏った実花ちゃんから、僕は心配で目が離せない。
昨日、実花ちゃんの友人らしき男二人が来た後の彼女は、目も当てられないくらいボロボロで、普段ではあり得ない失敗を繰り返した。
僕は危なっかしい彼女から目をそらすことができず、また、そんな自分が実花ちゃんに心奪われている事を認めざるを得ない。
孤独な環境に卑屈にならず、健気に飾らず笑顔で働く彼女の姿に、僕は次第に惹かれてたんだ。
昨日の彼女を含めた三人のただならぬ雰囲気が、僕の知らない実花ちゃんの異性関係を想像させて、彼女の力になりたいと思っていても心底なりきれていない自分に、僕は悶々としていた。
長袖のブラウスの袖を捲る生徒が増えてきた六月。
心地よい夏を迎える新緑の風が、スーッと髪に触れ通り過ぎていく。
サッカー部の練習を見学するには絶好の場所の図書室から、甲斐甲斐しく翔太の世話をしているユミを見て息が止まりそうになる。
翔太が真剣な眼差しでボールを追いかけている姿が、何だか遠くて……遠くて……深いため息とともに、無力な自分の存在なんて消えてなくなればいいのに……そんな事さえ思ってしまう。
私の心は切なくも、窓から吹き抜ける風にさらわれ飛ばされそうだった。
「おい、実花」
孝太が心配そうに声をかける。
「……ん? どした?」
心ここに在らずの返事は、孝太に完全に見抜かれている。
「どうしたはこっちのセリフだよ。お前、最近、ほんっとにおかいしぞ?」
孝太はいつもふざけあって話ができるはずの私が埴輪の様な抜け殻になっている様に、本気で心配をしていた。
「なに? 孝太心配してくれてるの?」
冗談ぽく笑ってみた。
「実花は、笑ってる時がい一番いい女だよ」
そっと私の隣に座り、とても孝太の口から出た言葉とは思えないような、歯の浮く台詞で精一杯私を励ましてくれていた。
「ねぇ、どうしたのよ」
そんな孝太が新鮮で、思わずフフと微笑む。
「孝太らしくないな〜。そんなことふざけて言ってるから、私たち怪しい関係だって誤解されちゃうんだよ!」
もう!とわざと頰を膨らました。
彼は不思議そうな顔をしていたが、私を見て安心したような笑顔を浮かべる。
孝太はこう見えてもクラス一の秀才だ。
歴史の話やテレビのお笑いの話、恋愛ドラマの話まで、一緒にいると学ぶことも多いし、飽きることがない。
おちゃらけて口は悪いが根は優しいこと、彼とは優奈と同じくらいに付き合いの長い私は、孝太の事なら大抵の事は知っているという自信があるくらいだ。
昇降口を出た空は、オレンジ色に輝いていた。
途中まで、孝太と一緒に歩き始める。
「翔太くん!! 待ってよ、もう!」
背後から綺麗な女性の声が聞こえた。
その声につられて後ろを振り返ると、翔太の袖を引っ張って寄り添っているユミの姿があった。
「……この前はどうも……」
翔太と思わず目が合い、気まずそうに口を開いた。
「あ……、この前は……ほんとごめんなさい!」
何か言わなきゃと、私は口から無理やり言葉を吐き出した。
「なになに? 知り合いなの??」
ユミは横から割って入ってくる。
「ユミ! いいから行こう」
翔太はその場から早く立ち去りたいのか催促した。
「なんでよ?」
ユミは空気に反して突っ込んでくる。
「あれ? ……二人ってもしかして恋人同士??」
これでもかと彼女の攻撃はおさまらない。
「お似合いじゃない、とっても! 私と翔太には敵わないけど……、ね、翔太!」
上目遣いで翔太に同意を求めた。
「ユミ! ちが……」
そう翔太が言いかけた時だった。
「付き合ってはいないけど……俺、実花の事好きだ!!」
話を遮る様に、突然孝太が宣言した。
「え? いや待って、違う……」
孝太の言っていることに慌てふためき、即座に私は否定する。
「違わないよ、実花。俺、本気だよ。誰にも渡したくない……。お前が今誰を思っていようと関係ない」
孝太の震える口元に、冗談じゃないって事はすぐに分かった。
「夏休み最後の日、図書室で待ってるから、それまでにゆっくり考えて欲しい」
見たことのない真剣な表情の孝太。
「う、うん……」
私は複雑な思いで頷いた……