4.最悪の再会
「いらっしゃいませ!」
今日もひたすら仕事に励む私。
こうでもしていないと、学校が終わった一人の時間なんてただの地獄だ。
あれから忘れなきゃ、忘れなきゃ……と思っても、視線は翔太を探してる。
未練がましい……?
そんな一言では片づけられない複雑な感情が、ここ数日身体中を駆け巡っている。
「実花ちゃん、あそこのお客さんのコーヒー、出来たから持って行ってね」
急に仕事に気合が入ったのを見破られたか、店長が不思議そうに声をかけてくる。
「はーい!」
いつものようにトレイにコーヒーを乗せ、お客様の元へお届けする。
「おまたせいたしました」
そう言葉をかけてふと視線を送った若い男性客を見て、私は息が止まった。
カタカタとソーサーの上で、カップが揺れる。
(嘘でしょ? なんでここに?)
コーヒーを差し出そうとしたお客は、紛れもなく翔太だった。
私は震えがおさまらない手でカップをテーブルに着地させようとしたが、案の定、不安定なまま鈍い音を立てて倒れてしまった。
「熱っっ……!!」
淹れたてのコーヒーが制服のズボンにかかり、驚いて立ち上がる翔太。
「ご、ご、ごめんなさいっっ!!!」
全力で頭を下げる私。
「おいおい、静内ー!! しっかりしろよー、全く!!」
同じテーブルにいたクラスメイトの幕内祐介が、ペーパーナプキンを取り出しこぼれたコーヒーを拭き始める。
「申し訳ございません! 火傷、してませんか?」
そばで見ていた駿先輩がすかさず、フォローに入ってくれた。
「大丈夫、大丈夫、気にしないでください」
嫌な顔一つしないで爽やかな笑顔を私に向ける翔太。
「全くお前、どんくせーなー! こんなオシャレなカフェでバイトしてんじゃねーよ!」
祐介は、呆れながら席に着く。
「あ、そうそう、こんなとこでなんなんだけど、お前図書委員だろ? コレ孝太に返しといてくんない? だいぶ長く借りちゃったもんだから直接渡しづらいくてよー」
無造作にカバンから小さな袋を取り出差し出した。
「静内めっちゃ孝太と仲いいじゃん、うまく言っといてよ!」
思わず受け取り、袋の中を覗くとCDが入っていた。
『なんで私が……』
喉元まで出かかったが、コーヒーをこぼして迷惑かけまくりのこの空気……
「わかったわよ……」
断るための選択肢は用意されていなかった。
あまりの恥ずかしい再会に、こんな私見ないで欲しい……
「失礼いたします……」
この場から早く消え去りたい一心で、なんとか声を絞り出し、逃げるように翔太の座っているテーブルに背を向ける。
立ち去りながらも二人の会話が気になり、遠くから聞こえてくる祐介の声に耳をダンボにしていた。
「静内ってさ、ああ見えてうちのクラスの、谷島孝太といい感じなんだぜ!」
祐介はきっと悪気なんてないんだろう。
でも、何も今言わなくていいじゃない!!
「いいよなー、彼氏彼女のいる奴らはよー! 俺とは縁遠い話だわ」
祐介は口からフーっと息を吐きながら独り身の自分を嘆いていた。
「そうなんだ……」
翔太は表情を変えることなく、祐介の話に相槌を打っている。
私は居た堪れなくなった。
二人はケーキセットをペロリと口に運び、早々に席を立ち上がった。
祐介は先に店内を出て、レジに翔太が歩いてくる。
私の目の前に立ち、何かを言いたそうに私の顔をじっと見ていた。
きっとひどい顔してるだろうな……
お願い、こんな私を見ないでよ……
ずっと想っていた人と5年ぶりに、言葉を交わしたのに、どうして、こんな風になっちゃうの?
もっと、話したこといっぱいあったのに……
もっと、頑張ってる私を見てもらいたかったのに……
気づいてないのかな、私のこと。
忘れちゃったのかな、私なんて。
止まらない負のループ。
目の前に来た翔太を必死に見ようと思った私の目からは、涙が一粒、溜めきれずに頬を伝っていた。
窓から差し込む夕日に反射して涙がキラリと光る。
翔太は財布に手を遣り終えふと顔を上げた時、もしかしたら私の涙に気付いたのだろうか?
「あっ、あの……」
彼が私に思わず声をかけたと同時に、駿がただならぬ雰囲気を察したからか、腕を引っ張られレジを交代する。
翔太はふぅと小さくため息をつき、私に柔らかな視線を向け『ご馳走さま』そう一言残し、店を出て行った。
「……ありがとうございました……」
窓越しに遠く消えていく翔太の後ろ姿を、私はいつまでも目で追っていた……