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ため息  作者: 新山桜
35/37

35.愛の夢

聴ける方はぜひ、リストの愛の夢 第3番、聴きながら読んでみて下さい!

 キャーっと大歓声と共に舞台に現れ、スーツ姿の翔太は女の子達の視線を強烈に浴びながら、中央で深々と頭を下げる。


 静かに椅子に座り、しばらく沈黙が続く。


 一体どんな演奏をするのだろう?

 何を弾くんだろう??

 なんで弾くんだろう???

 どんなサプライズがあるんだろう……!!

 会場の溢れんばかりの興味と期待を、翔太はひしひしと感じていた。



 鍵盤に両手を置き、長い指が滑り始める。

 翔太の手から奏でる音たちは、どこか物悲しく、苦しくなるような……でも包み込む様な温かさもある。


 観客達は耳を疑った。


 翔太が演奏を始めたのは、駿が弾いた曲と同じ『愛の夢』だったのだ。


 駿とはまた違う音色に、素人ばかりの観客も声を失う。



 翔太が一ヶ月練習していた曲は、この曲ではなかった。

 ただ、初めてではなく、中学の頃、毎日のように弾いていた思い出の曲でもあった。


 実花と離れ離れになり、ピアノを弾いている時だけが、彼女に会える時間だった。

 一見、愛に溢れたキラキラしたような曲でもあるが、逢いたい人に逢いたくても二度と逢えない……

 楽しかった頃を思い起こし、目を閉じる。


『もっと一緒にいたかった……

 話したかった……

 一緒に未来を見たかった……


 今逢えたら、想いを今すぐにでも伝えるのに……』



 そんな物悲しさを、曲の旋律にのせ、実花をより愛おしく感じられる曲だった。


 実花は、翔太が『愛の夢』を弾く姿を初めて見た。

 舞台袖から見える翔太の後ろ姿は、自分を欲してくれる彼の切ない感情が、音と共に滲みでているように見えた。


 観客達は、翔太のこれ以上にない切ない表情に、また、その彼の心情を歌うような音色を聴いて、涙を流す生徒もいた。


 いつかまた逢える……

 そんな日を願いながら、曲は終わりを迎えようとする。


 どうか、夢で終わりませんように……


 そう、囁くように響いた和音は残響と共に会場を包む込み、長い沈黙の後、割れるような大歓声と共に、観客の殆どがスタンディングオベーションで翔太の演奏を評価した。



 翔太は座ったまま一礼し、スタッフからマイクを受け取る。


「みなさん、聴いてくれてありがとうごさいます。

 この曲は…、みなさんにとって、今日2回目になりますが……いかがでしたでしょうか? 飽きずに聞いていただけましたでしょうか?」


 感動に包まれている会場の生徒たちは、みんな翔太の話を食い入るように耳を傾けた。


「この曲は……、本当は、ここで弾くつもりはなかったんです。自分にとっては……ある人にどうしようもなく恋い焦がれた自分の心の中を、覗かれてしまうような曲なので……恥ずかしくて、あまり人前で弾いたことがありませんでした」


 頬を赤く染めて、照れながら髪の毛をくしゃくしゃとする翔太に、キャーっとまた観客が騒ぎ出す。


「僕には小さい頃からの幼馴染がいて……実は小学生ながらにも、結婚の約束もしてました」

 恥ずかしそうに笑う。


「しかし、小学校5年生のときに、僕が引っ越しをして……大切な彼女と離れ離れになってしまいました……。僕はその子を忘れられず……ずっといつかまた逢えることを信じていました」


 すうと深呼吸をする。


「たくさんの方が誤解をされているようですが、その子は森下ユミさんではありません」


 まさかの翔太の言葉に『えー!?』そんな驚きと共に会場がざわめき出す。


「その子は、僕がピアノを弾く曲をいつも嬉しそうに聴いてくれて……。この『愛の夢』は、自分を慰めるためにあるんじゃないかと思うくらい、弾いている時は、逢えない彼女に、逢える気持ちになれました」


「そんな彼女に、この学校で再開することが出来たんです」


 『誰? 誰?』犯人捜しのようなざわめきは、どんどんと大きくなり静まらない。


「せっかく逢えたのに、お互い忘れられているんじゃないかと怖くて声もかけられなくて……、一ヶ月も時間が過ぎました」

 ため息とともに、翔太は続ける。


「僕は、森下ユミさんと、付き合っていると思ったことは一度もありません。ただ、噂が独り歩きをしてしまい……、僕が何も反応しなかったために、いつのまにか周りから見たら、森下ユミさんと公認のカップルのようになっていました」


 『そうだったの……? でもユミは付き合ってるって言ってたよね……?? あれはなんだったの??』


 会場には至る所から理解に苦しむ声が上がっている。


「幼馴染みの彼女にせっかく再開出来たのに、ユミさんと付き合っているという噂のせいで、心身ともに彼女を相当苦しめてしまいました。時にはその噂のせいで、彼女は怪我を負わされたこともあります」


『ええ!? ひどいねそれは!! 誰がやったの? そんなこと!』


「彼女を守れなかったのは、俺の責任だ……」

 下を向いた翔太は、もう一度顔を上げた。


「だから、今日、皆さんにちゃんと紹介したいのです。今まで彼女の身が危ないことを懸念して、隠れるようにしか逢えなかったけど……本当は堂々と手を繋いで歩きたかった……!」


『やだ……そんなの……』

 という子もいれば、

『いいぞ! 早く紹介しろ!』

 と煽る人もいる。



「俺は、認めてもらえる自信があるから、今ここで彼女を紹介します。そして、二人が離れ離れになる時に彼女に弾いた『ため息』という曲を、皆さまの前で、もう一曲弾かせてください。見ていただきたいんです。あの頃の俺たち、そして、再開できた二人がどんなに惹かれ合ってるか。そして、納得していただけたら、手を繋いで登下校できるような、普通の恋人でいさせてください……!!」


 翔太は頭を下げた。


 会場内は、さまざまな思いが交錯する。

 翔太の本気のファンもいれば、純粋に演奏に感動しているものもいる。

 本当の彼女が誰なのか興味本位で騒いでいるものもいる。


 翔太は舞台袖に下がり、今にも泣き出しそうな実花を抱き上げた。

「足怪我してるだろ? ……さあ、行こう!」

 そう優しく囁いた翔太は、誰よりも輝き、逞しい強さを放っていた。



「……うん!」

 ふわっと匂う翔太の香りに、今すぐにでも一つになって一緒に戦いたいと思った。

 全てを、翔太に託し一緒に舞台を見つめた……



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