33.葛藤
「実花……」
翔太が部屋を出て行ってから、どっと堰を切ったよう涙が止まらなくなってしまった実花の背中を摩る優奈。
「ごめんね……、優奈。私ホント心配かけてばっかりで……」
ヒックヒックと肩を揺らしながら、下を向く。
「実花は何にも悪くないよ。謝る事なんて一つも無いんだよ!!」
何も悪い事をしていないのに、どうしてこんな目に遭わされなきゃならないのか、時間が経てばたつほど腹が立ってきた優奈は、だんだん声のボリュームが上がる。
「おい、優奈!」
保健室の入り口を見張っている祐介は、外に聞こえるぞと優菜を制止した。
「だって翔太くんだってさ、森下先輩の舞台に実花が上がらされた時に『実花は俺のもんだ!!』って奪い返しに行く位の事したって良かったんじゃない?」
口を尖らせて優奈は不満そうに言う。
「翔太は、黙ってあんな事ほっとくやつじゃないよ。アイツには絶対何か考えがあるんだと思う。最近の翔太、マジで殺気立ってたっていうか……何かに全てを賭けてるような気迫だったぜ……?」
いつになく真剣な祐介の言葉に、優奈は静かに頷いた。
「……そうだね……翔太くん信じよう。ほんとは、実花が一番分かってるんだよね? 余計な事言ってごめんね……」
すまなそうに優奈は言う。
「優奈……私、強くなりたいの。こんな事でいちいちビクビクしないって決めたのに、やっぱり怖気付いちゃって……。翔太の彼女らしく胸張って歩けるように、今度こそ泣くのやめる……!!」
実花は強い眼差しを、優奈に向けた。
「そうだよ!! 私も祐介も、陰ながら応援してるからさ。辛い時はいつでも頼ってよ!!」
任せろと、逞しく胸を叩いてみせる。
「うん!!」
実花はもう揺らがない……、翔太の事を信じてるから……!自分自身にそう誓った。
翔太は午後の発表の準備で体育館の舞台袖に来ていた。
午前の部の駿の発表は誰しもの心を掴む、素晴らしい演奏だった。
クラッシックを知らない人でも、『愛の夢』の甘いメロディーは、愛情を伝えるには十分すぎる選曲だった。
翔太がここ一ヶ月練習してきた曲はたった一曲だった。
観客はすでに駿のあからさまに愛を語る演奏で耳が満たされている中、演奏と同時に、駿の想いも知り、たくさんの人が大騒ぎになっている。
果たして自分の演奏を、素直に聴く耳をもってくれるのか……そう考えていた。
聴いてくれたとしても、本当に伝えたかった実花との関係を理解してもらうところまで、演奏は観客の心に浸透してくれるだろうか………?
飲み物を買いに出た祐介は、外では翔太が、実花を抱きかかえて保健室に連れて行ったことが、徐々に広まりつつあり、あちこちから実花を批判する声が聞こえてくる。
雑踏の音が不協和音のように聞こえた祐介は、嫌な予感を感じざるを得なかった……




