32.決意
騒然とした中、午前の部は幕を下ろし、私は誰の目にも触れたくないと、体育館の裏口からこっそり外に出た。
すると、駿の出待ちをしていた女子たちに遭遇する。
気づいた女の子達に、一気に取り囲まれた。
「静内さん、なんで森下先輩の事ふったりするんですか?」
「静内さんは、他の人とつきあってるんですか?」
「森下先輩の何が気に入らないんですか?」
怒涛の質問責めに遭う。
「振り向いてもらいたくても、もらえない子達たくさんいるのに……贅沢なのよ!!」
そう怒鳴る子や、ひたすら泣き出す子もいた。
憧れの人の、あれだけのステキな演奏の後に、こうなってしまっても仕方がない……
駿先輩はいつから私の事……?
私はどうしたら……?
翔太と付き合っているから!ってはっきり言えたら、どんなにいいだろう……
下を向いて、何を彼女達に伝えたら、納得してくれるのだろうと悩んだ。
「はっきりしなさいよ!! お高く止まってんじゃないわよ!! そんなんだから駿先輩の事傷つけるのよ!!」
その言葉と同時に、怒鳴り散らしていた女の子が私の胸ぐらを掴んできた。
「やめて!!」
叫んだが、突き飛ばされ、思いっきり足を踏みつけられた。
「痛っ……!!」
足に激痛が走り膝を抱え込む。
「おい何やってんだ!!」
心配になって戻ってきた駿が一喝する。
「ホントにごめん、実花ちゃん……。僕が余計な事言ったばっかりに……」
震える声で、私に謝る駿先輩。
「大丈夫ですよ……。別に、駿先輩が悪いわけじゃないですよ……」
泣き出しそうな駿先輩を少しでも励まそうと、力を振り絞って声を掛けた。
取り巻き達は、気まずそうに見守る。
「足……!! こんなに腫れて……」
駿は見たこともない形相で周りの女子を睨みつけた。
「保健室行こう……!」
実花に手を差し伸べようとした、その時だった。
「実花に触るな!!」
駿は息を切らして駆けつけた翔太に手を振り払われた。
そして、スッと実花を抱きかかえ、翔太は保健室に向かう。
(どういう事だ…? あの男はユミの彼氏ではなかったのか?)
駿は、呆然と立ち尽くした。
周りの女の子達はなぜここで翔太が出てくるのか……?
なぜ実花を庇うのか……?
とても頭が追いついていかなかった。
翔太は人目をはばからず、実花を抱き上げて保健室を目指した。
「翔太……、ねぇ! まずいよ、下ろして!」
私は抱き上げてる翔太の肩を叩く。
「嫌だ!!」
翔太は断固拒否した。
「実花は俺の彼女だ……誰にも渡さない。周りが何と言おうと、俺は実花を守りたい。必ずみんなに認めてもらう。周りに俺たちの関係をノーと言わせない納得してもらえる演奏を、必ずするから……!!」
怒りに震えていた翔太は私を見ると、フッと笑顔になった。
私は黙って頷き、信じようと思った。
自分の弱さに終止符を打ちたかったんだ。
やっと辿り着いた保健室には誰もいない。
たまたま午後の部に向けての準備などで、みんな出払ってしまっているようだった。
仕方ない……と、俺は湿布を探し始める。
引き出しの中からそれを見つけると、彼女の腫れた足を自分の膝の上に乗せた。
翔太の大きな手が優しく私の足に触れると、痛みよりも、なんとも言えない恥ずかしさに襲われた。
彼の長い指が、とても大切なものを扱うように、丁寧にひんやりとした湿布を私の足首に貼り、なぞっていく。
冷たさに驚いた彼女の頰は、冷えていく足元とは対照的にほんのり赤く染まっていた。
俺は、実花の見たことのなほど可愛らしい表情に、目が釘付けになる。
「翔太……、恥ずかしいからあんまり見ないで……」
そう言う彼女に、
「ご、ごめん!」
と慌てて謝る。
ふと目線を下ろした先に飛び込んできた実花の女性らしくなっていた足首に、俺は戸惑いを隠せずにいたんだ。
どうしたいいか分からなくなる程の愛おしさに、実花を誰にも渡すものか、指一本触れさせまいと、今日の演奏を成功させるための決意を自分の胸に誓う。
保健室に優奈と祐介が迎えにきた。
「翔太くん、ここからは、私と祐介に任せて。実花のことは大丈夫だから、思う存分演奏してきて!」
騒ぎを聞きつけ、実花に付き添いにきたのだ。
「ありがとう……実花の事、頼む」
翔太は二人に実花を託し、頭を下げた。




