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ため息  作者: 新山桜
31/37

31.予測不能な事

 澄み渡った秋空の下、開始の花火とともに文化祭が幕を開けた。


 実花の学校は、クラスや部活の出し物のほか、有志参加で体育館での発表が一日行われる。


『ピアノ演奏 狭山翔太 [サプライズあり] 』


 当日配布されたプログラムには、一番最後にそう記され、女子の間では一体何が起こるのか、そもそも翔太がピアノを弾けるのか……、話題は持ちきりだった。


 駿も朝から参加し、スタンバイをしている。

 ラストの奏者が狭山翔太だと知った時、ユミが何時も話している彼のことか……と、思い起こしたと同時に、その彼がユミに告白するのだと思っていた。


 朝の時点で、翔太の姿がなく実行委員一同は慌てていたが、体調不良により午後からの参加だとわかって、ホッと胸をなでおろす。



 私は駿先輩がゲストで午前の部の最後に参加することを知り、楽しみにしていた。

 体育館に来た時はすでに超満員になっていて、駿の人気を物語っている。


 駿先輩はスーツをビシッと決めて、舞台袖から風を切るように歩いて来た。

 ほとんどの女子はクラッシックに興味はないようだったが、この学校で知らない人はいないくらいの知名度を持つ、『森下駿』が演奏すると聞いただけで、『キャー』と黄色い声が上がる。


 翔太は少し遅れて会場に入ったが、ものすごい熱気に、圧倒されていた。


「森下先輩……?」

 翔太は駿が弾くことなど一言も聞いておらず、曲が被らないかということだけ、神に祈った。



 綺麗な旋律から始まったのは、いつだったか喫茶店で駿に弾いてもらったリストの愛の夢だ。

 甘く包み込むような旋律に、会場一体がうっとりとする。


 私も彼の美しい音色に一気に引き込まれた。

 あぁ、さすが駿先輩だ……


 先輩の優しさが滲み出た演奏だった。

 会場は、最後のフレーズが終わり、音が消えるとともに、再び『キャー!!』っと、盛大な歓声が上がる。



 舞台上に実行委員が上がり、ゲストのインタビューが始まった。


「今日はステキな演奏、本当にありがとうございました。みなさんも興味津々だと思うので、いくつか質問していきたいと思います!」


「わー!!」

 待ってましたとばかりに会場の返答が来る。


「ではまずこの曲、とても素晴らしい曲でしたが、選ばれた理由など、教えていただいてもよろしいですか?」

 司会者が駿先輩に語りかける。


「少し恥ずかしいんですが……この曲は僕がずっと片思いをしている女の子に向けて弾かせていただきました。彼女の心には……もう他の誰かが住んでいて、きっとその子の心の扉は開けることはできないでしょうけど……。でも、せめて、感謝は伝えたい。人を愛することの喜びを、彼女は僕に教えてくれたから……」

 空気が割れそうな程の黄色い声の後に、会場はザワザワと、相手は誰なのか騒ぎ始めた。


「では、その子へのメッセージを、よかったら、一言、お願いいたします!」

 テンション高めで、司会者は最後の質問をする。


「どうか、お幸せに……!!」

 笑顔でそう答えた瞬間だった。



「1ー3の静内実花さん、ぜひ、これを機会に、兄に返事をしてあげてください!」


 舞台袖から颯爽と出てきたのはユミだった。


 一気に実花に鋭い視線が集まる。


「ユミ! 何言ってるんだ!」

 駿が取り乱した心を隠せずにいる。


「お兄ちゃん、きちんと自分の気持ち、伝えてみないとわからないでしょ?」

 ユミがこれでもかと捲し立てた。


「静内実花さん、いらっしゃったら、どうぞ、舞台上に!!」

 司会者は、これは盛り上がると確信して、実花を舞台に引きずりあげる。


「ちょっと、まって!!」

 腕を掴まれ、連れ出される実花。


 翔太は何が起こっているのか、理解に時間がかかっていた。

 そばに行ってやめろ!!すぐさま叫びたい。


 でも、それをしてしまったら……

 翔太は葛藤する。


「あの……ちょっと……!」

 ぐんぐん引っ張られ、駿の前で目に涙を浮かべ震える実花に、

「ごめん、実花ちゃん、困らせてしまって……」

 駿は哀しそうな顔で実花を見た。


「僕の気持ちは……確かにユミの言う通り、実花ちゃんのことずっと好きだった。でも、分かってるから、何も言わなくていい。本当にごめんな、こんなつもりじゃなかったのに……」

 ギッとユミを睨みつけ、司会者と会場に一礼した駿。


「今日は母校で演奏する機会を与えてくれて本当にありがとうございました。僕にとっては大切な人を、これ以上傷つけたくないので、これでどうか勘弁していただければと思います」


 会場のざわめきはなかなか消えない。


「ありがとうございました……」


 駿はもう一度一礼して、実花の肩を抱きながら舞台袖にはけて行く。


 あまりに突然の事態に、私は始業式の一件を思い出し、震えが止まらなかった……

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