3.神様の意地悪
「実花ちゃん、なんかあったの?」
バイト先の森下駿先輩は、何かと細やかに私のフォローをしてくれる。
彼は同じ高校の卒業生で、今は音大1年生だ。
私のバイトしている喫茶店は、音楽好きの店長がたまに音大生やプロを呼んで、演奏を聴けるようなイベントなども行なっている。
私は主に聴くこと専門だけど、ここで色々な人の演奏を聴くことで、ほぼ一人暮らしの状態である生活の寂しさから、ほんの少し救われたような気になれる癒しの場所だ。
早速、駿先輩は私の異変に気付く。
「実花ちゃんはいつも一人で頑張ってるんだから、困った事あればなんでも言ってくれていいんだよ」
暖かみのある照明の下で、優しい笑顔を向けてくれる。
あぁ、今の私にこの言葉は泣ける……
カッコよくて優しくて、ピアノ上手くて……
両手に余るくらい女の子は言い寄ってくるのに、振り向きもしない硬派な人。
思い切って心の内を話そうかとも思ったけど、こんな子供の夢物語みたいな話を真面目に聞かされても迷惑かな……とも思い、私は口をつぐんだ。
「実花ちゃん……」
少し寂しそうにボソッとつぶやいた彼に、店長の金谷が裏に戻ってきた俊にこっそり声をかける。
「おい、駿……まさかお前、実花ちゃんのこと……」
意外だと言わんばかりの顔で、問いかけた。
「………」
無言で返す駿。
「なるほど、なるほど。青春、青春!」
金谷は、ふふんと鼻を鳴らしながらオヤジ臭く呟き、キッチンへ戻っていった。
私はあれから毎日モヤモヤの渦から抜け出せない。
「あ〜っ!!」
頭の中を翔太の彼女はどんな人なのか、いつから付き合っているのか……あらゆる妄想が頭に中を駆け巡り、つい叫んでしまった。
「なに、どしたの、一体??」
驚いて声をかけるのは、同じクラスメイトで図書委員の谷島孝太だ。
静まり返った図書室に突然私の雄叫びが聞こえたものだから、何事かと駆け寄ってきたのだ。
「ごめん……、つい心の声が……」
トーンを極小に下げて孝太に話す。
「何病んでんだか知らんけど、仕事サボんなよ!」
いたずらっこの様な孝太の笑顔につられて、また日常に戻る。
フッと窓の外に目をやると、ちょうどサッカー部が練習しているところがよく見えた。
見ないように、見ないようにと思っても視線が向いてしまう。
(あっ、翔太だ……)
そう思った瞬間、彼が同じサッカー部員とぶつかって倒れた。
私は身体が勝手に反応し咄嗟にその場で立ち上がったが、すぐにサラサラのロングヘアーを一つに纏めた女性が、風を切るように走り翔太のそばに駆け寄った。
こちらの方に振り返った彼女は全身から凛とした女性のキラキラした輝きを放っている。
白く澄んだ肌と翔太の日に焼けた小麦色の肌は、魅力的なコントラストを生み、二人は誰もがお似合いだと思うオーラに包まれていた。
こんな人がこの学校に居たんだと、初めて知った。
もしかして……あの人が彼女……?
「おい、何またサボってんだよ! ……あれ、ユミ先輩じゃね?」
私の背後から孝太が一緒に外を覗き込む。
「お前もサボってばっかいねーで、ああいう美人で気の利いた女になれよな……あっ、美人のところは無理か!」
そうバカにしながら笑っている。
「ねぇ、孝太。そのユミ先輩って、彼氏いるのかな……?」
思い切って聞いてみた。
「お前、ホントそういうの疎いなー! 有名だぞ、サッカー部の狭山翔太と付き合ってるって!」
私はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
全く勝ち目なんてない、あんな非の打ち所がないヒト……
確かにお似合いだよ、二人とも……
目の前がモノトーンの世界になり、手の震えが止まらなくなる。
おんなじ学校にずっと逢いたかった翔太がいるのは夢なんかじゃない、まぎれもない事実なのに……
翔太には誰も敵うことのない、完璧な彼女がいる現実……
ねぇ、神様……?
なんでこんな意地悪するの……?