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ため息  作者: 新山桜
29/37

29.前日

 午後の授業中、私は体育祭の練習をする風景を、ぼーっと窓側の席で眺めていた。


 毎日欠かさず連絡のある翔太から、昨日初めて電話が来なかったことに、何かあったのではないかとずっと心配している。


 翔太のクラスへ様子を見にいくと欠席しているようだったし、居ても立っても居られない気持ちになった。

(放課後電話してみよう……)



 HRが終わったと同時に駅に走り出し、人目を伺いながら電話をかける。


 『プルルルル……プルルルル……』


 何度呼び出しても電話に出る気配はなく、不安はどんどん大きくなる。


 いっそのこと、翔太の家まで行こうと思うが、住所が分からない。

 祈るような思いで祐介に、翔太の住所を知らないかとメールで聞いてみる。


 家に帰ってみないとわからないという返事で、私はしょんぼり家路に着く。


 一体どうしたんだろう……?

 今日は電話来るかな……?

 私彼女なのに、翔太の何にも知らない……



 空が暗くなった頃、祐介から翔太の住所が送られてきた。

 私は考えるよりも先に、携帯を握りしめて、翔太の家に走り出していた……



 何度も迷いながら、ようやく辿り着いたのは夜の八時頃だった。

 狭山と書かれた表札の奥には、大きなお屋敷のような家が建っている。


「すっごいお家……!」


 こんな時間にインターホンを鳴らすことをためらったが、私の決意は固かった。


 ピンポーン


 夜風に冷たくなった手が、寒さと緊張で震えた。

 大きく深呼吸をして、勇気を出し押してみた。



「はーい!」

 明るい翔太のお母さんの声が聞こえて、ガチャっと玄関の扉が開く。


「こ、こんばんは!」

 深々と頭を下げ挨拶する。


「実花ちゃん! 病院以来ね! どうしたの、こんな時間に……?」

 微笑んだ翔太のお母さんは私を快く玄関に通してくれた。


「すみません、急に……。あの、翔太くんは……?」




「とにかく上がって!」

 彼女の顔を見ていると、まるで『心配してます』と顔に書いてあるかのようだった。

 突然の可愛い来客に嬉しくなり、すぐにリビングに通す。


「寒かったでしょう?」

 暖かい紅茶を淹れて彼女の前に差し出した。


「今、翔太呼んでくるけど、もしかしたら出てこないかもしれないわよ? 昼間も同じ学校の美人さんが来てくれたんだけど、いないことにしてくれって……。明日文化祭で大切な発表があるらしくて、私が声をかけても全く出てこないのよ」

 翔太の母は困った顔をして話す。

 私は『美人さん』がユミのことだとはすぐに分かったが、何もなく帰って行ったことに少しホッとした。


「最近、学校の部活と勉強に加えて、ピアノ猛練習を深夜遅くまでしてて……毎日2〜3時間しか寝てなかったみたい。疲れがたまって、昨日倒れたのよ……」


 私はなんとなく、翔太は無理しているんじゃないかと思っていたので、『やっぱり……』とつい口に出す。


「じゃ、翔太呼んでくるから待っててね」

 『実花ちゃんは何か知ってるのね?』そんな顔をして翔太の母は部屋を出て行った。



 独りになったリビングで私はどうしても翔太の本意が分からないでいた。


 なんで、そんな無理するの……??

 何も文化祭じゃなくても、いつでも私は翔太のピアノ聴きたいって思うのに……


 色々な思いが頭を渦巻く。




「翔太。翔太!!」

 いくら呼んでも気がつかず、演奏に没頭している。


「翔太!!」

 ポンと肩を叩くと、

「母さん…、何?!」

 集中を切れさせないでくれと懇願するような顔を向ける。


「実花ちゃんが、翔太のこと心配してわざわざ来てくれたのよ。どうする? 今日は私が送っていくから帰ってもらう?」

 ……と最後まで聞かずに、翔太はリビングに走り出す。


 その勢いに翔太の母は、ピンと来た。

(なるほど、聴かせたい相手って、実花ちゃんだったのね……!)

 なんだか昔に戻ったようで母は嬉しかった。


「翔太は昔っから、実花ちゃんにゾッコンだったもんね」

 嬉しい笑いをこらえながらボソッとつぶやき、

「ちょっと、お醤油切らしちゃったから、買いに行って来るわね〜!」

 と玄関から叫び、気を利かせて家を出て行った。


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